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親の紛争が子どもの発達に与える影響

特集親の紛争が子どもの発達に与える影響
─離婚、 面会事件における留意点─ 4
LIBRA Vol.14 No.1

2 離婚=喪失体験 1 
喪の作業   (怒り嘆き悲しみ諦め癒し再生) 

⑴ 離婚を,両親そろっての家族というものの喪失 と言うならば,それをどう感じ,どのように表現し て,どのように乗り越えていくのかが大切です。

   生においては,何かを失うことがあります。 そういうとき,まず怒りが出てくる。次に嘆き,そ れから,失ったものはどうしようもないということ を受け入れる段階になって悲しみというものが出て きます。その後,諦め,癒しを経て,再生という, こういうプロセスを取るんですね。もちろんこれを 子どもが1人でやるわけにいかないので,大人に支 えられながら,どうすれば行えるかということにな ります。

⑵ 離婚は,再婚もそうですが,1つの家族を失う 体験である。本来は嘆き,悲しみ,憂うつといっ た感情が起こります。ところが,憂うつへの恐れ を持った子どもはそういうふうにならない。例えば 躁的になる。妙にハイテンションになって多弁とか 多動だったり,元気いっぱいになったりします。あ るいは,怒りの感情のみが持続する。または無感 覚になって,喜怒哀楽という感情がすべて動かな くなるということ。それから過度に自責的,全て 自分のせいじゃないかと思ってしまうようなことも あります。

 こういう子どもには,憂うつになることへの恐 れがあります。何で恐れているかというと,憂う つになるというのは無気力になったり悲観的にな ったりするわけですね。自分の弱い部分とかうま くやっていけないところが露わになり,みんなに知 れるところになります。そういうときにちゃんとケ アされる確 信のある子どもはそれが出せるけど, 周りにケアしてもらえないんじゃないかという恐れ を持った子どもは,こういうふうになれないんで すね。

⑶ 怒りと悲しみは,どちらも思うようにいかない時 の反応ですが,怒りというのは非常に防衛的な感 情です。悲しみというのはより素直で傷つきやすい 感情なんですね。

 怒りについては,相手から受け入れられなくて も,さらに防衛的に怒るという手段をとれます。 これに比べて悲しみは,それを表現して,周りから 「それぐらいのことで悲しいってばかじゃないの」 とか言われたりすると更に落ち込むわけですね。 ですから,怒りよりも悲しみのほうが傷つきやすい 感情です。傷つきやすい感情を出せるということは 傷つけられないという確信がある場合です。悲しい という気持ちを出したら傷つけられるんじゃない だろうかと,そういう体験があって周りが信頼で きないとなると,悲しいという感情を出せなくて, 怒りの感情ばかりが出てしまうことになります。

2 喪失を巡る葛藤に子どもは巻き込まれる ⑴ 同じ喪失でも,死別と離別とはまたちょっと違う んですね。離別の場合,子どもも当事者になって, その後のいろいろなことに巻き込まれてきます。で すから,それで余計,喪の作業ができなくなります。

 離婚では,その後の夫婦関係に巻き込まれます。 親権とか監護権とか面会交渉,養育費などは離婚 の際の交渉の材料にされることになります。その こと自体が子どもの安心感を脅かすことになりま すし,喪の作業を進めることを阻害することにな ります。 ⑵ 葛藤に巻き込まれることは,子どもによる操作 が可能になるという形で出る場合もあります。例 えば離婚してお母さんと生活しているとします。お 母さんとうまくいかなくなったときにお父さんのほ うに行けばよかったという形で,体験した自分の 痛みを逆手に取って親を操作するということもあり ます。多くは同居する親をサポートするという方法 で使用されますが,そういう意味では子どもの言動 が夫婦の係争関係を左右する場合もありますし, そういうことが子どもに意識されるということも, 子どもにとっては幸せなことではないと思います。

 操作可能性というものは,子どもに万能感を持 たせます。そのことは,子どもの喪の作業,憂うつ になって,いろいろな気持ちを素直に出すというこ とをやはり阻害します。

⑶ 離婚によって,子どもにとって新しい環境がつ くられますが,子どもはそこに適応していかなくて はいけません。この適応が子どもにとって無理があ る場合,そういう状況に子どもが適応してくると いうことが本当に成長なのか,「適応」しているよ うに見えるけど,それは単なる「服従」ではない のかということも考える必要があります。実は服従 であって,例えば小学校の低学年で始まったとし たら,思春期になって,そのことに対する反発が 非常に激しいものとして現れることもあり得るわけ です。

