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勇者ファブリス一行の動向 その4

脈導師の誘い 勇者パーティーの解散

「若矢は何処へ 脈導師、渾身の導き」の続き

老人はふぅ……とため息をつくと、残った3人に視線を移す。
するとリズを見て、彼は目を大きく見開いた。

「お、お主は……。お主はワシのように脈動を感じ取る力の素質を秘めているようじゃな。お主なら、ワシの力を受け継いでくれるかもしれぬ……」

「えっ? そ、そうなんですか?」
リズが不思議そうに言うと、老人はうなずく。そして彼はリズの手を握りながら続けた。

「この脈動を感じ取り、他者に伝える力は誰にでも備わっている物ではない。これも神の思し召しじゃろう。もしお主にその気があるのであれば、ワシが修行をつけてやることもできるが……」
老人はリズの目を見て、彼女に考える時間を与える。リズは目を伏せて考え込む。

「だが長い時間を要する。仲間との旅は中断する必要があるから、よ~く考えなさい」

老人はリズにそう告げると、次にエレーナとカルロッテを見る。

「本当に悪いことは言わん。お主らも好きな道を生きなさい。そこのお姉さんは、戦いが怖くて穏やかな生活を送りたい……違うか? 探していた若矢という少年が亡くなっているとわかった今、特にそう思っているはずじゃ」
カルロッテを見ながら、老人は尋ねた。

「え……? そ、それは……」
狼狽えているカルロッテは、若矢への申し訳なさと共に、彼女を守りたいと言ってくれたビブルスの顔を思い出す。

「それならば自分の気持ちに従いなさい。恐れを抱いたまま戦っても、命を落とすだけじゃよ」

「は、はい……。もう少し考えてみます」
カルロッテは、体を震わせながらそう返すので、精一杯だった。

エレーナは、何も言うことができず、悔しそうに小屋を飛び出していく。そしてカルロッテもゆっくりとその後に続くのだった。

2人の後ろ姿を心配そうに見送った後、リズは老人に尋ねた。
「脈導師さん、脈動を感じ取る素質を持っているのは珍しいことなんでしょうか?」

老人はゆっくりとうなずく。
「そうじゃ。ワシも生きてきて、その素質を持った者に出会ったのは数少ない。ワシはこの力を持って生まれたものは、神の使命を背負っていると思っているのじゃ。お主も僧侶ならば、神の声を聞き、使命に従うことを恐れてはならない」

リズは老人の言葉に頷く。
「わかりました。私はこの力を正しく使います。私に……これから修行を受けさせてください!」

老人はニッコリと微笑むと、彼女の手を取る。
「本当に覚悟はできたかな? 長い長い修行になる。脈動をより感じ取れるようになるためには、脈動をマスターした者と、身も心も一つになる必要がある……。それも長い時間をかけて、何度も繰り返さねばならん……」

「え……? それってどういう……!?」
リズは老人の言葉の意味を理解し始めると、彼は続けた。

「無論、嫌であれば仕方あるまい。だから今は、仲間たちの元へと戻ってゆっくりと考えなさい。答えを出すのはそれからでも遅くはないじゃろう。ワシはいつでも待っておるよ……」

「……はい……わかりました。……考えてみます」
リズがそう返すと、老人は最後にこう言った。

「もしその気になった時は、またこの小屋を訪ねてきなさい。それではの……」


山小屋を後にしたファブリスたちは、町へと戻ってきていた。
若矢を失ったことと、あの老人に魔族と戦えば死ぬ、とマリナとまったく同じことを言われたことから来る苛立ちがどうしても消えなかった。

「クソッ! どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって!」
ファブリスは悪態をつきながら、酒を煽る。

エレーナとカルロッテはそんなファブリスを心配そうに見ていた。
その時、最後に戻って来たリズが意を決したように口を開き、重たい沈黙を破った。

「あの……私、ここに残って脈導師さんの修行を受けようと思います。若矢さんもいなくなってしまったし……。それにそれが私に与えられた神からの使命なんじゃないかって……」

そこまで黙って聞いていたファブリスは、唇を噛む。
「……それってパーティーを抜けるってことかリズ!? 若矢のことはどうでもいいのかよ!?」
ファブリスの声には怒りが込められていた。

リズは申し訳なさそうに目を伏せる。そしてゆっくりと口を開いた。
「ごめんなさい……でも、若矢さんを救えなったからこそ思ったんです。私に救える命があればできるだけ多く救いたいって。だから脈動の力を教えてもらうことに決めました」

