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音のある世界

「開演までしばらくお待ちください。」ライブの開演を待つ画面の背景には、東京の高層ビル群や工事現場がの映像次々と流れていた。そこに、2つのBGM。1つは、音楽。有観客のライブと同じ、開演を今か今かと心待ちにする気持ちを一層掻き立てるメロディー。そしてもう1つは、街の音だった。電車が通り過ぎる音。人の歩く音。駅の放送の声もわずかに聞こえる。夜も絶えることなく鳴っている、東京の喧騒。街の音が、とても印象的に聞こえていた。

YOASOBI 1stLIVE 『KEEP OUT THEATER』。新宿ミラノ座跡地、工事現場8階からの生配信。開演の放送とともに、YOASOBIの2人とバンドメンバーの後ろ姿が映る。工事用エレベーターに乗って、上の階へ向かっていく。その間も、東京の喧騒は聞こえ続けていた。そして、その街の音の中で、ボーカルのikuraさんが歌い出す。奏でられる音は、街の音をかき消すというよりは、それと調和しているように思えた。

その前の日、電車で長野から松本へ帰るために篠ノ井線の普通電車に乗っていた。向かいに座っていたカップルは、彼氏のほうの出身が東京らしく、東京の自慢話を彼女に続けている。その横に3席ほどあけて座っているのは目と言うより鼻のあたりに眼鏡をかけているおじいさん。首からかけたガラケーを一生懸命見ながら、僕の座席まで聞こえるレベルの音量の貧乏揺すりをしている。僕と同じ側に座っている女性は寝ているが、背もたれに立てかけてあった鞄が、電車のゆれによって倒された。鞄から飛び出して落ちたスマホを向かい側に座っていたおじさんが拾ってあげている。
そして電車が長いトンネルに入りスピードをあげると、窓がガタガタと鳴り始める。窓の僅かな隙間から風の入る音がする。

電車の中で本を読みながら、僕はそうしたいろいろな音を聞いていた。日常の中に絶えず聞こえているはずだけど、あまり意識して聞くことのない音の数々。普段は「うるさい」と言われてしまうような騒音たち。
でも、そうした人々の、生活の、街の音の数々が、僕たちに街が動いていることを、そして人が生きていることを教えてくれているように感じた。音が、私たちに確かな生活実感をもたらしているように思えた。

僕たちはイヤホンをして音楽を聴くことで、そうしたいわゆる「喧騒」を聞き逃してしまっている気がする。喧騒だって、うるさいだけじゃない。もしこの世が音のない世界だったとしたら、ただでさえ孤独を感じやすい世の中なのに、より一層孤独感が増していたかもしれない。音のある世界に生まれてきて良かったと思う。

そんなことを思っていた矢先だったので、騒音を閉ざしたホールやライブハウスではなく、東京は新宿の真ん中で、街の喧騒と調和するように音を奏でていたYOASOBIのライブは、とても印象的だった。2人は「うるさい」「不要だ」と思われがちな音たちを味方に付けて、1つの芸術作品を作り上げているようだった。YOASOBIのメロディーと馴染んでいった東京の喧騒は、僕には少し懐かしくも感じられた。

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