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幻獣戦争 1章 滅亡に進む世界まとめ版

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序章 1章 滅亡に進む世界まとめ版

 一人の男が居た。かつて英雄(ヒーロー)と謳われ、数えきれない栄誉を受け幻獣と戦い続けた男は、敬愛する上司、恋人、かけがえのない友、その殆どを失う。それでも男は幻獣と戦い続けた。英雄としての責務、失った戦友達の言葉が体を突き動かし、癒えぬ傷を抱えたまま、痛む体を引きずりながらも男を戦わせ続け――倒れた。

 ……幻獣。第2次世界大戦終結から10年後、かつてラングと言われた国にそれは発生した。突如出現した正体不明の化け物相手に人類は3度目の世界大戦を始める。人類は開戦早期から幻獣の圧倒的な物量に敗戦を重ね続け、戦況を打開するためにあらゆる手を尽くす。しかし、幻獣に対抗できる兵器を持ちえなかった人類は遂に核兵器の投入を決断。

 戦線への核兵器投入によって多くの人間が放射線障害に倒れ、欧州の一部は塩に沈んだ――が、そこまでしても人類は幻獣を殲滅することはできなかった。世界が幻獣によって滅ぼされる。誰もがそう諦めていた頃、転機が訪れる。精霊と呼ばれる上位存在の介入である。しかも、精霊は人類に手を差し伸べたのだ。これにより人類は幻獣と戦う術を得て、己が生存圏を守るために戦い続けることになる。開戦から70年余、人類は確実にその数を減らしながら滅びの道を歩み続けていた――

  自衛軍退官後、情報部の措置で俺は名を変え弾薬製造工場で新たな人生を送っていた。今日のシフトが終わり引継ぎを済ませた後、真っすぐ更衣室に向かい私服に着替えタイムカードを切る。疲れた体を軽くほぐしながら駐車場に出て、しばらく歩き愛車の軽乗用車近くでロックを解除。そのまま乗り込みシートベルトを締めようとして唐突に手が止まる。

 俺は何をやっているのだろうか? 敬愛する上官……戦友……恋人、その殆どを失い帰還した佐渡島の作戦。あれ以来俺は心に深い傷を負い、時々どうしようもない負い目を感じるようになった。
 俺は何をやっているのだろうか? 死んでいった戦友達は今の俺を見たらどう思うだろう? 
 意味のない自問が始まりそうになり、頭を振って思考を停止させシートベルトを締める。そのまま車のエンジンキーをひねり起動。ハンドルを片手にギアをドライブに入れサイドブレーキを押す。

 早く帰って体を休めよう。疲れていると余計なことを考えてしまう……自衛官を辞めた、逃げた俺にはもう関係のない話だ。そう無理やり自分を納得させ、俺は車を走らせ工場を出て帰路につく。

 《ヴウウウンピピピ! ピピピ! ヴウウウンピピピ――》

 無心でいつもの道を走行していると、ジャケットの胸ポケットに納めているスマホが突然バイブレーションと共に音を鳴らす。
 いきなりの事に驚き車を車道の路側帯に寄せて停車。ブレーキを踏んだまま、片手でハンドルを握りスマホを胸ポケットから取り出して確認する。

 《緊急事態警報! 幻獣出現! 今すぐ最寄りのシェルターへ逃げてください!》

 スマホの受付画面にはそう表示されていた。
「シェルターって言われてもな……」
 残念な事に近くに退避シェルターの類はない。俺は困り気味に呟きギアをパーキング切り替え、サイドブレーキを引く。車を停車状態にして運転席の窓を開け周囲を見渡す。幻獣が出現しているなら遠巻きにでもその姿が確認できるはず。そう思い見渡していると、後方から軍用トレーラーが物凄いスピードでこちらに迫ってきていた。さらに運が悪いことに、そのうしろには幻獣と思しき中型の鬼のような角を生やした化け物が見え、こちらに目を向けている。位置からして工場に戻るのはあまり良い選択肢ではない。状況から鑑みるに、軍用トレーラーをやり過ごして一緒に逃げるのが最良か。

 そう決め、ギアをドライブに切り替えサイドブレーキを押し発進できる態勢をとる。軍用トレーラーが車の脇を駆け抜けていったことを確認して、アクセル全開で軍用トレーラーを追いかける形で車を発進――が、それも束の間、追走している軍用トレーラーの前に岩のようなものが着弾し爆裂。軍用トレーラーはそれを回避するようにハンドルをきったようだが、バランスを崩し横転、車道を塞ぐようにへの字に滑走。

