見出し画像

パンティー奇譚

いい天気だ。
ベランダに出た僕は、足元に一枚の見慣れぬ黒い布切れを見つけた。
これは噂に聞く「パンティー」だ。それに違いない。

残念ながら僕は、それまで現実に「パンティー」なるものを見たことはなかった。
しかし、その形状といい、布面積の少なさといい、これは小学校の頃に見た「パンツ」とは一線を画している。紛れもないバンティーだと思われる、ブーメラン型の美しいフォルム。少なくとも「ブリーフ」や「トランクス」ではあり得ない。

まるで新品か、洗い立てのような美しいパンティー。絵に描いたようなパンティー。しかし、如何にしてこのパンティーは僕のベランダに迷い込んだのであろうか。当然であるが、そのようなものを購入した覚えはない。つまり、僕のものではない。

もっともありそうなのは、隣の住人のそれが風で飛ばされてきた、と言う可能性である。何故なら、パンティーは、ベランダの右端近くに落ちていたからだ。僕の部屋はアパートの最上階だし、僕の部屋の左側には住人はいない。大学に入ったばかりなので、右側に誰が住んでいるかは知らない。しかし、誰かが住んでいる事は間違いないから、ベランダの右端にある以上は、その線が濃厚だろう。初歩的な推理だ。

それはそうとして、このパンティーをどうしたらいいのだろう?
右隣のお部屋をノックして、「このパンティーはあなたのものでしょうか?」と聞くわけにもいかない。推理が的中していても、なくても、いずれにしてもお互いに気まずい思いをすることになる。

かといって、このまま懐に入れてしまうこともできまい。まさかそんな事はないとは思うが、隣の人が「私のパンティーがお邪魔していませんでしたか?」と尋ねてきたらどうする?自分のタンスを開けて、「はい、ここに大事にしまっておきましたよ。」とでも言えと言うのか?

しばらく考えたのちに、僕は、ベランダの仕切り板越しに、そのパンティーを右隣のベランダに投げ込んだ。
「さようなら、もう迷うなよ。」と声をかけながら。

翌朝起きて驚いた。昨日のパンティーがベランダに「おはようございます」とばかりに鎮座していたからだ。タイムループしたかのごとく、全く同じような場所に、全く同じパンティーが落ちている。

「もう迷うなよって言ったじゃないか。」
僕はパンティーをとりあげ、そうお母さんが言い聞かせるように説教した。隣の住人はパンティーを虐待しているのであろうか?そして僕のベランダに逃げてきたのであろうか?いやいやそんなはずはない。

二度も不思議な出会いをすると、何だか愛着が湧いてきた。しかしながら、やはり僕のものにするわけにはいかない。
「ごめんね、うちでは飼えないんだ。」
僕はパンティーに言い聞かせると、隣のベランダに投げ込んだ。

翌日、パンティーは戻ってきた。
しかも今度は手紙付きで。

手紙には、
「小生は勉強中の身にて、貴女の求愛にお答えすることはできぬ。甚だ恐縮ではあるが、どうかご容赦いただきたい。」
と達筆で書いてあった。
その日、僕は右隣に実に真面目な先輩が住んでいることを知った。

そして思い出した。三日前、コインランドリーで洗濯したあと黒のTシャツを物干し台の一番右に干していたことを。この日、僕は学んだ。コインランドリーは見知らぬ洗濯物との出会いの場だってこと。

(了)


読んでいただけるだけで、丸儲けです。