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そうしてB.Bは抵抗することにした

【小説】『そうしてB.Bは抵抗することにした』

 ああ、誰か俺を殺してくれ――

 Amazon で買ったアレクサの2回目のアラームで今日も跳び起きる。35ユーロぽっちの安いメカニックだが、案外これが役に立つ。
 朝起きてからのルーティンは、24年生きてきてほぼこれが完璧だろうというものになっている。
 まずは、熱々のシャワーで寝汗と皮脂を落としきり、シャワー後は、ボウルいっぱいに入れたシリアルに牛乳をたっぷりと流し込み、それを黙々と食べる。食べている時間が無駄に感じるため、食事中は、ずっとBBCとロイターを行き来し、面白いニュースにありつけば、それをじっと分析する。
 今日も、どこかで黒人が殺され、黄色人種が差別されている。ドイツ出身のイギリス人の俺には遠く感じることだが、痛ましいニュースであることぐらいは「分かる」。
 ただ、神さまは俺に「人の痛みを完全に理解する」能力を与えてはくれなかった。俺は、今日も昼にマックでハンバーガーを注文し、Amazon で買い物をし、夜にはどこかのバーで浴びるほど酒を飲んでいることだろう。
 しかし、そんな俺を誰も非難はしない。バーで出会った女に、「俺はパリ大で博士号を取った」、「毎月ユニセフへ100ユーロ募金している」、「女性の平等はまだ完全には為されていない」などと言えば、今日も労せずしてその女を抱くことができる。
 実際、俺は嘘など一つもついていない。パリ大で社会学の博士号を取得し、ユニセフだけでなく、wwfにも募金をしている。女性の平等は保たれておらず、それが黒人やヒスパニック、黄色人種であるなら、尚のことだ。
 ドイツの首相は女だが、アメリカの大統領はどうだ? イギリスでサッチャー以外の女性首相を覚えているか? 何だって? ははっ、あそこはもっとおっかない女がいるのを忘れていたよ。
 とにかく、俺は今日も変わらない毎日を送るだろう。グルスキーの「99セント」よろしく、消費社会にありったけの敬意を払うんだ。

――ああ、誰か俺を殺してくれ


 そう思いながら、俺は「スノー・ピアサー」を何の感慨もなくスリルだけを抽出して観るだろう。
 食べきれないほどの食料を買いためて、パンデミックに備えるだろう。
 ブルー・ワーカーに唾を吐きながら(実際にはしないが)、家でFXや暗号通貨を上手くやりとりするだろう。
 俺は信心深くない。だから、観念論はくそくらえだ。しかし、農奴や奴隷に感情移入なんてしない。俺にとっては、唯物論もまた同じくらい、クソみたいな考え方なんだろう。

 それが俺、ベン・ベッカー(B.B)のおよその考え方だ。

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