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(連載小説)和巳が"カレシ"で、かすみが"カノジョ" もうひとつの学園祭のミスコン ⑤

その普段は見かけないちょっぴりよそ行き感のある清楚な紺のワンピース姿の「女の子」が教室に入ってきた時、少しだけ教室の雰囲気が変わった。

「だれ?この子。」「おっ、知らない顔だけど結構この女の子かわいくてイケてるじゃん。」等と口には出さないけどこの紺のワンピースの女の子に気付いた学生はそれぞれ微妙に反応を示していた。

そんなかすみの姿を授業開始まではまだ少し時間があったので教室の窓越しにあずさは見ていた。

とりあえずこの「女の子」は誰だか見慣れない子だけどこの女の子が実は男でしかもいつも同じ授業で顔を合わしている「和巳」と云う事には他の学生が気づいていない教室内の様子をあずさは眺めている。

そして教室に入ったかすみはツカツカとやや早歩きで何人かの学生たちがたむろしているところへと向かっていくのが見えた。

「かすみっていったい何するつもりなんだろう?・・・・・。」

そうあずさが思いながら見ているとかすみはまだ授業が始まる前と云う事でリラックスした雰囲気で談笑しているその何人かの男子グループの近くまで行き、そこで足が止まった。

「あ・・・・・。」

そこにはかすみと同じようにもうひとつのミスコンにエントリーしている晋吾が仲の良い友達と居るではないか。

そして普段は見掛けない清楚でかわいい系の女子が近づいてくるのに気づいた晋吾とその取り巻きたちは「あれ?この女子って誰だ?。でもこの子見た事ないけどすんごくかわいいじゃん。もしかして俺たちのファンとか?。」と云った感じで普段から暇さえあれば女子と遊ぶ事しか考えていないような軽薄さ丸出しの彼らはそんな風に近づいてきたかすみを横目で見ていた。

そして晋吾に向かってかすみは「おはよう平野君!。元気?。」とやや大きめの声でしかもかすみになった時は声のトーンも女の子らしくなるのにそうじゃないいつもの男子の時の声で挨拶をはじめた。

そうかすみに男の声で「朝の挨拶」をされた晋吾は「えっ?、今”平野君”って誰か言った?。」と目の前にいるのは「紺のワンピースを着た女子」が居るのだけどどこからか女子からぬ男の声で自分に挨拶をされた事で誰だろうと言わんばかりに周りを少しキョロキョロと見渡していた。

そして晋吾は目の前のかすみを見て「多分この”ワンピースを着てる女子”が自分に話しかけてきた訳で、ただこの子の声はちょっと女子としては男みたいに低くて変だったけどそれはきっと元からそう云う声に違いなくて、でもそれにちょっと見るとこの子ってとってもかわいくて女の子らしいし、自分のファンかも知れないからまあここは愛想よくしておくか・・・・・。」と打算が働いたのか「ああ、おはよう。」と笑顔でかすみに向かって返事をしたのだった。

そして晋吾はかすみに向かって「ところで君って大学ではあんまり見かけない顔だけどどなたかなあ?。今までにどこかでお会いしたとか?。」とこの紺のワンピースを着た「女の子」がまるで誰だか気づかず聞いていた。

そう言われるとかすみは「うん、僕この大学の学生だし、この授業も毎回休まず出席してるから何度も会ってるし、それに高校の時やこの前の成人式の時にも平野君には会ってるから初めてとかじゃないよ。」と敢えて男の声で一人称も「僕」と云う呼び方にして晋吾の問いかけに返事をした。

「え?、今この女の子ってもしかして自分で自分の事を”僕”って言わなかったっけ?。それに声も低くて女の子の声じゃないし・・・・・。」

そんな事を晋吾は考えながら「そう言えばなんとなくどこかで見たような気もするし、それに俺と高校や成人式でも会った事があるって?。いったいこの子誰だ?・・・・・。」と頭をひねっていた。

同じように周りにいる晋吾の取り巻きもこの「僕」と名乗った「紺のワンピースを着た女の子」が誰なのか頭をひねっていたがそのうちに何人かが「あ・・・・・もしかして・・・・・。」となんとなく確信は持てないけれどこの女の子が誰なのか気づきはじめていた。

そして晋吾も「同じ大学で俺と同じようにずっとこの授業を取っていて、それに高校や成人式でも会った事がある?・・・・・そんな奴は・・・・・あっ・・・・・。」と考えた末にもしかしてこの「女の子」が和巳、そしてかすみではないだろうかと気づきはじめていた。

