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映画は終わっても、人間の愚かしさは続く、っぽい。『EO』

EO(イーオー)と名付けられたロバが主人公。ということで、ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』にインスパイアされた作品だと公式に発表されている。しかしそこは、鬼才スコリモフスキらしく、ただの翻案にはとどまっていない。

『バルタザールどこへ行く』より
(C)2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

人間の愚かしさを表すようなさまざまなエピソードの傍らにEOがいる。超然とたたずんでいるのでなく、悲しいほど翻弄されてしまうのは、『バルタザール』のロバと同じだ。ただ、ブレッソンは『バルタザール』の撮影中、カトリック教徒としての視点から、聖書に登場する「バラムのロバ」を重ね合わせていたという。乗せた主人の鞭よりも、道を妨げるべく出現した天使を畏怖したロバである。この敬虔さが、『バルタザール』では人間の罪と罰を一身に引き受ける受難者の姿に昇華され、胸を打つわけだ。一方で『EO』のロバは、もっと生々しい。サッカーチームのメンバー(フーリガン?)に襲われてボコボコにされる際の主観ショット。サーカス団でパートナーだった女性との再会を引き金に、慕情(郷愁)が爆発したことを示す正面からのショット。優雅なサラブレッドの馬に憧れを抱いているようなシークエンスは、スローモーションを使ってかなり陶酔的に描かれる。本作でのロバは、明らかに生臭く、人間の側に近いのだ。

逃亡したEOが銃で襲われるシーンも、『バルタザール』の援用だと思われる。しかしながら、『バルタザール』での簡潔で静謐な描写とは対照的に、かなり動的なカメラワークで照準器の緑のレーザーが飛び交う。これは夢なのか現なのか。観る者を惑わせる現代的な演出である。

さらに、『バルタザール』の物語は、狭いコミュニティで円環を描くように描かれるが、『EO』はほぼ流転、放浪である。今風に言えばノマドかもしれない。その意味でアンチモダンであり、東洋的な無常観に近いものさえ感じさせられた。ここにも時代が表れていると言えるだろう。

赤の照明が幻惑的に使われているのが印象的だ。冒頭、サーカスでのパフォーマンスが、赤の点滅の中で披露されるほか、現実味に乏しいイメージカットで赤がフィーチャーされる。怪しさ、警告、血などを想起させ、どこかファスビンダーっぽい。ほかにも固定のロングショット、空撮、逆回転などが縦横に織り込まれる映像美はスタイリッシュだが、ある種のニヒリズムと隣り合わせでもある。

人間たちが引き起こすエピソードのさりげない毒々しさと棘は、スコリモフスキの真骨頂だろう。腹を空かせた黒人女性に食事を与えつつ、見返りに体を要求する長距離トラック運転手。これがまた人懐っこく、拙い英語と相まって、まったく憎めない。本作でほとんど唯一と言っていいレイジーな可笑しさが染み出すこのシーンも、突発的な暴力の発動で事切れる。北野映画に通じるハードボイルドがたまらない。

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イザベル・ユペール扮する伯爵夫人と義理の息子(?)である司祭がダイニングで繰り広げる会話劇も、狐につままれた思いになる。詳細や背景は明らかにされないまま、ユペールが淡々と問い詰めつつ皿を床に落とし、司祭が言い訳に走るいさかいの後、不穏なエロスをほのめかして画面は突然断ち切られる。

なにか解答めいたものが差し出されることはない。映画は終わっても、物語は終わらない。寓話のようでありながら、説教臭さは希薄だ。本作でのロバは、神でも受難者でも傍観者でもなく、おそらく半人半獣のような、聖俗を併せ持った存在である。そんなロバを触媒として、人間のエゴが数珠つなぎにされた『EO』は、極めて現代的な問いかけを有しており、誠実さの塊のような映画なのだ。

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