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組織における多様性や平等性、インクルージョン(DEI)をどう評価するか?

ここ数年、ATD(Association for talent development)という、企業や行政機関の人材育成に関する動向をセミナーやカンファレンスを開催したり、出版物を発行したりしている団体の会員になっています。この団体は、TD magazineという月刊誌を発行しており、毎月、興味深い記事がいくつか掲載されています。

このTD magazineの中から私が興味深いと思った記事をいくつか抜粋して不定期で紹介したいと思います。今回は2021年10月号からの記事を紹介します。

研修評価の第一人者であるカークパトリックによる記事

10月号の注目記事は、何といってもジム・カークパトリックとウェンディ・カークパトリックの「DEI研修の効果を測定する方法で困っていませんか?」です。この2人は、研修評価の4段階モデルを提唱したドナルド・カークパトリックの子供です。ドナルドが1959年に提唱し、現在ではグローバルな環境で研修評価のあり方を語る際には必ずといっても過言ではないほど参照されているこのモデルを「新カークパトリックモデル」として発展させています。

ドナルドの4段階評価モデルは、研修の成果指標には4種類があり、研修は受講者の満足度だけでなく、職場での行動変容や事業での成果への影響を成功指標とすべきであると主張するものです。表1に示される4種類が提案されているのですが、レベル1と2のような学校のような「お勉強」の成果を成功指標とするのではなく、3と4のような業務や組織への影響で研修の良し悪しを判断しましょうというものです。

企業研修は学校の授業と同じような枠組みで語られることが多いのではないでしょうか。ドナルドのこのモデルは、企業における学習の位置付けを明確にしたということができるのではないかと思います。

表1 4段階評価モデルにおける研修評価の指標
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1)反応:受講者は研修に満足したか?
2)学習:受講者は研修の修了試験で合格したか?
3)行動:受講者は研修で学んだことを業務で活用したか?
4)結果:受講者の行動の変化は業績や業務の質にどのような影響をもたらしたか?
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ジムとウェンディ(以下、カークパトリック)は、このモデルを組織内でより戦略的に用いるために、その活用方法やプロセスをまとめました。

ざっくり言うと、4段階評価モデルは、レベル1からレベル4に向けて積み上げていくのではなく、レベル4という最終成果から遡って必要な施策を検討しましょうというものです。

レベル1からレベル4へ積み上げていくと、どうしても、本来は目標を達成するための手段であるはずの研修をやることがありきになってしまいます。しかしながら、人の成長にポジティブな影響を与えるものは70%が経験、20%が薫陶、10%が研修であるとする「70:20:10の法則」が指摘するように、研修だけが人の成長に関わる課題解決の手段ではありません。

そこで、レベル4のゴールから遡って、研修以外のコーチングや報酬制度、情報発信も含めて総合的に課題解決にあたろうと提案しました。なので、単なる研修評価のモデルではなく、「新カークパトリックモデル」はビジネスパートナーシップモデルとも称されています。組織内の学習と成長(L&D)部門の担当者がハブとなり、組織の上層部やほかの部署を巻き込みながら課題解決にあたるイメージでしょうか。人材開発の分野では、最も注目を集める手法の1つとなっています。

DEI研修の効果を測定する方法で困っていませんか?

カークパトリックが、組織における多様性や平等性、インクルージョン(DEI)をどう評価するかを考察したのが今回の記事です。

DEIとは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字をとったものです。それぞれ以下のように定義できます。

・D(多様性):人々の年齢、性別、民族、宗教、疾病、性自認、性的指向、教育、国籍等の違いを尊重すること
・E(公平性):情報やリソースへのアクセスや、参加や挑戦の機会を、すべての人に公平に保証すること
・I(包括性):どのような人々であっても、職場に自分の居場所があると感じてもらえるようにすること

社会がグローバル化し、価値観が多様化するなかで、組織のメンバーである誰もが働きやすく、貢献できる仕組みを作ることが求められていることから、職場でのDEIを推進することに注目が集まっています。しかしながら、利益や売上げ、顧客満足度、コストなどのビジネス上の成果と比べ、明確な数値化の設定が難しく、研修の成功指標をどのように設定したらよいか悩ましいという課題があるようです。

カークパトリックは、どのようにDEI研修の評価にアプローチするのでしょうか?

新カークパトリックモデルの応用

記事の内容をまとめると次のプロセスになります。

(1)レベル4の結果をはじめに定義する
組織がめざすDEIの姿はビジョン・ステートメントとして、組織のウェブサイトに記述されている場合もあるかもしれません。もし言語化されていない場合は、組織の経営者と議論する必要があるでしょう。ビジョン・ステートメントと関連づけて、DEIそれぞれで期待される成果を明確化していきます。たとえば、以下のような例が挙げられます。

(例)
・D(多様性):それぞれの職階での従業員の多様性の割合/ 多様な従業員の離職率
・E(公平性):すべての従業員に対する平等な機会の提供/ 同じ職階での多様な従業員の給与の公平性
・I(包括性):委員会会議での参加者の声が平等に聞こえること/ 経営層と現場の従業員が直接コミュニケーションを取れるシステムの構築

(2)レベル3の行動の例を示す
カークパトリックが職場で期待する行動を定義すること(レベル3)を「組織的なDEIの成功を左右するもっとも大きな要求である」と指摘しているほど、重要なプロセスです。

ここではレベル4の結果を生み出すには、どのような具体的な行動が求められるか仮説として立てます。たとえば、レベル4の結果が「委員会会議での参加者の声が平等に聞こえること」であれば、それぞれの参加者が会議のトピックについて同じ時間を割いて発言できるように会議の議題(アジェンダ)を事前に設定することが挙げられます。

(3)さまざまな手法を組み合わせたブレンド型の解決策を構築する

研修の構築ではなく、職場で何が起こるのかに着目し、より包括的な学習環境をデザインしていきます。たとえば、以下の例が挙げられます。

・会議の議題設定のジョブエイド(ワークシートや注意点をまとめたチェックリスト等)を提供する
・組織内のニュースレターで取り組みを周知する
・会議の議事録を取り、目標の達成状況を把握し改善する。

まとめ:ゴールの設定がもっとも大事

カークパトリックは「新たな研修のリクエストを受けたときに、ノートパソコンをすぐさま開き、スライドのアウトラインを書き、まとめたいと思うかもしれない。しかし、期待される成果を明確に定義し、もっとも大事なこととして重要な行動の例とその行動を駆り立てる方法を明確にするまでは、その誘惑に抵抗しよう」(P31)と述べています。そして、最終的な成果から青写真を描いていく方法を採用することをすすめています。

一見、成果を定義しにくいDEIの取り組みですが、新カークパトリックモデルと同様に、ほかの研修と変わらず、企業のゴールとの整合性をたもちながら、学習環境の全体をデザインするビジョンが描けたのではないでしょうか。どんな研修でも、最初にゴールを定義すると言うインストラクショナルデザインの基本を守ることが大事なのでしょう。

参考文献:
Jim Kirkpatrick and Wendy Kirkpatrick (2021) "Stumped on how to measure DEI training?" TD magazine October 2021, P26-31

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