そんな晋吾とその周りの男子学生を見てかすみは「どうやらお分かりになったみたいだね。そう、僕高校で平野君と同級生だった豊岡和巳、いや今日は今度学園祭のもうひとつのミスコンに出る豊岡かすみだよ。合ってた?。」と正解発表を驚いている晋吾にした。

教室内はこの清楚でかわいらしい女の子が実は男子学生で、それも普段は地味でまったく目立たないファッションにも無頓着な埋没系男子の和巳だったと云う事と最近になって「もうひとつのミスコン」にエントリーしてからウエブ上ではその和巳が女装した姿を見てはいたけど、こうして実際に生で見てみるとスマホの画面上の画像よりもっと女の子らしくなっていてまた女子として大変パス度の高い「かすみ」になっている事にほとんどの学生からは驚きをもって受け止められていた。

そして周りから「このワンピースの子があの地味な豊岡君なの?。めっちゃかわいい!。」「女装がとっても似合っててこれが男子だとは全く思えないんだけど。」などと和巳、いえかすみを見た学生たちがびっくりしたような感じでこの女子としてパス度の高いかすみの姿に概ね好意的な感想を口々に漏らし始め、またその場の空気も同じようにかすみにとって好意的なものになっていった。

そうしているうちに驚きを隠せない晋吾は「へえーそうなんだー、そう言えば会った事あるような覚えがあるよ。普段あんまり俺って君とそんなに接点が無いから分かんなかった・・・・・。」と少しお茶を濁すような感じで言い、「そんでなんで今日わざわざ女装して大学に来てる訳?。」と素朴な疑問を口にした。

するとかすみは「まあおかげさまでミスコンの第1次ウエブ審査の方もたくさんの方に投票してもらってるからこのままなんとか本選にも出れそうで、そうすると僕って男の時でも大勢の観客のいる場所に出た事がほとんどないもんで慣れてないしそれに女装でしょ。だから余計に恥ずかしいから今日は練習って事でこうして女の子の姿で大学に来てみたんだ。どう?似合ってる?。」と答えた。

「うん、まあ似合ってて結構イケてるんじゃない・・・・・。」

「そう?。いやーそれならよかったー!。僕とおんなじ今回のもうひとつのミスコンにエントリーしてて人気上位の平野君にそう言って褒めてもらえるなんて安心したよ。今日は女装して出かけてよかったー。」

そうかすみは言い、続けて「最近ウエブ審査の投票って、平野君、いや平野怜奈さんがすっごく人気で票も伸びてるじゃない。まああの写真見たら怜奈さんってとってもきれいでカッコいいからそれも当然なんだけど、僕の方は最近はなんかSNSであれこれと変な事書かれて別の意味でバズっちゃってイメージダウンになっちゃったのかそれとも綺麗さや可愛さで怜奈さんに負けちゃってるからかよく分かんないけど票が前ほど伸びてないんだよね。だけどこのまま行くと多分僕も怜奈さんも本選には出れそうだからその時はお互い頑張ろうね。」とはっきりと大きな声で聞こえるように、いや半ば晋吾と周りの人に聞こえよがしに自分が思っている事をストレートに言った。

すると晋吾も「ああ、SNSが変にバズってるみたいで大変だよな。ま、本選に出れたらお互い頑張ろう。」となんだか伏し目がちに言い、ちょうど授業が始まるチャイムが鳴ったのでそれぞれの席についた。

そしてやりとりを見ていたあずさも「やるじゃんかすみ、”エール交換をする”ってこう云う事だったのね。これって確かに言われてみれば”エール交換”になってるよね。うふっ。」と思いながら、急いで自分の授業の教室へと向かった。

あの晋吾の反応だとSNSでかすみに限らず他のエントリーしている子に対しても変な書き込みを自分の友達と一緒にやっているのは多分間違いないだろうし、それに実際に成人式の時に続いて今回も女装してパス度の高い女子になっているかすみを見てこれは予想以上の出来だと思ったのは違いなかった。

かすみもほんとのところは文句のひとつも言いたかっただろうけどそう云う事はせずにあえてわざわざかすみの姿になって暗に「SNSに変な書き込みしてるのはおまえ達だって分かってるからそんなの止めて正々堂々とやれよ」と晋吾と取り巻きたちに諭した訳だが、恰好はとても清楚でかわいらしい女の子なのに話す言葉は男らしくて声も男の声で晋吾に自分の思っている事を言った事がギャップもあって効果的なようにあずさは感じていた。

