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ハジマリハ深い谷底から 二章 滅びの足音⑦

はじめに

 そこそこ原稿の蓄積ができましたので、短期集中的に更新を再開します。
今回の更新内容全体をざっくり述べると、嵐の前の静けさというところでしょうか。
 ですので、ちょっと足りないなと感じるかもしれませんが、ご了承ください。
今回で一旦更新は終了します。次回を気長にお待ちください

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二章 滅びの足音⑦

 幻獣襲来に備え北海道東北地方が混乱している最中、宮中石橋の間では会見の準備が粛々と進めれていた。石橋の間は70坪程度の広さで桃色の絨毯が敷かれ、中央奥側の壁には花の掛け軸が掛けられており、部屋の両端には椅子と会見用のテーブルが準備されている。

 本日僕が同胞に向け会見にするにあたり、この間を使用するため侍従達がせわしなく準備に追われている中、僕は自室で原稿の準備をしていた。原稿を用意してくれる侍従は居るのだが、僕自身の言葉で同胞に声をかけたい。そんな思いで今筆をとっている。

 軍部からの報告では既に樺太は崩壊しており、北海道にいつ上陸してもおかしくない状況らしい。僕はこれから嘘を吐かねばならない。同胞を速やかに非難させ、少しで多くの命を救わねばならない。

 そうしなければ僕達の代わりに黄泉路へ旅たった多くの防人にあわせる顔がない。吉田君達はどうにかなるだろうとたかをくくっているようだが、そう上手く事は運ばないだろう。

「僕の代でこの国は終わるかもしれないな……」

 僕は原稿の執筆しながら思わずつぶやいてしまう。大陸と樺太の報告からしてみても幻獣が容易ではない存在であることは確かで、先代はせめて戦えるようにと命を代償に精霊を降し、精霊と対話するため多くの技術者がその身を精霊に捧げ同化した。その結実が神霊機関であり、戦略機であり、言霊という魔法だ。それらをもってしても戦況を打開することは能わず、今民族滅亡の危機を迎えようとしているのかもしれない。

「・・・・・・父上、私も覚悟を決めるべきでしょうか?」
 僕の問いに答える者は誰もいない。しかし、安心して覚悟を決められるかというと、懸念すべき事案が多すぎる。娘はまだ若く政治に翻弄されているし吉田君達は自分の野心にしか興味がない。

 僕という政敵を失脚させたい連中は山のようにいる。この状況ですら、彼らにすれば絶好の機会と考えている節すらある。国が滅んだ後に権力を手に入れても何も意味がないと思うのは僕だけだろうか?

「――悲観的になっても始まらないか……まだ結果は出ていないしね」
「失礼します。陛下準備が整いましてございます」
「わかった。直ぐに行く」
 入室して報告する侍従に僕は頷き、原稿を奉書に収め椅子から立ち上がり奉書をジャケットの内ポケットに収める。

 襟を正し椅子の後ろに備え付けられている窓に目を向けた。自室から見える首都はいつもと変わらない高層ビル群に車と人の流れを映している。首都はこんなにも平和なのに、他方で地獄絵図と血の大河が広がっている。このアンバランスな状況が僕や多くの人間に誤解を与えているのかもしれない。

 正直僕も今一つ現実味を感じていない。同胞が今日の報告を聞いても、果たして胸の内に届くだろうか? むしろ大々的に実施する避難訓練による衝撃が大きいかもしれない。

「……さて、行くか」
 そう思うと自然と笑みが零れ僕は笑顔で自室を出て石橋の間に向かう。
 石橋の間に入ると中で待機していた侍従達が一礼して僕を迎える。

 石橋の間の奥には僕がスピーチする席と机に音響マイクが間の中央に準備されており、僕は真っすぐ向かい着座する。着座して奉書を手元に置き、正面に視線を向ける。視線の先には配信用のカメラが数台こちらに向けられている。準備は万全のようだ。

 僕は奉書から原稿を取り出して、右カメラ傍に控えている侍従に目配せを送る。侍従は頷き、配信の準備を始めた。
 しばらくして、侍従から開始のサインを貰い僕は頷きカメラに視線を送る。

「――緊急事態にあたり、本日は内閣総理大臣に代わり私から国民の皆さんに対して、伝える事があります。さる九月中旬、ラシア大陸に派遣していた部隊が幻獣の手により壊滅しました。ラシア大陸における防衛基地は突破され、我が軍は樺太半島において幻獣と交戦。防衛戦闘の最中との事です。現在の戦況は不確かではありますが、最悪の場合、北海道本島に幻獣の上陸が予想されます。我が軍は最大限努力することは勿論の事、皆様の盾となり剣となり散る覚悟ではありますが、最悪の状況に備え、皆様には心構えをして頂きたく、この度北海道において避難訓練を実施することと相成りました。北海道に住まう国民の皆様におかれましては、どうか落ち着いて政府の指示に従い、事に勤しんでください。また、避難訓練参加においての生活の保障は政府に良しなに対応するようお願いしておりますので、国民の皆様におかれましては安心して参加願いますようお願い申しあげます」

 視線を送ったまま原稿を読み終えると、カメラマンたちは撮影を止め傍に控えていた侍従の合図に頷き僕は原稿を片付け懐に仕舞い襟を正す。この後吉田君からより正確な情報が伝えられ、北海道避難訓練を実施することになるだろう。僕は石橋の間を後にして自室に戻るべく廊下を歩く。

「……賽は投げられた、か」
 窓からさす外の晴天模様に目を向け、僕は小さくそう呟いた。果たして我々は勝てるのだろうか? あの幻獣という存在に。

2023.04.06 前作『幻獣戦争』より絶賛発売中

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