(連載小説)和巳が"カレシ"で、かすみが"カノジョ" もうひとつの学園祭のミスコン ④
それからしばらくコンテストのウエブ審査の票数はかすみが相変わらずなんとか1位ではあったけど、僅差の2位には引き続き怜奈がぴったり付けていた。
でもこの調子だとかすみとしてなんとか目標のファイナリストとして本選出場になりそうだと思いつつ、和巳はしばらく見ていなかったSNSのコメント欄を覗いてみた。
相変わらず好意的な書き込みが主流で読んでうれしかったり励みになった反面、変な悪ふざけ的な書き込みも結構あり、やれやれほんとヒマな人がいるもんだと思いながら和巳は一応それらの書き込みも見ていた。
「ん・・・・・。ちょっとこれは・・・・・。」
と見ている和巳の手が止まったそこには聞き捨てならない内容の書き込みがあった。
「この豊岡ってキモオタ系でチョーダサいのになんとチョーかわいいカノジョがいるんだって!。」
「えっ?!。マジマジ??。それってマジなの?。」
「らしいよ。カノジョは大学でも結構有名人みたい。」
「だれー?そのカノジョって?。このキモオタ系男子にカノジョ居るってだけでチョーびっくりなんだけど、それ以上にカノジョが大学の有名人でおまけにチョーかわいいってナニナニ?。信じらんないー。」
なんだこれ・・・・・「信じらんない」のは僕の方だよ・・・・・。大体男子の方がダサくてキモオタだったらその人にカノジョがいるのはおかしいのか?・・・・・。
そう思いながら続きを読んでいると「俺もよく知らないんだけど、聞くところによれば豊岡のカノジョって大学に〇急で通ってるんだって。電車や駅で見かけたみたい。」と書いてあり、「えーそうなの?。ねえねえ最寄り駅ってどこ?。」「およそのところなんだけどこの前○○ケ丘の先あたりで見かけたんだって。」と返信が付いている。
確かに大学にはその「〇急」であずさと和巳は通っていて、最寄り駅も「〇〇ケ丘」の少し先の駅ではあるけれど、それよりカノジョがいると云う事もだし電車では「〇急」と云うのは1本だけでなく複数あるのと、「〇〇ケ丘」と云う駅名もいろんな電車の路線にいくつかあるとは言え、その気になって本気で調べたら自宅まで分かりかねない電車の路線と最寄りの駅名まで含めてあれこれいろいろと書くだなんて憶測にしてもこんなの一体誰が書いているのだろう。
思えば最初に「電車オタク」と書かれたり、今回の「〇急で通っていて〇〇ケ丘のあたりで見かけた」などと個人的に知っている情報を書いているところからして和巳はもしかしてとふと思いあたるところがあった。
そしてスマホで怜奈のSNSを探し、コメント欄を見るとそこには案の定悪ふざけの書き込みはほとんどなく、「とってもきれい!。これが本当は男子?。」とか「怜奈さんってきれいだし女らしいだけでなくて大人の女性って感じでとってもいいですね。」などと好意的な書き込みであふれていた。
もちろんSNSの画面上で見る怜奈は書き込みの通りとってもきれいな女性に写っていると和巳も思ったし、これなら投票数が多いのもうなずけた。
だけど他の参加者と比べて非難や悪口がほとんどないのはきれいだからだけだろうか?。
もしかして晋吾が自分または取り巻きを使って他の参加者のSNSに誹謗中傷めいた悪ふざけの書き込みをしてるのではないのか・・・・・。
晋吾を疑うのは良くない事だと和巳は思った。ただ最寄り駅や和巳が鉄道好きだと云う事や何より和巳とあずさが恋人同士だと云う事まで全てひっくるめて知っているのはこの渋谷学院大学内にはさほど居ない筈だ。
と云うのは和巳はあずさと付き合っていると云う事を親しい友人以外には言っていなかったし、あずさの方も付き合っているカレシが居ると言わないと元からあずさは人気者と云う事もあり、色んな男子からカレシが居ないなら俺もと言い寄られる事があるので誰とは言わずに付き合っているカレシは一応いますとだけ言う様に普段はしていたのでこの二人がカップルだと云う事は和巳とあずさに近い普段から親しい存在か、成人式にカップル振で揃って出た事を知っている地元の中学高校の時の同級生くらいの事もあり、その要件を全て満たしているのは晋吾しか居ない。
ただそこまでして学園祭のいわば余興みたいなこのイベントに誹謗中傷や悪ふざけ的な事をSNS上でする必要があるのだろうかと和巳は思った。