授業が終わり、昼休みになると和巳はいつも学食で昼ご飯を食べる事が大半なのを知っているあずさは昼ご飯を一緒に食べながら先程の事を労ってあげようと思って学食に行き、料理を取って「かすみ」を探していたが、見ると男女問わずいろんな人に囲まれてうれしそうにそしてかすみらしく恥ずかしさを表に出した感じで女装のままかすみが学食のAランチを食べているのが目に入ってきた。

そして「だけどほんとうに見れば見るほどどこから見ても女の子だよね。」とか「このワンピース似合っててかわいいー。どこで買ったの?。」などと言われながら恐らくさっきまで一緒に授業を受けていた学生とランチをしつつ、その人たちにせがまれてかすみが恥ずかしそうにスマホで一緒に自撮りをする光景が何度となく続いていた。

その光景を見てあずさは今日のランチをかすみと一緒にするのはあえてやめて横で見守る事にした。

どうせ3軒隣りのご近所さんでかすみとは普段からしょっちゅう一緒にいる訳だし、またメイク道具だって返してもらわないといけないから労ってあげるのは今でなくてもいい、それより今は女装してしっかり女の子と云うか「女子大生」になってまたそれがとても好評なこのかわいらしいかすみを一人でも多くの人に見てもらってもうひとつのミスコンに向けてのPRに繋がる方が得策だと思い、あずさはそっとしておくことにしたのだった。

そのうち美咲も学食にやってきてあずさの横に居た。美咲もどうやらあずさと同じ気持ちのようで静かに楽しそうに自撮りに興じるかすみを見ていたようだ。

そして美咲は昼休みに事務局に出向いてSNS上での変な誹謗中傷や書き込みが横行している事に対してチーム長として申し入れをしてくれたのだった。

事務局のスタッフも各人のSNSはいち学生として見ていたのだが、さすがにこの変な書き込みが多い事にやりすぎと云うかコンテスト自体の品位が下がるような感じがしていてこれはなんとかしないといけないと思っていたようで、早速公式HP上にSNSでの変な書き込みは止めるように、そして今後もこれが横行するようなら書き込みした人を調べて分かり次第場合によっては関係者に対して何らかの処置をしますと云う事を載せてくれ、同じ内容をメールで参加者にも送ってくれたのだった。

昼食後もかすみはいろんな人に囲まれて写真をせがまれたり質問責めに合ったりしていた。

そして午後の授業の最初の1コマが終わり、あずさは今日は自分のスケジュールはここまでなので授業を終えて大学を後にしようとキャンパス内を歩いていたらもう1コマ授業があってそちらの教室に移動中のかすみが別の学生に先程と同じように囲まれて写真をせがまれたりしているのを見かけた。

「かすみってえらい人気だね。うふふ。」そう思いながら帰りの電車でハッシュタグをつけてSNSを見ると紺のワンピース姿のかすみの写真がどんどん出てくる。

「#もうひとつのミスコン」とか「#渋谷学院大学 女装子」「#豊岡かすみ」とつけて検索してみたがそこには次から次へと恥ずかしそうで緊張しているのかどことなくぎこちないけれどはにかんだ笑顔がかわいいかすみの画像がアップされていて、反対に怜奈の画像はほとんど出てこなくなっていた。

そしてSNSには「今日この”女の子”といっしょに写真を撮ってもらいました。実はこれが”男の子”だなんて信じられる?。」「とっても自然でかわいくてどこから見ても女の子にしか見えないよね!。」「学園祭の女装コンテストに向けて練習で女装して学校にやってきたみたいだけど、かわいくてとても女の子らしいので一目見てかすみちゃんのファンになりました。コンテストでは絶対かすみちゃんを応援します。」等と好意的なつぶやきや書き込みで多くの画像と一緒に埋め尽くされていた。

