私が私になる前に (1)
高2の春、図書委員で一緒だった野球部の三年生に振られた。受験と部活、忙しいのは知っている。でも、理由はそれだけでは無かったはずだ。引退を賭けた最後の試合、彼は同い年の女性の肩を借りて泣いていた。校内で2人で歩く姿もよく見かけた。私に恋愛感情を抱けない、ただそれだけの話だ。私も私でその悲しみを埋める様に、同級生の女子と付き合った。名前は紗英。
同じクラスの同じ図書委員だった紗英が、一緒に図書室に向かい一緒に仕事をする中で、好意を持って接してくれているのは知っていた。付き合い始めたのは振られたその年の冬、冷たい風が肌を刺す1月の放課後、一緒に行った駅近のハンバーガー店での彼女の一言がきっかけだ。
「あの先輩のどこが好きだったの?」
それまで好きな本の話や担任の先生への愚痴など、他愛も無い話をしていたのが一転、空気が変わったのを感じる。
「私が君のこと好きだってこと知ってるよね?気づいてること、気づかないと思った?」
彼女は続けて言う。告白というにはあまりに流れる様な一言に一瞬戸惑いを隠せなかった。
「君はさ、僕が彼を好きだったことを知っていて、君の恋心が無謀なことに気付いてないの?」
私は、彼女のことを心底不思議に思い質問を被せた。振られるのを知っていてなぜ近づくのか。いや、それは、私が一番よく知っている事なのかもしれない。
「君は勘違いしてるよ、私のことも、自分自身のことも」
「言っている意味がわからない」
彼女は時々変なことを言う。私は決まってこう返した。以前一緒に本屋に行った時もそうだ。
「十代向けの女性ファッション誌馬鹿にしてるでしょ、確かに君には似合わないかもね」
それはそのはず、当たり前のことを言うなと思った。
「私の両親帰り遅くてさ、家帰っても一人なんだけど遊びに来ない?」
彼女はポテトをつまみながらついでの様に言う。
「付き合ってもないのにおかしいでしょ」
私もそう言ってハンバーガーにかぶりついた。
「それって私が女だから?君が男だから?」
彼女は言った。
「私が男で君の恋愛対象になるとして、君は付き合ってないから家には上がれない?」
彼女は捲し立てる様にまだ続ける。
「君が女の子だったら遊びに来てくれる?」
返す言葉が見つからなかった。彼女は私を男として見ていないことが分かる。
「付き合おうよ。男でも女でも関係ない、君のことが好きだよ」
私は変な汗が全身から溢れ出る様な気分で、ゆっくりと彼女の目に視線を向けた。