見出し画像

探偵討議部へようこそ⑦  #9

「では、最初の謎の提示を歓迎する。」
コンドウさんの美声が響き、僕たちの探偵討議部新人戦は幕を開けた。

キリノさんが立ち上がり、謎の提示を始めた。

「ありがとうございます。この話は、ライト兄弟をめぐる知られざる悲劇の話です。1903年、ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトの兄弟は、ライト・フライヤー号によって、世界で初めての有人動力飛行を成功させ、飛行機時代の幕を斬って落としました。しかし、その業績を認めたがらないスミソニアン協会会長、チャールズ・ウォルコットと手を組んだライバル飛行家、グレン・カーチスによって、特許をめぐる法廷闘争に巻き込まれることになりました。「世界初の有人動力飛行」をめぐる不毛な争いのさなかも飛行技術は進化を続け、1908年、フランスにて行われた世界初の飛行大会では、ウィルバー・オーヴィルの兄弟は入賞すら果たせず、逆にグレン・カーチスのほうが見事な飛行を披露する結果となりました。この大会は、初飛行からわずか5年で、彼らがすでに凡庸な飛行家にすぎなくなってしまったことを世に示したのです、、。」

ちょっとうっとりするような美声だ。パンツスーツで真っ直ぐに立ち、朗々と話し出すその姿は、同じ新入生と思えないくらい堂々としている。ここまでは、リサーチ済みだ。きちんと史実に基づいている。グレン・カーチス、、。「エアロドローム」と呼ばれるライトフライヤーのライバル機による飛行で、ライト兄弟と「最初の動力付き飛行機による有人飛行」の権利を争った曰く付きの人物、、。この物語の鍵を握る人物であろうか。

キリノさんは続ける。
「時が経ち、ライト兄弟がその心血を注いだ新型機はライトフライヤーFX、略してフライヤーFXと名付けられました。従来の弱点かつ、ライトフライヤーの特徴でもあるローラーチェーン駆動、たわみ翼による補助翼などを廃し、より安定性、操舵性を増した機体です。こうなるともうライトフライヤーと呼べないのではないか、という葛藤が兄弟にはありましたが、美しい複葉のフォルムはライトフライヤー号のそれを継承していました。その試験飛行の舞台は、オハイオ州デイトン近郊にある彼らの住居、兼、研究室近傍の名もなき湖です。湖をまたいだ2マイルほどの試験飛行で、操縦を飛行技術に勝る兄が担当し、機体の設計、製作と整備を担当する弟は対岸でそれを記録すべく、カメラを携えてフライヤーFXの到着を待ち構えていました。」

僕はもちろん、アロハ先輩を除いた三人は必死にその内容、ポイントを書き取る。2マイルほどの飛行、、3キロあまりか。湖の上を飛ぶわけだな、、。アロハ先輩は目をつぶって聴いている。ヤマモト・ヒロコの膝が見えないのなら、目なんか開けてなくて良い、といいたげだ。眠っていないことを祈るばかりだ。

「試験飛行の日、午前6時。朝焼けの中、湖面から霧がたっているのがみえました。湖面は凪いでおり、一層のボートも浮かんでおらず、まるで鏡をみているような光景です。幸いなことに、懸念された風もなく、飛行条件は絶好。朝もやの中を軽快なエンジン音を立てて離陸するフライヤー号FX。ほどなくして、その機影は弟の手にある双眼鏡の中で徐々に大きくなってきました。『予想以上の速度。飛行は順調なようだ。』ほっとするオーヴィルは一瞬、双眼鏡から目を離し、カメラの準備を始めました。後は無事な着陸を待つばかり。でも、そこが一番の鬼門だ、とも言えます。フライヤーFXが、無事湖の横断を果たすと思われたその寸前、飛行機は不意に安定を失いました。まるで急に操縦士そのものを失ったような、あるいは操縦士が意図的に墜落を狙っているかのような、不自然な制動の消失。おかしい。なにが起きたというのか、この一瞬に!」

ついつい話の矛盾点を見つけるのを忘れ、キリノさんの説明に聞き入ってしまう。抑揚のある、まるで読み聞かせをうけているかのようなプレゼンテーション。これは「エレガンス」にも大いに影響しそうだ。ふと、となりのエンスーをみると、深く話に入り始めているのか、メモをとる手を止めて、アロハ先輩と同じように目を閉じ、まるで物語のオーヴィルになったかのように額に汗し、眉根を寄せていた。

「『い、いけない!墜落する。』思わずオーヴィルは声をあげました。なんとか体制を立て直して欲しい、、その願いもむなしく、フライヤーFXは湖の中に水しぶきをあげて、まっさかさまにオーヴィルの目の前で墜落しました。自分が濡れるのも構わず、冷たい湖に飛び込んで墜落した機体へと近づくオーヴィルでしたが、フライヤーFXの主翼は無残に折れ、機体の大部分は水面に沈んでいました。尾翼に記されたFとLの2つのアルファベットがわずかに水面に出ていることが確認できました。そして、肝心の兄の姿はどこにもみえないのです。焦るオーヴィルの脳裏には、昨日の兄との会話が蘇えりました。」

ここが肝心なシーンだ、、。必死にメモをとる。となりのアロハ先輩から、いびきのようなものが聞こえるのは、気のせいであろうか。気のせいであってほしい。アロハ先輩が寝言のように呟いた。「フライヤーって、どういう綴りやねん、、。」FLYERではないのか、、?確かに、FRYERというのもあるし、同じFLYERにもパンフレットという意味があったりする。綴りになにかヒントがあるんだろうか?

考えている間にも、謎の提示は続く。

「『此度の試験飛行だが、成功にはライト兄弟の名誉がかかっている。わかっているよね、オーヴ?』

『もちろんだよ、ウィル。ライトフライヤー初飛行は、飛んだとは言えない、とか、あの構造では飛行は不可能なはずだ、とかいう輩が多すぎる。今回はだれにも文句が言えないような大飛行をみせてやるさ。僕たち兄弟の力で。』

『明日のために、我々はこれまでになく慎重に機体の調整を続けてきた。問題はないと思うが、、。一つだけ懸念がある。』

『カーチスのことかい?』

『その通りだ。やつが我々の飛行を妨害する可能性については、注意を怠ってはならない。格納庫の鍵はかけてあるだろうな。オーヴ?

『無論だよ、ウィル。格納庫には人っ子一人入れやしない。表には厳重な鉄の扉。そこにかけられている南京錠の鍵は僕が肌身離さず持っている。窓には他者の侵入を防ぐための鉄格子が入っているしね。格納庫の中には人が隠れるスペースなどないし、ついさっきも機体の様子を見に行く時に格納庫の周辺も巡視したところだ。』

『カーチスのやつも、手の出しようがない、ということだな。』

『何ヶ月も前からトンネルでも掘っていないことにはね。』

その場にほがらかな兄弟の笑い声が響きました。
カーチスには今までも兄弟の飛行の成功を妬んで、さまざまな妨害工作を試みてきた歴史があります。今回の試験飛行も、自然との戦いであると同時に、カーチスのような悪意をもった飛行機狂との戦いでもありました。だから、執念深いカーチスが、今回はフライヤーFXに近づけないよう、兄弟は細心の注意を払ってきたのです。・・ここまでで質問をお受けします。」

(続く)

読んでいただけるだけで、丸儲けです。