夕方になり、授業が終わった晋吾は自由が丘の洋風居酒屋に麗美と居た。

「いやーSNSでネガティブキャンペーンやるのって今後は無理っぽいよ・・・・・。さすがにちょっとやりすぎたみたいで事務局からも釘を刺されたし・・・・・。」

そう云う晋吾は自分もだし、書き込みをさせた周りの親しい友人たちにも言ってさりげなく徐々にではあるが中傷目的の書き込みを削除するようにしていた。

「麗美も悪いけど少しずつ書き込み削除しといて。せっかく書いてもらった友達にも悪いけどそうお願いしといてな。」

そうバツが悪そうに云う晋吾に麗美は「まあ事務局が言いだしたんなら仕方ないから削除とかやっとくね。だけど今回の”もうひとつのミスコン”で一番綺麗でグランプリ最有力なのは晋吾、いや怜奈なんだからあのかすみとあずさになんか絶対負けちゃダメよ。」とキツい口調で言っていた。

「大体かすみって普段は冴えないダサダサの地味な男子のくせにちょっと成人式の時に振袖着てそれがハマっちゃって周りにバズった位でいい気になってこうやってコンテスト出てくるなんて100年早いわよ、それにそのかすみを応援してるのが晋吾の元カノのあずさでしょ?。あずさもミスコンでは2年連続してファイナリスト止まりのくせして調子に乗っちゃって、本家ミスコンに今年も一応エントリーしてるみたいだけど、一足先に東都大のミスコンで優勝したわたしとは比べ物にならないわよ。」などとかすみの事だけでなくてあずさの事も悪く言っている。

麗美は晋吾と一緒に振袖姿をばっちり決めて臨んだ成人式で人気を自分たちではなくて和巳とあずさに取られたのがよほど腹に据えかねているようで、ミスコングランプリとしてもプライドが許さないのと晋吾も成人式では自分が一番イケてる”振袖男子”になってると思っていたのに昨日今日いきなり慌てて振袖を着てきたそれも普段は地味すぎて目立たない和巳に人気を持って行かれたのがやはり面白くなく、それでこの二人は意見が合うようでこうして学校帰りに居酒屋で文句を言っているのだった。

夜になり、家庭教師のバイトを終えたあずさは和巳の家に向かっていた。バイト終わりと云う事で少し遅い時間ではあるけれど、この位の時間ならまだ普通に和巳とおしゃべりしている時間帯だからその辺は気にせずにいつものように和巳の家に着き、遠慮なく部屋に上がり込むとメイクを落とし、紺のワンピースを脱いで普段の男の姿に戻っていた和巳が居た。

「遅くなってごめんごめん。でも今日はお疲れさまー。」

「いやいやあずさの方こそ朝早くからわざわざメイクしてくれて悪かったね。おかげで助かった。ありがとう。」

「そう言えばSNS見た?。」「見た見た!!。いっぱいバズってるよね。」

そう言いながら二人はスマホを出してかすみのSNSを開いた。するとそこには昼間より更に多くかすみが写った画像がアップされていて、更にどれもこれも画像だけでなくて好意的なコメントも増えている。

「わー!すごいSNSの伸びだし反応もいいねー。」

「いやいやなんだか恥ずかしいね・・・・・。でもこれも全部あずさがちゃんと僕にメイクしてくれてかすみになれたからこそだからほんとにありがたいな。」

和巳がこのSNS騒動に関して勇気を出してかすみの姿になって大学に行き、直接晋吾にクレームと云う形ではないけれどしっかり「正々堂々とやろうよ」と意思表示をした事はこのSNS上の反応を見る限り和巳の思惑通り大成功だった。

あの地味な和巳がかすみと云うこんなにかわいい女の子になっているのとそのかわいい女の子が凛とした態度でイケメンで大学でも指折りの人気者の晋吾に対している事が両方いい意味での意外性を以て受け止められ、また女装してかすみになっている姿が大好評だったのと元々の和巳としての少し受け身の恥ずかしがっているところとかが逆に初々しいとか素直とか謙虚だと云う好印象も見る人に与えたみたいでそれもあっていいねもリツイートも伸びたのだった。

「それにしてもどの画像もかわいいね!。ねえ、なんなら明日も女装してかすみで大学行く?。」

「もうさすがにそれは勘弁して・・・・・。すっごく恥ずかしいし、それにトイレに行こうと思ってもこの恰好だと男子トイレにも女子トイレにも入りづらくてユニバーサルトイレを探すの大変だったんだよ。」

「そっかー。まあ確かに女装して何度も大学に行くのって現実的じゃないよねー。」

そんな事を言いながらいつものようにとりとめのない話を二人は遅くまでしていた。

そしてその間にもかすみのSNSにはいいねが増えていた。

(つづく)



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