「教えてもらうって……。旅をやめて、どんな修行をするのよ? それにリズはもう僧侶なんだから、今更修行なんか必要ないんじゃない?」
エレーナが尋ねる。するとリズは首を振った。

「私の素質を活かそうと思ったら……その……脈導師さんと身も心も一つになる必要があるそうなんです……。それも長い時間をかけて、何度も……」

「それってまさか!?」
ファブリスたちは思わず目を見開いた。

「は、はい……。それで最初は抵抗があったんですけど……でも! 私にその力の素質があるなら! 私は覚悟を決めました! だから私はここに残ります!」
リズは決意に満ちた目でファブリスたちを見つめる。

「……何言ってんの……? リズ、あんた騙されてるのよ! 脈導師だか何だか知らないけど、あの老人はあんたの優しさと神に対する信仰心に付け込んで、変なことをさせる気なの! わかるでしょ?」

エレーナはリズに詰め寄ると肩を揺さぶり、説得しようとする。だが、彼女は首を横に振った。

「そんなことはありません。脈導師さんの力は本物です! 私たちの名前も知っていたし、いろいろと的中させていたじゃないですか!? 私は私に与えられた使命を果たしたいんです!」

「あの程度なら事前に調査だってできるし、魔法の中には探知系の魔法だっていろいろとあるの……! あの老人が本当に凄いかどうかなんて……」
なおも食い下がろうとするエレーナだったが、ファブリスが彼女の肩に手を置き、それを止める。

そして彼はリズの目を見て言った。
「わかったぜリズ……。お前がそこまで言うのなら俺は止めない。でも、俺たちは仲間だ。何かあればすぐに駆けつけるぜ」

「ファブリス……ありがとうございます! 皆さんに迷惑はかけません!」
リズは嬉しそうに微笑んだ。そしてカルロッテの方を向くと、彼女にも謝る。

「カルロッテもごめんなさい。私のせいで……」
すると彼女は首を横に振る。

「ううん、私は大丈夫。それに私もリズの気持ちは分かるから……。だから気にしないで」

そう答えたカルロッテに、ファブリスはため息を漏らしながらも真っすぐに告げる。

「カルロッテ、お前ももう無理するな……。本当はずっと迷ってたんだろ。ここらが潮時だ。そろそろ自分の気持ちに正直になれよ」

ファブリスが優しい口調でそう言うと、カルロッテは困ったような表情で俯いたのだった……。

「ビブルスならお前を守ってくれる。お前は帝国人だし、ビブルスと一緒に帝国の仕事をするのもいいかもしれないな」

「えっ……?」
カルロッテはファブリスの言葉に驚いた様子だった。

「考えてみろよ。 若矢は……あいつはもういなくなっちまった……。無理して旅を続ける必要はないんだぜ?」

そう言われたカルロッテは困ったような表情を浮かべたが、すぐに思い直したのか口を開いた。
「ええ……ありがとう。ビブルスとも話をしてみるわ」
こうしてカルロッテ、リズの2人はパーティーから抜けることを決めたのだった。

「それで……エレーナ、お前はどうする?」
ファブリスが尋ねると、エレーナは少し苛立ったように返した。

「残るに決まってるでしょ。あたしは若矢が死んだなんて認めない! アイツが……若矢が死ぬはずがないもの! 確実な証拠がない限りあたしは……!」
エレーナは、声を震わせながらそこまで言うと酒場から飛び出してしまったのだった。

「エレーナ……」
ファブリスは彼女の後ろ姿を心配そうに見送る。そしてリズとカルロッテも、そんな2人を見て複雑な表情を浮かべていた……。


入れ替わるようにして、ビブルスたち帝国軍の兵士たちがやって来る。
ファブリスはビブルスの姿を確認すると、カルロッテを伴って彼に近づいた。

「ファブリス殿……一体どうなさったのですか? さっきエレーナ殿が凄い勢いで飛び出して行きましたが……」
ビブルスは3人の表情から何かを察したのか、真剣な顔で尋ねた。すると、ファブリスが口を開く。

「ああ……実はな」
ファブリスは事の次第を説明した。

そして彼は最後にこう付け加えたのだった。
「俺は旅を続けるつもりだ。エレーナも恐らくそうするだろうけどな。あんたにカルロッテのことを頼んでもいいか?」

ファブリスの言葉を聞いたビブルスは、驚いた表情を浮かべていた。そして彼は真剣な顔でこう答えたのだった。
「わかりました。カルロッテ殿は私が命にかえてもお守りします!」

ビブルスの答えを聞いたファブリスは満足そうに微笑むと、彼に握手を求めるのだった。


~続く~

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