恋と債務(前編)
カード破産をしそうになったことがある。23歳になるかならないかくらいの頃だ。比較的凡庸かつ平穏に成人を迎えた僕にとって最初に訪れた人生の大ピンチだった。
いま、娘や息子を大学や専門学校に通わせている親御さんが聞いたら間違いなく発狂するであろう不良学生だった僕はろくに大学にも行かず、オートバイを乗り回し、友達と夜通し遊び、朦朧とする意識を取り戻すべく栄養ドリンクを喉に流し込みながら麻雀を打っていた。
大学生の分際で金の掛かる遊びばかりしていたので財務状況は常に逼迫していてアルバイトは必須だった。必須を軽く通り越して2つ掛け持ちだった。
そのうち1つのアルバイト先で出会ったのがリョーコだった。170センチ弱の長身で手足が長く、北陸出身のせいか日本人ではあまり見かけないレベルの色白な肌をしていた。
先天的に色素が薄かったのだろう。染めずとも茶色がかった髪とカラーコンタクトを付けているかのような鳶色の瞳は神秘的で、惚れっぽくチョロい僕はすぐに恋に落ちてしまった。
なんだかんだ言われながらも一人っ子で甘やかされて育った僕は押しが弱い。しかもそれまで女性に対しては受け身で積極的に動いたことのない若い男があの手この手で必死に女の人を口説く姿は無様で滑稽だっただろう。熱意が伝わったのか気まぐれかはわからないがリョーコは交際を受諾してくれた。
実体があるようなないような中高生の淡く可愛らしいお付き合いではない1ランク上の男女交際をしなければ!と勝手に思い込んだ僕は分不相応にリョーコへとお金をつぎ込んだ。僕のアルバイト代は主にプレゼントや食事代に消えて行った。ネイビーのパラシュート生地と金色のチェーンでつくられたPRADAのバッグに対して「なぜコレが8万円もするんだ」と思ったことを憶えている。
食事はそれほど贅沢なものを食べたり毎回のように奢ったりはしなかったけれどリョーコに会いたかったので回数がとにかく多かった。ファミレスやカフェ、ファストフードによく行った。単価は低くとも回数がかさめば出費は馬鹿にならない。「何に使ったかおぼえていないが金がない」浪費の無限ループの始まりだった。
そのうち足に使っているオートバイや車のガソリン代にも事欠くようになる。アルバイトふたつの給料では全く足りない。まがりなりにも学生なのでこれ以上アルバイトは増やせない。出費のほとんどが遊興費であるため親に無心するわけにもいかない。袋小路に追い込まれた僕は禁断の果実に手を伸ばした。
規制が緩和され学生でもクレジットカードが容易につくれるようになりはじめた頃で、僕もオトナ気取りで1枚持っていた。ただ使うと言っても少し高めの服を2〜3回払いで買う時くらい。クレジットカードというよりは月賦専用カードのような感覚だった。計画的に使いこなしていたと思う。
クレジットカードは物が買えるだけでなく金が借りられることはもちろん知っていたが、いくら世間知らずで思慮分別が浅い僕でも踏み越えてはならない一線であることはわかっていた。しかし理解と行動は一致しないことのほうが多い。金はないがリョーコと遊びたかった僕は少しだけ逡巡した後、カード会社のATMに暗証番号を打ち込んでいた。
そこからは誰もが見聞きしたことのあるお決まりの借金パターンに陥っていく。月々の返済をすると実績がつくので借り入れ可能額が増える。借りれるだけ借りて限度額いっぱいになると他のカードを作る。カードは3枚になり月々の支払い額がアルバイトの給料とほぼ同額になる。4枚目のカードは作れなかった。破綻は目前だった。
後編につづく
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