仮にもし晋吾がこの悪ふざけをしていたとすると反対に言ってみれば和巳を筆頭に他の参加者をライバル視していて、その中でも特に「かすみ」をとてもライバル視しているのだろう。
だから悪口や個人情報すれすれの事をSNS上に流して「かすみ」をはじめ、他の有力参加者をイメージダウンさせる作戦をしているのだと思われるし、そうまでして晋吾、いや怜奈とそして麗美はもうひとつのミスコンで成果を出したいのだ。
とは言えチーム長の美咲の指示もあり、あまりSNSでの書き込みに躍起になる事はないようにしていたのと、最寄り駅をなんとなく書かれたから云ってストーカーされたり学内でかすみとあずさはカップルだと云う事を面白おかしくはやし立てられた訳でもなかったのでそれ以上は無視を決め込む事にした。
そして翌日、そうは言ってもSNS上の書き込みが気にはなるので見るだけ一応見ておくかと和巳は「かすみ」のアカウントを再度見てみた。
どれどれ、相変わらずあれこれと書き込みしてるよねと思いながら見ていた時に「しかしこの豊岡って子のカノジョって自分のカレシがこの女装コンテストに出てるって知ってるのかね?。」と云う書き込みがあるのを見つけた。
するとその書き込みの返信に
「もちろん知ってるでしょ。何やら聞くところによればカノジョさんも自分のカレシが女装してコンテストに出るのをとっても応援してるらしいよ。」
「へーそうなんだ!!。つまりこのカレシが女装するって”カノジョ公認”な訳かー。よく出来たカノジョだねー。」
「そうなんだよねー。カレシが女装しても何とも思っていないみたいだし、それどころか”公認”してるだなんてもしかしてこの豊岡って子のカノジョって”ビアン”かも。www。」
と書いてある・・・・・。
これにはさすがに和巳も読んでいて呆れるだけでなく腹ただしくなってしまっていた。
自分の事をあれこれ書かれるのは美咲も言っていたように根も葉もない事であってもコンテストで人気が出てくれば時にはある事だと思っていたので気にしなかったのだが、自分の事を書くだけでなくあずさの事まで悪ふざけして書いて、しかもあずさを「ビアン」と揶揄するだなんて・・・・・。
その日、大学からの帰り和巳はあずさと駅で一緒になった。そして和巳は家まで帰る道すがら思うところあってあずさに「あずさ、明日朝大学に行く前にいつもの時間より1時間早くうちに寄ってきてくれないか?。」と言った。
その和巳のいつもと違う強い口調にあずさは「いいけど1時間ってちょっと早いなあ。で、どしたの?。そんな1時間も早く来てだなんて?。」とちょっと不思議に思ったので言ってみた。
すると和巳は「いいから来て。1時間が無理だったら30分でも40分でもいいから早く来て欲しいな。無理言うのは承知だけど頼むよ。」と珍しくやや強い口調で言うので、あずさも「分かった。1時間はちょっと大変だけどいつもと比べて40分くらい早く行くね。」とOKした。
そう言っているうちに家の前まで来たので「ありがとう。無理言って悪いけどじゃあ明日はいつものようにいきなり僕の部屋に直接上がり込んで来てくれたらいいから。」と和巳は言って家の中に入っていった。
「一体和巳は何考えてるんだろう?・・・・・。」
そうあずさは思いながら翌日約束通りいつもより40分早く和巳の家に行って、そしていつものように「お邪魔しまーす!。和巳いる?ー。」と上がり込んで和巳の部屋のドアを開けた。「おはよう、和巳。えっ・・・・・。」
すると「おはようあずさ。早くにありがとうね。」と何事もなくいつものように穏やかに返事をする和巳だったが、なんと和巳はコンテストに出ると決めたその日にあずさの行きつけのお店で買った3着の女物の衣装のうちのひとつの大き目の白のレースの襟をあしらった紺のワンピースを着ていた。
「お、おはよ・・・・・和巳。ど、どうしたの?その恰好?・・・・・。」
「どうしたのって今日これを着て”かすみ”になって大学に行くんだけど?。」
「その恰好で大学に???。な、なんでわざわざ???。」
「ま、ちょっと思うところあって”かすみ”で大学に行こうかと思ってね。それでどう?この紺のワンピース?。変?。」
「いや変じゃないけど・・・・・。」