 俺は即座に急ブレーキを踏み、サイドブレーキを引いて減速する。が、既に遅く横転した軍用トレーラーに衝突するのは確実のようで、正面からぶつかることを避けるため急ハンドルを切る。車は横滑りしながら軍用トレーラーに激突。俺の視界は黒色に染まった。
 

「――教官! 退官するって本当ですか!?」
 見知った声が聞こえ振り向いて気づく。ああ、これは夢なんだと。しかも、退官して九州要塞を去る時のものだ。
「ああ、本当だ。最後にお前を育てる事が出来て僥倖だった」
「どうしてですか!」
 あの時、俺は確かそう答え、溌剌としたやや幼さが残る女性はそう問い詰めてきた。少し前のことなのにひどく懐かしく感じる。ひょっとしてこれが走馬灯というやつか? こいつは教え子の中でも特に手のかかる奴で、仕方なく最後まで自分の手元においていたんだっけな。それが功を成し、別れた時には俺と変わらない技術と戦略眼を持ってくれた。だから、どうしようもなく虚しくなった俺が自衛軍を去ることが出来たんだよな……

「俺の時代が終わったからさ。これからはお前が英雄になる番だ」
「ふざけないでよ! 何が英雄よ! 馬鹿にしないで!」
 泣きながら荒れ狂うあいつに、俺は確かこう言ったな……本当に懐かしい。
「知っていると思うが、俺の所属していた部隊で生き残っているのは俺と一樹だけだ。俺を教導してくれた先任達も、同期の戦友も、幻獣と戦って死んでいった。そいつらは俺に何て残して逝ったと思う?」
「えっ?」
 彼女は涙を拭いながら聞き返す。

「後は頼んだ! 英雄ってさ。だから……俺も託すんだよ……お前に」
「どうして私なんですか?」
 再度彼女はそう聞き返す。本当に懐かしくて涙が零れそうになる。だけど、オチが酷いんだよなこれ。
「そうだな……お前は俺が教導した中で飛びきり飲み込みが悪く腕も悪かった」
「――っ!?」
 彼女は俺の言葉に涙を止め、怒りを滲ませるように顔を紅潮させ始める。
「しかし、今では思考は俺と同レベル、腕は俺を超えつつある。だから託すのさ。お前なら人類の希望になれる。多くの仲間を、悪夢に怯える人々を護っていける――後は頼んだぞ」
 そうカッコよく決めたつもりだったんだけどなあ……
「――嫌よ」 

「っ痛ぅ……変なところで目が覚めたな」
 俺は痛む肩をおさえ状況を確認する。横転した軍用トレーラーに突っ込んだのは間違いなく、運転席は軍用トレーラーの車底部で視界が埋まり、ドアを開けられる状態ではなかった。俺はシートベルトを外して助手席のドアから外に出て、改めて辺りを見渡す。近くには、軍用トレーラーに乗っていた隊員らしき男が車外に投げ出されていた。俺は軽く深呼吸して直前の状況を思い出す。確か、軍用トレーラーの前に爆発が起きて横転したんだよな……

「――あっ!?」
 慌てて後ろに目を移す。空は暗闇の雲に包まれ、遠くで中型の鬼のような角を生やした幻獣が建築物を破壊しているのが見える。これはまずい……が、俺にはどうしようもない。
「卑怯者、勝手に決めつけて逃げるな、だったな。あいつの言った通りかもな」
 じきにあの幻獣に見つかり成す術なく吹っ飛ばされるのだろう。逃げた俺には相応しい最後なのかもしれない。そう諦めため息をつく、その時だった。

『……………………答して………………れか………………れでもいい…………願い』

 微かに聞こえる声に目を向ける。どうやらトレーラーの無線はまだ生きているようだ。俺は横転したトレーラーをよじ登り助手席のドアを開け、無線を握ったまま意識を失っている隊員から無線機を取り上げる。

「乗員は多分全員死んでいますよ」
 隊員の代わりに応答し流れるノイズに耳を傾け相手の反応を待つ。数秒の間を持って無線から声が聞こえてきた。
「気のせいかしら? 私の知り合いによく似た声が聞こえるわ」
「気のせいでしょうね。私はあなたを知らない」
 声質からして恐らく女性だと思われる交信主はどこか怒っているようだが、俺はあっさりと切り返す。顔が見えないのに相手が誰か分るわけがない。