3 医療が関与するとき  私は医療という立場でこのようなことに関与してい ますが,どういうときに医療が発動されるのでしょう か。子どもが症状とか問題行動を通して自らの行き 詰まりを訴えたときに,その心理状態を理解して必 要なケアをすることが医療ケアの目的であると考えて います。

 いろいろな主訴で子どもは来ますが,初回面接で まず目指すことは何なのか。親が連れてくるわけです から,親から見て主訴が生じてくるわけですけど,そ の親の主訴をいかに子どもの主訴に組み替えていく か。親から見て困ったことが,実は子どもが困って いるからこうしているんですよ,と,子どもの主訴に 組み替えていくことが最初の仕事です。

 いくつか例を挙げますが,暴れるという話が出たと きに,理由を考える。この子は不安でたまらなくて 暴れることでしか自分を守れないから,暴れているん じゃないか。あるいは,暴れることでしか自分のこと を顧みてもらえない,だから暴れる。または暴れると 不仲なお父さんとお母さんが話し合いをする。だから, 夫婦の冷戦状態を救うために暴れているということだ ってあり得るわけです。そんなふうに親の主訴からど のように子どもの主訴に組み替えていくかということ が大事になってきます。

4 離婚に巻き込まれる子どもの心の揺れ (注)以下の症例はいずれも架空のものです。 父親の行動を恐れる母親に共感するしか ない小4男子  DVでお母さんと家を出て,その直後に離婚が成立 しています。1カ月後に夜が怖いと訴えたために初診 になっています。お母さんは夫婦間でお父さんがいか に不当な仕打ちをしたかという分厚い文章を書いて持 ってこられました。また,お母さんもお父さんに会う ということを極端に恐れて,お父さんの仕事の休みの 日はお母さんと子どもでホテル暮らしをしていると。

 お母さんは,とても不安の強い人です。そこまで 怖がらなくてもいいのではないかというぐらい過剰に 怖がって,父親というものを恐ろしい存在に仕立て あげている。実際そういう部分はあるかもしれないけ ど,若干お母さんがそういうふうにしているところも あるわけですね。

 子どもはお母さんの不安に完全にのみ込まれてい る感じです。ですから,本 当はお父さんと別れて, お父さんに対するいろいろな気持ちがあり,怒りもあ りますが,楽しい思い出もあったわけだから,お父さ んを失ったということに対する喪の作業が必要である にもかかわらず,お母さんの不安にのみ込まれてしま っているんですね。  面接場面でどういうことが起こるかというと,お母 さんが「この子もきっと怖いんだと思います」と言う と,その横で子どもは「お父さんが怖い」と言って 涙を見せるわけですね。そうすると,お母さんは大き く横でうなずく。でも,見ている私からすると,まるで 劇のようで違和感があります。

 この子はお父さんが怖いという言葉を言っていますけ ど,いろいろな思いが入っているわけですね。お父さん を求める気持ちを抱くことが怖い,お父さんを求める 気持ちを母親に知られるのが怖い,お母さんに知られ て叱責される,または捨てられるのが怖い,お父さんを 求める気持ちが高まって,自分がどうにかなってしまう んじゃないかというのが怖い,お父さんという言葉から 誘発されるお母さんの極端な行動が怖い,そういう表 現し得ないものをいろいろ持っているわけです。  この場で「君にはそういう気持ちはあるよね」と 言っても,子どもはお母さんの不安にのみ込まれてい ますから,「そうです」とはなりません。ただこの子の 表現しているのはある一面であり,その裏にいろいろ な気持ちがあるんだなということを考えておく必要が あるわけですね。

 ゆくゆくはお母さんに,「この子はお父さんが怖い と言っているけど,この子なりにお父さんに対する 思慕の情もあるんですよ」ということをお伝えしたい のですが,それができるのは,お母さんがそのことを 受け入れられるようになってから,お母さんの不安が ある程度収まってからということになります。

 この場合は親の側からの一方的な一体化願望とい うものがあって,そういうものにのみ込まれた子ども ということですね。

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https://www.toben.or.jp/message/libra/libra-2014-01.html

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