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可憐な悪魔 4


「はっ!?」
私は飛び起きた。
全身から汗が噴き出しているのがわかる。
時計を見るとまだ朝の4時だ。外はまだ暗い。
「……またあの夢か……」

もう何度目だろうか。
ここ数週間、あの夢を見る頻度が増えている気がする。

「まだ起きるには早すぎるけど……」
私はベッドから出てキッチンへと向かうと、冷蔵庫から水を取り出しコップへと注ぐと一気に飲み干した。

その時だった——
「お姉ちゃん、いつ会いに来てくれるの? あの人にいたずらしてくれた?」
背後からそんな声が聞こえてきたような気がして、私は慌てて振り返る。
そこには誰もいない。ただ見慣れた部屋が広がっているばかりだ。

「はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸を整えようと胸に手を当てるが、心臓の鼓動は一向に収まらない。
息苦しさを紛らわすように、テレビを点ける。
そして、そのまま朝を迎えた。

「はぁ……。とりあえずは休暇申請を出しに行かないとね……」
私は朝食を食べ終えるとすぐに家を出た。

「ん、おはよう。光羽」
会社へ到着すると編集長に声を掛けられた。
私は軽く頭を下げると、オフィスへと入っていく。

「おはようございます、編集長……あの……しばらく休暇をいただきたくて……」
「ああ、その方がいいだろうと思っていたんだ。お前にたくさん負担を掛けてしまってすまなかった。ゆっくり休んでくれ」
編集長は柔らかい表情で私の肩をポンと叩くと、自分のデスクへと戻り仕事を始めた。
私は、自分のデスクの掃除をしながらこしちゃんが出勤するまで残ることにした。

「お、おはようございます~って、あれ、リリカさん!? なんでいるんですか?」
しばらくして数分遅刻で出勤してきたこしちゃんは、私の顔を見るなり目を丸くした。

「こしちゃん、おはよ。そりゃあ休暇届を編集長に提出しないと休めないでしょ~(笑) それに休みに入る前に編集長やこしちゃんの顔見ておきたかったから。じゃあ、近いうちにまた連絡するから!」

「え、あたしの顔見たいとか、リリカさん尊いんですけど! 連絡待ってますんで☆」
こしちゃんはそう言いながら小さく手を振ってくれる。
編集長も手を上げて見送ってくれた。

「こし……ま~た遅刻か~。昨日何時まで飲んでたんだ?」
「ち、違うんすよぉ! 朝はちゃんと起きたんです~! でも、バスで降りる時にお金足りない人が~……」
遅刻してきたこしちゃんに説教する編集長と、遅刻の苦しい言い訳をするこしちゃん、といういつものやりとりに思わず笑みがこぼれる。
(この光景もしばらくお預け……かぁ)
と、少しの寂しさを感じながら、私はオフィスを後にした。

オフィスを出ると、まだまだ眩しい朝日が降り注ぐ。
私はその光に目を細めた。そして大きく深呼吸をすると、家へと帰ることにした。

* * *
その日の夜。私はなかなか寝付けずにいたが、次第にウトウトし始めた時だった。
「お姉ちゃんといっしょ……」
突然聞こえた声に、ハッとして目を開ける。
しかし、その声の主は私自身だった。
シンと静まり返った部屋で私が発した寝言に、私自身が驚いて目を覚ましたのだ。

「ハァ……」
私は大きくため息をつき、ベッドから体を起こす。
薬棚を開け少し前に病院で処方された睡眠薬を取り出すと、それを水と一緒に流し込んだ。

「あんまり睡眠薬には頼りたくないんだけど……仕方ないよね……」
私は再びベッドに横になると、無理やり目を閉じて眠りにつこうとする。
しかし、夢と現実の狭間で何度も何度もあの女の子の声が聞こえてくる。

「お姉ちゃん……いつ会いに来てくれるの……」
その言葉が頭から離れず、なかなか寝付くことができなかったが、薬が効いてきたのか強い睡魔が襲ってきた。


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眼鏡をかけた初老の女性が、幼い少女と向かい合っている。
「もう一度訪ねるわ……どうしてお友達を殺したの?」