と言っていると和巳があずさに「だったらこれで今日は大学行くね。それでさ、悪いんだけど僕自分でメイクできないじゃない。さすがにすっぴんで外に出るのはちょっと恥ずかしいしそれとすっぴんだと和巳のまま感満載でそれこそ見た目が変だからこの前みたいに僕にメイクしてくれない?。」とお願いしてくる。
「いいけどメイクして大学に行くってなると今日一日大学に居る間はずっと”かすみ”で居るって事?。着替えとか持って行くとか?。」
「そうだよ。今日一日かすみで居る予定で着替えとか特に持っていかないよ。ほら、そろそろもうひとつのミスコンも1次審査の結果発表出るじゃない。そうなると本選に出たら人前でかすみになった僕を見てもらう訳でちょっと恥ずかしいからそれに慣れとこうかなって。」
和巳がそう言うのを聞いて少しあずさも何がなんだか分からなかったけど、それでも和巳が今日かすみになって大学に行く事で何やら企んでいるのは感じ取っていた。
和巳がこんな感じで自分から何か企てるだなんて今までになかったし、それにチームのメイク担当でない自分がメイクしても和巳がこの前のようにそこそこ以上にしっかりどこから見ても「普通にその辺にいる二十歳くらいの女の子」のかすみに見えるのは実証済みだったのでバレる事はないだろうと大急ぎであずさは自分の家からメイク道具一式を持ってきて和巳にメイクを始めた。
既に自分でパンティとガードルを履き、ブラを付けてパットを入れ、その上からキャミソールを被って紺のワンピースを着ている和巳は時間節約の為に化粧水と乳液は済ませているからと言ってくれたので、まずは下地クリームを塗り、ファンデーションも前回と同じように厚塗りにならないように塗っていく。
和巳の肌は日頃着物屋さんで振袖モデルアドバイザーのバイトをしているのでメイクした時に女の子に見えるように日頃から丁寧にスキンケアをしていてお化粧の乗りがほんとにいい。
それに元々和巳はインドア派と云う事もあるのか日焼けとかはそれほどしていなくてどちらかと言えば男子にしては色白なのでファンデーションを含めたベースメイクもナチュラルな感じに決まってくれるのであずさとしてもやりやすかった。
ベースメークとファンデーションを塗り終えたので続いてアイメイクに移る。今日は紺のワンピと云う事でもあるし、和巳がかすみになった時の柔らかい感じのかわいらしい女の子の雰囲気をより保って清楚な女の子感を出すためアイメイクはピンク系シャドーを中心に使ってみる。
続けてアイラインを引き、ブラウン系のアイブロウペンシルを使って眉毛の形を整え、ビューラーを使ってまつ毛をくるりんとさせてやはり眉毛と同等の色合いのブラウン系のマスカラを入れてアイメイクを完成させた。
頬にはいつものように柔らかくて可愛らしい感じのピンク系のチークを乗せ、仕上げに唇に少しオレンジが掛かった色合いのピンクの口紅を塗り、その上からグロスを重ね塗りして艶感を出す。
和巳が口紅を塗りたての唇をティッシュで軽く嚙んだ時、あずさはふと気づいた。
それは何かと言えば和巳の手には透明なマニキュアが塗られていたのだった。多分自分なりにあずさが来るまでに早起きして慣れない手つきで塗ったのでところどころ塗りムラはあるのだが、清楚な感じの透明なマニキュアはこの紺のワンピース姿にマッチして、そして指先をより女の子らしく彩っていた。
「和巳、自分でもしかしてマニキュア塗った?。」とあずさは軽くブラウンにカラーされたセミロングのストレートのウィッグを和巳に被せピンで止め、髪の毛の部分をブラシで梳かしながら聞いてみた。
「うん・・・・・そうだよ・・・・・。慣れてないからあんまり上手に塗れてないかもだけど、いつも僕がかすみになる時ってあずさもだし他のみんなに頼ってばっかりだから今日は自分で出来そうな事は自分でもやってみようって思ってね・・・・・。」
そう言う和巳はその透明なマニキュアの塗られた手で女の子がするように恥ずかしそうに口元を覆いながら答えた。
そしてバイトで通称「女の子になるスプレー」と呼んで使っている本当はどこにでもあるただのフローラルの香りのフレグランススプレーをシュッとひと吹きすると一瞬部屋の中が男の部屋とは思えない甘い香りに包まれ、「あん・・・・・このスプレーするとなんだかほんとに女の子になっちゃう感じする・・・・・。」と和巳は言い、段々と気持ちも「かすみ」に近づいているのが感じられた。