「そうでしょうねぇ。私の知り合いなら絶対そう答えるわ」
 付き合っていられない……逃げるか。
「待って。トレーラーの後ろに戦略機があるわ。貴方の運がよければ動かせるはずよ」
 そう無線から手を放そうとして、無線越しに告げる女性の言葉に俺は耳を疑う。自衛軍の最新兵器に乗れと言っているのだ。
「乗ってついでにそこにいる幻獣を倒して帰ってきて欲しいのよ。最低限の教育はうけているでしょう?」
 女性はさらに言葉を続ける。戦えと。無論、普通の人間に動かせる代物ではない。戦略歩行人型戦闘機、通称戦略機には適性がいる。いわゆる霊感がある人間、霊力がないと動かせないのだ。

「今それができるのは貴方しかいないわ。私達がそちらに行くにはまだ大分時間が掛かる。貴方がそこにいる本体を倒してくれれば多く人間が助けられるのよ」
 俺は無線を握ったまま女性の言葉に耳を傾ける。
「……貴方がどういう理由で逃げたのかは知らない。でも、疲れていたのは何となく気づいていたわ。あの後皆に怒られたもの、止めるなって……」
 気づくと俺は無線を放り投げ、その足は後部車両に向かっていた。何をやっているのだろう? 俺はもう戦わないと決めたはずだ。

 『ごめんなさい。貴方が知り合いの声に似すぎているからくだらないことを喋ってしまったわ――早く逃げなさい!!』
 

 運転席に備え付けられている無線機越しに避難を促す声が聞こえるが、俺は無視して戦略機にかけてあるカバーを外し、ハッチを開け乗り込んだ。
 トレーラーが横転しているせいで戦略機も横になっているが、構わず起動の手順を踏む。電源が入り駆動音と共にOSとFCSが立ち上がり、コックピットモニターに外の映像が映し出される。起動には成功したようだ。といっても少し前までこいつに乗って戦っていたのだ。動かせるのは当たり前で問題はこの後。戦略機は通常稼働の状態では戦車の形態を維持している。

 人型に形態を変えなければ戦略機は横転したままだ。つまり戦うことも逃げることも出来ない。人型へ形態を変える場合、専用のパイロットスーツを着用したうえで、霊力を行使して搭載されている神霊機関を起動する必要がある。当然、今の俺はパイロットスーツなんて着ていない。万事休すかというと、もう一つ方法がある。そう、言霊(ことだま)を使うことだ。人類が悪しき夢、幻獣と戦うためにもたらされた唯一の魔法(術(すべ))。願い、想いを言葉にすることで発現する力……正確には精霊の力を行使するらしく、精霊がそっぽ向けば何も起きない。

「……今再び、力を貸してほしい。精霊達よ!」
 俺は静かに願いを紡ぐ。

《大丈夫――貴方(俺)はまだ戦える!》 

 数秒の沈黙を破り、静かに動力音がコックピット内に響き始める……精霊達はこんな俺にまだ力を貸してくれるらしい。
「音紋照会完了。神霊機関非常モードで稼働を確認――おかえりなさい。比良坂陸将補」
 女声のナビゲーションAIのアナウンスに俺は内心驚愕する。自衛軍にまだ軍籍が残っているのだ。
「生憎現役は退いている。別の呼び方で頼む」
「わかりました。比良坂元陸将補、こうお呼びすればよろしいですか?」
 俺が皮肉交じりに伝えるとナビゲーションAIは淡々と言葉を返してきた。

「ああ、そうしてくれ。さて、機体を人型に切り替えてくれ」
「了解。機体を起こします」
 構わず指示する俺にナビゲーションAIが答えると戦略機が可変を始める。砲塔部が左右に別れ、上半身が完成すると片腕で機体を覆っていたカバーを完全に引き払い、トレーラーを空いているもう片腕で押し横転していた車体を無理やり接地させた。ようやく正常な形で大地に足を降ろすと、間を置かずして車体が垂直に立ち上がり下半身が完成する。

「74式戦略歩行人型戦闘機タイプG、白兵戦モードに変更完了。広域戦闘管制システム天照への接続を開始します」
 ナビゲーションAIの宣言に俺はため息をつく。面倒なことになるな……天照に繋ぐということは、通信が完全に回復することを意味する。
「ダイレイクトラインで通信がきています――繋ぎます」
 ナビゲーションAIが通信を繋ぎ回線を開かれる……俺は色々と諦めた。
「繋がったということは、貴方は運が良い――ってぇ!? やっぱり貴方だったんですね」
 通信が繋がり、コックピットモニターの一部に映し出された妙齢の女性は、驚きの声を上げる。が、一瞬で平静を装い冷めた声で言う。