「私は殺してないわ。あの子達が勝手に足を滑らせただけよ」
初老の女性はフゥ、とため息を1つつくと困ったように額を押さえる。
「誓って本当の話なの? 希未ちゃん、お願いだから本当のことを話して」

「何度もお話しているように、あの子達が勝手に足を滑らせて転落した……これが本当の話です」
希未と呼ばれた少女は、初老の女性に落ち着いた口調で返す。

すると……。
「嘘をつくのはやめなさい!! あなたのせいで何人の人が死んだと思っているの!?」
女性は我慢の限界、といったように大きな声で叫んだ。

「私は嘘なんてついていません。何度も申し上げているように、事故です。たまたまそこに私が居合わせただけです」
一方の少女、希未の方は大人に大声で怒鳴られているにも関わらず、一切の怯みや恐れを見せることなく冷静に女性に視線を向けている。

「この、いい加減になさいっ!!」
初老の女性はそう叫ぶと少女に近づき、ビンタをしようとした。近くにいた警察官が慌てて、女性を取り押さえる。
「お、落ち着いてください!」
警察官に体を止められながらも、鼻息を荒くしながら自分を睨みつけている女性に対して希未は、フフフッと笑みをこぼした。

「すみませんが、カウンセラーを変えていただけませんか。この人みたいな乱暴なおばさんだと、いつ怪我をするかわからないので」
女性は希未の言葉に顔を真っ赤にして、歯を食いしばった。
警察官が必死になだめるが、女性の怒りは頂点に達したようだ。

「この人殺し! 悪魔!! この子は幼い少女の姿をした悪魔よ!!!」
怒りが収まらない初老の女性カウンセラーの様子を見て、
「カウンセリングはここまでっ! カウンセリングはここまでですっ!」
そう言って警察官は、暴れる女性を連れて部屋から出て行った。

その様子を嘲るように見送り、フッと小さく笑うと希未も担当の警察官に連れられて、部屋を後にした。
「あのおばさんじゃあダメね……。ねぇ、宮本さん。この後に週刊誌の取材が入ってるんだっけ?」
希未は、担当の若い警察官……宮本優斗を見上げて尋ねる。

「そうだ……今はまだキミの裁判が始まる前だけど、キミに注目しているマスコミやメディアは多いんだ」
「ふうん……」
希未は興味無さそうに返事すると、窓の外に目を向けた。
そしてため息混じりの声で呟くようにこう言った。
「まったく……面倒ね」

そんな希未に、宮本は優しい口調で話す。
「嫌なら断ってもいいんだよ? キミのご両親はお金が欲しいから取材を受けるように言うだろうけど、僕は一警察官としてキミの気持ちを一番に尊重するつもりだ。キミにだって権利はあるんだからね」

「宮本さん……私の心配してくれるの? 優しいのね」
希未はそう言うと、宮本に向かって微笑んだ。
その笑顔は年相応の少女のもののはずだった……。
水無月希未、まだ10歳の少女だったが、今の微笑みには一種の妖しい美しさが滲んでいた。

「大人をからかうもんじゃないよ」
宮本の一言に、フフフッと希未は目を細めて笑った。

2人が面会室に着くと既に週刊誌の記者と思われる女性が座っていた。
「水無月希未ちゃん……で、いいのかな? 私は週刊アルカディアの光羽リリカです」

「こんにちは、素敵な記者さん。取材するにあたって、子ども扱いせずになんでも聞いてくださいね」
目の前の少女は本当に10歳なのだろうか、と思うほどはっきりとした口調だ。
その口調は自信に満ちており、そして大人びているようにも聞こえた。

「じゃあさっそく取材を始めていきますね」
光羽がそう言いながらペンを取り出す。

「その前にすみません。堅苦しいので、今から敬語は使わなくて大丈夫ですよ。その代わりに、私もお姉ちゃんって呼んでいいですか?」
希未の思いがけない提案に、光羽は無言でうなずく。

すると希未は満足げに微笑んだ。
その笑みもまた年相応でありながら、同時に他の子供にはない、大人の女性としての魅力を孕んでいた。

光羽は気を取り直して質問を始めた。
「じゃあ早速、いくつか質問するね」
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