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<短編>さかさまおばけ(中編)

ウチムラはタカシに「さかさまおばけ」を連れてくることを約束した。

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リンタロウにいちゃんがそんなことをいうから、ボクはその日、ヒロアキを泊まりに誘った。

にいちゃんは自転車で三十分くらいのスーパーまで買い物にでかけて行って、お土産に花火をたくさん買ってきてくれた。

そこまでは良かったんだけど、調子に乗ったにいちゃんは「火をつけたロケット花火を次々と飲み込んでお腹の中で爆発させる」、という手品をしてしまい、おばあちゃんにこっ酷く怒られた。口から煙を出したまま、すごくしょんぼりしてた。

でも、ヒロアキもすごく楽しそうだった。それから、お母さんも。
ヒロアキは「お前のにいちゃん、すごいな。」といった。本当のにいちゃんではないけれど。そうだったら毎日楽しいんだけど。

その日の夜は、おばあちゃん自慢のちらし寿司が出た。お祝いとか、親戚が集まった時に作ってくれるやつ。ヒロアキが美味しい美味しいとおかわりするから、おばあちゃんも嬉しそうだった。

お腹がいっぱいになったら、ヒロアキと一緒にお風呂に入った。
潜りっことか、お湯の掛け合いをしていたら、溜めていたお湯がほとんどなくなっちゃって、あとでお母さんにこっそり怒られた。

お風呂から上がったら、またスイカを食べた。タネの飛ばしっこをしたら、ヒロアキが「お前、すげえな」って感心してた。リンタロウにいちゃんの特訓のおかげだ。

「今日はここで二人で寝てね。」
とお母さんがいうから、障子のあるお客さん用の畳部屋に、二人でえっちらおっちら運んできた布団を引いた。

「あれ?リンタロウにいちゃんは?一緒に寝ないの?」

「まだお勉強してるみたいよ。あなたたちは先に寝なさい。」

そう言ってお母さんは電気を消したけれど、ボクもヒロアキも興奮して、なかなか寝付けなかった。布団の中で取っ組み合いをしたり、枕を投げたりゴソゴソやっていると、おばあちゃんの優しい声がした。

「あんまり遅くまで起きていると、おばけが出るよ。」

この時までボクは、ヒロアキを泊まりに誘った理由を忘れていたんだ。

(リンタロウにいちゃんはいつおばけを連れてくるんだろう?)
そう思い始めると、なかなか寝付けなかった。

隣でモゾモゾ動いてるヒロアキに、そっと声をかけてみる。

「リンタロウ兄ちゃんがお化けを連れてくるって。<さかさまおばけ>。」

「おばけなんかいるわけないじゃん。」

ヒロアキはそう言ったけど、「馬鹿だなあ」とは言わなかった。

隣の部屋からさっきまで聞こえていたテレビの音が消えた。お母さんもおばあちゃんも寝る準備をしてるみたいだ。隣の部屋でもゴトゴト音がする。そのうち隣の部屋の音も電気も消えて、部屋は真っ暗になった。ほとんど何も見えない。池の方からグワ、グワ、とカエルの声だけが聞こえる。ボクはなんだか怖くなってきた。

「ヒロアキ、まだ起きてる?」

「起きてるよ。」

ヒロアキの声にホッとした、その時だった。

カエルの声がピタッとやんだ。庭の方からゴトゴトと音がする。ゴトゴトいう音は、隣のテレビの部屋よりもっと向こうの方から始まって、ゆっくりとこちらに近づいている気がする。

「ヒロアキ、聞こえてる?」

「う、、うん。」

ヒロアキは震えてるみたいだった。考えてみれば、ヒロアキも知らない家での初めてのお泊まりで、心細かったのかもしれない。ボクはヒロアキの手を握った。

ゴトゴト。ゴトゴト。その音はボクとヒロアキが寝ている部屋の障子の向こうまできて、そこで止まった。

「リ、リンタロウにいちゃーん!」

ボクはたまらず大声でにいちゃんを呼んだ。

「はーい。」

にいちゃんの明るい声が表から聞こえた。さっきまで怖くてたまらなかった気持ちが、フッと楽になったのが自分でわかる。

「もうおばけは連れてこないでいいよ。帰ってもらって。怖いから。」

「ごめんごめん。『さかさまおばけ』を誘ってたら、悪いほうのおばけも一緒に来ちゃった。もう追い返したから大丈夫だ。安心して寝てもいいよ。」

リンタロウ兄ちゃんの声を聞いて、すっかり安心したボクは、それでもヒロアキの手を握りながら、いつの間にか、寝てしまった。

どれくらい眠っていたんだろう?目を覚ますと、辺りはまだ真っ暗だった。いや、そうじゃない。障子のあたりだけ、ぼーっと明るい光が見える。丸い形の光の中に、そいつは、いた。「さかさまおばけ」。白い布を被った、足のない人影のようなものが、さかさまになっている。でも、不思議と怖くはなかった。リンタロウ兄ちゃんが、「いいおばけ」だと言ってたからかも。

「ヒロアキ、起きて!さかさまおばけが出た!」

ヒロアキはその言葉ですぐに目を覚ました。

「ん、、。なに?おばけ??どこに??」

目をこすっているヒロアキの肩を掴むと、ボクは障子を指さした。

「ほら!」

「本当だ!」

ぼんやりとした光の中に浮かび上がった逆さまのおばけは、ボクとヒロアキの方にゆっくりとこっちに近づいてきて、近づいてきて、、。親しげにこっちに手を振るようなそぶりを見せると、消えた。

ボクはヒロアキと顔を見合わせた。夢でも見てたのかしら。

(続く)

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