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【アーカイブ】夜の挿話5(同じ夜)

誰かと同じ夜を過ごすにはどうすれば良いのだろう。
こんな夜はむやみに肌を合わせても、触れ合っていない部分がかえって気になってしまう。
言いたくないことも聞きたくないことも、きっといつもより多い。

気の抜けた音楽は、僕の耳をあっさり通り抜けた後も頼りなく飛行を続け、部屋の壁にぶつかっては落ちていく。
床はいつの間にか、壊れて動かなくなった音楽で埋め尽くされている。

ふいに電話が鳴る。
少し迷った後、電話に出ると君の声がした。
やあ、元気かい。うん、まあね。
君はまるで何かの言い訳するみたいに、同じ夜について話し始めた。
手を繋いだらきっと、指先以外の冷たさに押しつぶされてしまうだろう。それに、こちらから電話をしておいて申し訳ないけれど、話をしたいわけでも聞きたいわけでもないと。
僕は、君の話を聞いているうちに、心の奥ほうが温かくなるのを感じていた。
君の話が終わって、それから、僕もちょうど同じことを考えていたと君に告げた。
少し間があって、驚きと安心の混ざった声が聞こえた。
ああ、君がいてよかった。

電話を切って、窓の外に目をやると、あと少しで満月になりそうな月が見えた。
満月を過ぎた後なのかもしれないけれど、今日の月を見ただけではわからない。
それに今は、正確な答えは必要なかった。

白い月を眺めながら、月が出ていることを君に伝えなくてよかった、と思った。
きっと君も気づいているだろう。それで十分だ。
こんな夜には、口にしなくても良いことがたくさんあるのだ。


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