「状況を確認する。こちらにいる幻獣が親玉で間違いないか?」
 俺は構わず質問する。天宮麗奈、階級は分からないが俺の元部下にして教え子だった女性だ。
「……」
 しかし、麗奈は答えようとせず拗ねたように沈黙する。その仏頂面からはでは、怒っているのか悲しんでいるのかよくわからないが……まともに答えるわけないか。

「敵性反応、中型幻獣タウロス型1体を確認。天照からのデータ受信……周辺地域における指揮官タイプと推測されます」
 麗奈の沈黙を破りナビゲーションAIが代わりに報告する。
「わかった。確認するがあれを倒せばいいんだな?」
「……」
 再度麗奈に確認をとる。しかし、麗奈は答えようとしない。
「麗奈!」
「……」
 その子供じみた応対に俺は一度だけ怒鳴るが、麗奈は態度を変えようとしない。

「そうか……残念だ。俺はこのまま離脱する。後は君たちで頑張るんだな」
「作戦宙域より離脱されますか? 現状ならば可能です」
 俺はため息交じりに告げると意図を汲んだのか、ナビゲーションAIが問いかけてきた。
「ああもう!! ええ、そうです。我々は現在2個師団規模の幻獣と交戦しています。そちらに向かうのは現状では難しいですが、貴方は民間人です。そのまま逃げて頂いてもかまいませんよ?」
 同時に麗奈は顔を紅潮させ、精一杯の嫌みのつもりかそう吐き捨てる。

「了解。これより指揮官タイプタウロス型幻獣を撃破する。弾薬は残っているか?」
 俺はため息交じりに述べ通信をきり、続けてナビゲーションAIに問い兵装を確認する。コックピットモニターには兵装情報がOFFLINEと表示されていた。
 正直に言えば、辛くてこれ以上麗奈の顔を見たくなかった。

「情報を更新……頭部二十ミリ機関砲残弾ゼロ。右腕部一〇五ミリ滑空砲残弾数1」
「なるほど。こいつは演習帰りの機体というわけか」
 返ってきた回答と更新された情報を見て俺は諦め交じりに呟く。同時にこちらに気づいた幻獣が顔を向けコックピットモニター越し目が合う――やれやれ。

 タウロス型幻獣は雄叫びを上げ、すぐさま右手から生体ミサイルを生やしこちらに狙いをつけてきた!
「回避プログラム作動」
 俺はそう宣言。機体を幻獣に向かって走らせる。破壊した街中に立つ幻獣はそれに合わせて生体ミサイルを発射。
「――了解。回避シーケンスを作動させます」
 ナビゲーションAIのアナウンスを聞き、ほどなくして先程まで居た国道に1発目のミサイルが直撃。地面が抉れ、爆発と衝撃が飛来した生体ミサイルを襲う。しかし、数発が残り此方を追撃する形で反転。余波に飲まれながら円を描き、スラスターを吹かせ俺は幻獣に接近する。

「ターゲットを幻獣中央部コアユニットに固定!」
「ターゲットを幻獣中央部コアユニットに固定」
 俺の宣言をナビゲーションAIは復唱。機体は2発目、3発目とミサイルを回避。爆発の衝撃を受けつつ、かつて畑だった土を踏み荒らし、街だった廃墟の国道を砕き、幻獣を補足。姿勢制御を行い射撃するタイミングを探す。

「当該幻獣の解析終了。現在の兵装ではコアユニットに致命的なダメージは与えるのは難しいようですが、どうしますか?」
「問題ない。とっておきを使う」
 ナビゲーションAIの絶望的な報告を俺は端的に返す。
「了解」
 ナビゲーションAI の相槌を聞き、機体は5発目、6発目と生体ミサイルを全て回避。タウロス型幻獣はすぐさま生体ミサイルの装填を開始。俺は機体の足を止め一〇五ミリ滑空砲を構える。

「高天の原に神留ります――神魯岐――神魯美の命以ちて……」
「幻獣、次弾発射体制に移行」
 祝詞を唱え弾に浄化の祈りを込める……いわゆる魔弾というやつだ。ナビゲーションAIの警告が聞こえるが、俺は構わず言葉を続ける。
「諸々の禍事罪穢を祓い給い清め給えと――恐み恐み白すぅ」
 唱え終えると同時にトリガーを引いた。放たれた砲弾は空中で術式を展開。緑光を放ち幻獣のコアを貫き爆散。貫かれた幻獣は緑色の光に包まれ、閃光は付近を覆っていた暗闇の雲を晴らしていった。

「なんだ……やれば、出来るもんだな」
 その呟きを最後に俺はまた意識を失った。
 

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