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ヘビーノベル戦記第二話『幼少期編』

私の幼少期はラノベ廃人でゲーム廃人だった

 さて、本題を語っていく前に少し昔話をしておこうと思う。まあ、あまり面白い話でもないから、流し読み程度で見て欲しい。

 私の幼少期は両親が転勤族だったせいで短期間で九州、関西、東北、九州と飛び回っていた。最後の九州は実家に帰りたいという話になったらしい。詳しいいきさつなんて今更聞く事でもない。

 転勤族の家庭に生まれると何が起きるだろう? 簡単に想像がつくだろうが交友関係が上手く作れない。一定のサイクルで交友関係がリセットされる。現代だとスマホがあるのでそうはならないかもしれないが、私の幼少期にはそんな文明の利器は存在していない。

 そんなわけで、ゆく先々で遊ぶ友達は出来てはいたが、あまり良い関係を気づくことはなかった。覚えていることといえば、友達と遊んだ記憶より狂ったようにファミコンをやっていた記憶だ。

 特にガシャポン戦記やウルトラマン倶楽部やロックマン辺りを好んでやっていた記憶がある。FFやドラクエといったメジャーなタイトルは実はスーパーファミコンが登場する頃までやっていなかったりする。

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 恐らくコミックボンボンを読んでいた影響でガンダムが兎に角好きだったが、友達とガンダムの話をすることはなかった。というより、地元に帰って来てからは、兎に角苛められる毎日で友達と呼べる人間が居たかどうかすら怪しい。

 結局、中学を卒業するまでそんな環境に居たせいで、対人スキルなんて身につくはずもなく流される毎日だった。そんな環境に居たので高校はわざと遠方の不良で有名な工業高校に進学した。別に何かしたかったわけではない。今だから言えるが、人間としてどう生きて行けば良いか? そんな当たり前のことを両親から教わる事もなく、学校で苛められ帰宅したらよく分からず良心に責め立てられ、兎に角地獄だった。

 そんな環境下だったので、何かになりたいとか仕事に就きたいとか、お金を稼ぎたいとかそんな言葉すら浮かばなかった。何で生きているのかよくわからなかった。わからなかったが、覚えているのは狂ったようにライトノベルを読んでいた事と、やっぱりゲームを狂ったようにやっていた事だけだ。

 あえて結論としてまとめるなら私の幼少期はラノベ廃人でゲーム廃人だったということなんだろう。社会一般的な人生を送っていた人達はどんな幼少期を過ごしていたのだろうか? 興味はあるが、知りたくはない。

 振り返るなら、幼少期からずっと私は他者に脳機能を破壊されるという毎日を送っていたということで、その影響は今も私を苦しめている。私は病んでいるという抽象的な言葉を使いたくはない。抽象的な言葉で逃げても何も解決しない。

 科学的に言い換えるなら、私は外的ストレスによって脳機能に何らか障害を負っている。という言葉が適切で、だから思い出したくない記憶が唐突に呼び起こされたり、唐突に人生に悲観してしまうのだろう。これを読んでいる貴方も、ひょっとしたら脳機能に何らかの障害を負っているかもしれない。

 話を戻すと私の幼少期は孤独で廃人的な毎日を送っていたということで、両親は人生の参考に出来るようなアドバイスを、何一つしてくれなかったということだけだ。

まあ、特別私が不幸なわけじゃない何処にでもあるありふれた幼少期だったということさ。

次回は高卒から就職後辺りを書いていこうと思う。

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