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探偵討議部へようこそ 八章 第七話

第七話  変わりたいです!帰りません!

(アララギさん、て言うのかぁ、、。)
 壇上で光を浴びているその男の人は、まるで異世界から来た人のように見えた。肌は浅黒く、唇はグロスか何かを塗っているのか、赤くツヤツヤしている。さらによく見ると、左目が赤茶けた、そして右目が深い紺色のオッドアイなのだ。とても神秘的。そのオッドアイが壇上から自分だけをまっすぐに見ているように思える。他の参加者も、自分と同じように感じているのだろうか。

「このセミナーを執り行うに当たり、まずは参加者のみなさんの中からグループリーダー役を決めたいと思います。我こそは、と名乗りをあげていただける方は起立をお願いします。」
 アララギさんは笑顔で立候補を募ったが、誰も立ちあがろうとはしない。もちろん、わたしもできるだけ壇上のアララギさんと目が合わないように身を縮めた。

 しばし会場は静寂に包まれ、気まずい雰囲気が漂った。その様子を壇上から見ていたアララギさんは、突如鬼の形相となって大喝した。

「だから君たちはダメなんだ!ここに自分を変えるためにきたんじゃないのか!秘密を知りたくない者は、自分を変えたくないものはここにいても仕方がない。今すぐ荷物をまとめて帰れ!さあ、帰るんだ!!誰も君たちを止めはしない。」
 (しまった!)と思った。アララギさんの言う通りだ。わたしは引っ込み思案な自分を変えるためにここに来たはずなのに、、。でも、体がすくんでしまって動けない。

 再び静まり返るセミナー会場。憤怒の表情を消したアララギさんは、冷徹な低い声で続ける。
「今、『何を上から偉そうに!』と思った者がいるだろう。その波動を感じたぞ。」
 いや、「偉そうに」と思ったわけじゃない。ただ、怖くて動けなかった。どうしたらいいのかわからなかっただけ。そんなに怒られても、、。

「突然怒られても、と戸惑っているものもいるだろう。心の波動で何でも伝わるのだ。」
 アララギさんが付け加えた一言には、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。

「思うこと、考えること自体は罪ではない。思っている事を声に出そうとしないその態度が問題なのだ。『帰れ』と言われて腹を立て、帰る者にはまだ見所がある。問題なのは、帰るべきか、帰らざるべきか周りを見なければ決めきれない君たちの心のあり方だ。そんな事では決して変われないぞ。自分を変える道のりは、結局君たち一人一人が、自らの心の波動を感じ取り、道を選び取ることの積み重ねだからだ。さあ、変わりたいのか、変わりたくないのか、どっちなんだ!声に出してみろ!大きな声で!」
 アララギさんのエコーのかかった声が会場全体に響く。

「変わりたいです。」
 何人かが声を上げる。

「聞こえない。心の波動が弱い!変わりたいのか!」

「変わりたいです!」
 だんだん声を合わせるものがではじめた。

「まだまだ小さい。変わりたいのか!!」

「変わりたいです!!!」

「帰るのか?」

「帰りません!!!」
 最後は大合唱となった。一体感がホールを包む。アララギさんが笑顔に変わる。その笑顔で緊張感から解放され、ホッとしている自分がいる。

「そこのホッとしているキミ。」

「わ、わたしですか?」
 信じられなかった。アララギさんは一転そのオッドアイで自分を、確かにわたしだけを見つめていた。

「君はなんのためにこのセミナーに来たんだ?」

「は、、はい。自分を変えたくて、、。大学に入ってまで受け身でいてはいけない、と思ったものですから、、。」

「君の名前はなんだね?」
 心の中まで覗き込まれるような感覚に眩暈がする。

「あの、、モリミズです、、。」

「そうか、、。よろしい。モリミズ君。この集まりは、『皆で幸福になる』ための会だ。君はグループリーダーとして、皆がこの世の秘密に触れ、変わっていくのを手伝ってくれるね?」

「はい。自分で良ければ、、。」
 その言葉以外の選択肢は、なかった。自分の言葉を受けて、アララギさんは優しい声音で言った。

「その芽生え始めた積極性をここにいる皆とともに変わっていき、幸せになるために使うがいい。わかったね。」

「はい。」

「声が小さい。心の波動が届かないぞ!」

「はいっ!」

アララギさんのツヤツヤした赤い唇の間から、真っ白な歯が覗いた。

(続く)

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