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<短編>UFO河原(後編)

「光る物体の正体が判った。やはり宇宙人の仕業だったよ。」
<シューリンガン>ウチムラ先輩から呼び出され、翌日の夕方、僕は半信半疑で河原へと向かった。

「見たまえ。」
先輩に促され、南の方をみやると、夕闇の中、キラキラキラキラと光を放つ銀色の物体が南の方から近づいてくる。もしかして、あれ、だろうか?

それは、銀色の金属製の板で覆われた、言わば装甲車だった。前面にツノのような突起が迫り出し、下部には除雪車のような、銀色に輝く大きなスカートがついている。大きさ的には軽自動車よりもやや小さく、大型バイク程度だろうか。外装にはたくさんの円錐状の鋭い突起物、さらには無数の電飾があしらわれており、銀色の車体に反射して周囲に煌びやかな光を放つ。まるで夜店の屋台が迫ってきているようだ。

しばらくしてようやくパイロット(と呼ぶのが相応しい)の姿が見えた。フルフェイスのヘルメットにミリタリー調の服。重厚な防弾チョッキを着込んでいる。さてはこれは米軍の新兵器か。ビームも出るのか?

装甲車は「キキー」とどこかで聞いたような耳障りな音を立てて僕らの前で止まった。パイロットがたっぷり時間をかけて地上に降り立つ。遠目からは筋骨隆々の軍人を思い浮かべていたが、思いのほか、背が低く小柄なことに驚いた。
パイロットが両手をかけて優雅にヘルメットを脱ぐと、金色がかった長い髪が夕日を受けてフワッと広がった。女性だ!というか、知ってる人だ!!

「私、ついに自転車に乗れるようになりましたのよ。」

パイロット: <エンスー>マサオカ・サクラコは、嬉しげに微笑んだ。

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「自転車!?」

よく見ると、それは確かに自転車だった。ただし、異様な。一般的な「自転車」の周囲に金属製の装甲を施し、電飾があしらわれている。さらにハンドルの前にはたくさんのスイッチ類の着いたパネルが設置されており、そこから無数のリード線が伸びている。そのリード線は、どうやらかつて荷台であったろう所に置かれた巨大なバッテリーと電飾類とを繋いでいるらしい。エンスーが得意げにパネルのスイッチを押すと、LEDと思われる電飾が複雑なパターンで明滅を繰り返した。サンタさんも羨むハイスペック。

シューリンガン先輩がため息まじりに解説する。
「そもそも、『河原を音もなく滑るように移動する』、ということはエンジン類を積んだものではない。すなわち自転車の類である事は容易に想像できた。諸外国では夜間の事故を防ぐ目的で自転車に蛍光塗料や電飾で細工して、かなり派手に光らせる事があるからね。

『ゆっくり離陸するように見えた』というのは、河原から公道に上がるスロープを登ってたに決まってるじゃないか。その後消えたのは、なんらかのアクシデントで電飾が消灯したのだろうと考えるのも難しくはなかったね。しかし、これほどまでの細工がなされていたとは、、。公平に言って、君がUFOと間違えるのも無理はない。エンスーが自転車の練習を始めたと聞いて、まさか、とは思ったんだが、、。」

エンスーがエヘヘと舌を出しながら付け加える。
「公道での練習は危ないって、河原、しかも誰もいない真夜中しか乗せてもらえまえんでしたの。夜だから目立たないと危ない、とか、かどわかしにあってはいけない、とかで電飾も、安全装備もどんどん増えて、、。少し派手になってしまいましたわ。」

「宇宙人に一番近い知り合い」は、この人の方だったか、、。

「もっと安全に、もっと強く、もっと夜間に目立つように。『過保護の生み出した自転車の究極進化形』がこれだ、という事だね。そして奇しくもこれが、『デコチャリ』そっくりになってしまった訳だ。当初君の話を聞いた時には、『デコチャリに違いない』と思ったんだが。」

「デコチャリ?」

「知らないのか?デコチャリは『デコレーション・トラック』、通称『デコトラ』にインスパイアされて作られた自転車のガラパゴス的進化形だ。是非調べてみるといい。多くの『デコチャリ愛好家』は、『デコトラ』に乗りたいけれどもまだ大型免許が取れない年端のいかない少年だ。彼らは小遣いを貯め、自分でパーツを集めて一から自転車を改造する。アルミパーツで外装を作り、電飾をあしらって、唯一無二の『マイマシン』を生み出すのだ。その執念、奇想はまさしく感服に値する。一見何の役にも立たないが、これこそが人間の営みだ。」

先輩はなぜだか、「デコチャリ」なるものに強い思い入れがあるらしい。今度調べてみるか。

「『人間の営み』、、宇宙人って、やっぱりいないんですね。」

少しがっかりした僕に、シューリンガン先輩は、「何言ってるんだい?」という顔で答える。

「いるに決まってるじゃないか。君も僕も言わば宇宙人だ。なんの変哲もない惑星の上で生きている宇宙人だ。きっと、この広い宇宙にはたくさんの何の変哲もない惑星があり、無数の宇宙人が、夜空を見上げて言っているのさ。『宇宙人っているのかな?』ってね。その謎に答えを求め、宇宙を知ろうとする者もいれば、そんなことには一切頓着せず『デコチャリ作成』に血道を上げる者もいる。だからこそこの世は面白い。」

夕闇が深くなってきた。

西の空で一際輝きを増し始めた<一番星>を見上げるシューリンガン先輩の横顔も朧になっていく。
「自転車」の電飾を受けてキラキラと輝くその瞳は、いつもより子供っぽく見えた。

(それは金星ですから多分宇宙人はいませんよ。)
無粋なツッコミを僕は危うく飲み込んだ。

(了)

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