「よし、メイク完了したよ!。じゃあそれでは今日もかすみになった和巳を見て見るとしますか。では姿見の前にどうぞ!。」
そうあずさに言われかすみになった和巳はしずしずと姿見の前に歩いていく。
「今日はどんな感じだろう?・・・・・。この紺のワンピースが似合ってるパス度の高い女の子になれてたらいいけれど・・・・・。」
この恰好で今日はこれから大学に行く事もあって、妙な出来だといつも以上に恥ずかしい気持ちになりそうだからそれはちょっと・・・・・と思いながら和巳は姿見を覗き込む。
「えっ?!、か、かわいい・・・・・。」
そこにはとても清楚な感じの「二十歳くらいの都会の正統派女子大生」と云ったいでたちの「女の子」が姿見に映っていた。
その紺のワンピースがとても似合っている「女の子」は、控えめながらもしっかりとかわいらしさにポイントを置いたピンク系のメイクがまたその清楚なワンピース姿にピッタリとマッチしてよりこの子の女の子らしさを引き立てて映えている。
「うん!今日もかすみかわいいよ!。とってもかわいい!。ワンピースも似合っててどこから見ても女の子そのものだよ!。じゃあ大学行こうか。」
そうあずさに促され、しばらく姿見の前でじっとしていた和巳は「かすみ」のスイッチが入ってすっかり女の子の気持ちになったところでパンプスを履いて家を出た。
手には財布や携帯を入れた女性物のハンドバックを持って、またいつも和巳で大学に行く時に使っているリュックだとさすがに女子大生が使う感じのものではなかったので今日は家にあった中間色のトートバッグに授業で使う教材や資料類を入れてあずさとかすみは駅へと急いだ。
駅への道すがらもそうだし、電車に乗ってからもこの紺のワンピース姿のかすみはいつも以上に女子として違和感なく街や車内の景色に馴染んで、周りの誰もがこれが本当は男子だなんて思っていないようだった。
そしてこれまたいつものように女物の衣装を着て、メイクを済ませると気持ちも徐々に女らしくなるのも同じで、話し言葉や声のトーン、そして仕草も段々と時間を追う毎に和巳から「かすみ」になっていった。
そうこうしているうちに電車は大学の最寄り駅に着き、二人はキャンパスへと向かった。
歩きながらキャンパスへと向かう途中、相変わらずかすみは男子とはバレてないようで時折あずさの知り合いや友達があずさに声を掛けながらすれ違ったり話しかけたりするものの、誰もそばにいる「女の子のかすみ」には気を留めない。
それはこのちょっぴりよそ行き系な清楚な紺のワンピースを着た「今日は大学の帰りにちょっと寄り道の予定があるから少しおめかしして来た」的な装いの女の子がそれだけかすみの女子としてのパス度が高いと云う事でもある訳で気に留められない事がかえってかすみの不安を少なくしてくれていた。
キャンパス内にはいると、かずみとあずさはそれぞれの授業が行われる教室へと向かった。
あずさは文学部でかすみは商学部なのと、3年生でお互い専門課程なので必然的にそれぞれ取っている授業は違うが、たまたま今日これからのお互いの授業は同じ棟の同じ階にあるさほど離れていない教室である為、入り口までは一緒だった。
教室が近づいた時、あずさはかすみに「ねえかすみ、結局今日こうやってかすみになって大学に来たのって一体何の目的なの?。」と改めて聞いてみた。
するとかすみは「まあ昨日も言ったようにひとつはわたしってほらとっても恥ずかしがり屋さんだからこれからウエブ審査の票が伸びてもうひとつのミスコンで本選に出れた時に少しでも恥ずかしくならないように慣れとこうと云うのが一点、それともうひとつは”エール交換”ってとこかな?。えへへ。」と女の子らしい表情と仕草でとてもかわいらしく言う。
「エール交換」ってなんだろう?、しかもこの完璧なパス度の高い女装姿でそんな誰と「エール交換」だなんて・・・・・。
そうあずさは思っていると気が付けばかすみの授業がある教室の前まで来ていた。
「じゃあね、かすみ。あ、そうそう今晩家庭教師終わったら家にメイク道具取りに行くね。」
「OK、分かったよ。わたしの方は今日はバイトや用事とかは無いから夜は家に居るから待ってるよ。それじゃ。」
そう言いながらかすみは教室に入って行った。
(つづく)
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