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しゃべりたい2:相談事(3)

よくよく聞いてみると、山崎さんはトイレに行ったついでに、奥のバーで一杯飲んできていた。いや、正確には1曲リクエストして、レコードまでかけてもらってきていた。トイレから出た山崎さんは、奥にも店があることに気がつき、入ってみたそうだ。
「だってさ、ジョン・コルトレーンがデカい音でかかってたらさ、行ってみるだろ、普通」と、山崎さん。
今夜ひとつ分かったことは、山崎さんは結構変わっているということだ。
「で、何をリクエストしてきたんですか?」「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」ちょっと嬉しそうだ。
「マジですか?ジャズバーじゃないんですか?」「うん、デカい音で聴きたかったら何でもリクエストして良いって。他のお客さんも喜んでくれたよ」
この素直さは何なんだ。だけど、ジョン・コルトレーンはあまり知らないけど、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなら知っている俺は、いろいろ聞いてみたくなった。ビールを2つ注文する。
「山崎さん、結構音楽いろいろ聴くんですね」
「まあ、それなりに歳取ってるんで。五十嵐知ってるか?昔の輸入盤のCDってさ、なんだかよく分からない縦長のケースに入って売ってたんだぞ」
「そうなんですか。それ見たことないです」「俺もさ、まだ小学生だったと思うけど、まずは兄貴がさ、そういうのを聴き始めるじゃない?大体決まって」「そうですね、大体決まって」いつの時代もそうみたい。
「うちの田舎でも街の中心に輸入盤を扱っているレコード屋があったわけ。黄色い看板の」「はいはい」
ビールが来たので、山崎さんはぐびっと飲む。
「といっても、その頃はビルの2階の小さな店でさ。兄貴に一度連れてってもらったんだけど。それでも行ってみたらなんだか映画に出てくるレコード屋さんって感じがして良かったんだよ」
山崎さんの体温が上がっていくのを感じる。俺は黙って先を促す。
「で、そこにあったのが縦長のケースに入ったCDってわけ。ほら、レコード用の棚だと、深さがあるじゃん。だから多分、そこに並べるためのものだったんじゃないかと思うんだよ」「なるほど」
「縦長のケースを開けると、中に今と同じCDケースが入ってんの。まさに下駄を履かせるっていう感じ?その後、あっという間になくなっちゃったけどね。あ、まだ何か頼む?」「じゃあもう一杯だけ」
ビールを頼んで、ついでにお会計を告げる。
俺は、中学生の頃を思い出していた。好きなバンドの新譜が出たと聞くと、学校から走って帰り、お年玉やらお小遣いを持って、近所のCDショップまで自転車を走らせたことを。残念ながら、輸入盤があるようなオシャレな
感じではなかったけれど、そこの店員(革ジャン、長髪という漫画から出てきたような風貌)から、いろいろな音楽を(想像通りメタル中心で)教えてもらったことを。店を出た帰り道、自転車で坂を上りながら、山の向こうに見える夕日に理由もなくドキドキしたことを。

(もうちょっとだけ続く)


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