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恵まれない。それでも、僕らは生きていく - 『祝祭と予感 - 蜜蜂と遠雷スピンオフ(恩田陸)』を読んで

今日紹介する本 『祝祭と予感 - 蜜蜂と遠雷スピンオフ』恩田陸 著

2019/10/23作成 2019/11/10最終更新

1.前置き

彼は駆け出していた。
ピアノの音が大きくなる。
彼は息を切らせ、玄関脇のロビーの入り口に立った。
光が差し込んでいる。
その中に、小さな男の子がいた。
熱心に、たどたどしい動きで、ピアノを弾いている。
・・・
きょとんとした、小さな顔。
見開かれた大きな目。
とても、美しい、光に包まれた ー



『祝祭と予感』から『伝説と予感』より一部抜粋。

ところで皆さん、ジョーカーはもう観ましたか?

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今年のヴェネツィア国際映画祭で最高位の金獅子賞を受賞した話題作です。

僕の周りもみんな観てます。
この前の飲み会でもジョーカーの話題となり、1人だけ観てなかった僕は酒が進みに進み、ハングオーバー(二日酔い)になりました。

話題の要因の1つはジョーカーが漫画原作という点にあります。
ジョーカーとはバットマンシリーズに出てくる最凶の悪役(ヴィラン)なのです。
そして、金獅子賞というのは映画の賞の中でも取り分け芸術的価値の高い作品に与えられる賞なんだとか。

僕は普段映画を観ないのですが漫画原作の実写映画なんて基本ハネませんよね。
僕の記憶に残ってるのはDeath Noteやカイジぐらい。それらも芸術よりエンターテイメントの要素が強いです。
それが金獅子賞なんて取ろうもんなら逆に藤原竜也の「どぉしてだよぉ〜」が聞こえてきそうです。

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…はい。これがやりたかっただけです。
今回は本題以降ネタ少なめでいくので、ここで遊びました。

さぁ、前置きに戻って、ジョーカー観てきました!



いや…重くね?

数日前に観まして、ヒーローものとは思えない重さで観た翌日はハングオーバー(二日酔い)の様な気分になりました。

何よりこの映画、監督が稀代のバカ映画『ハングオーバー』のドット・フィリップスの作品なのです。

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いや、高低差ありすぎて胃の中のもの全部吐いたわ。

この映画の何が重いって、主人公のアーサーがとにかく恵まれません。元々どん底にいるのに、さらに全て奪われます。
アーサーが如何にしてジョーカーになるか?を描いた作品なのに、アーサーへの感情移入が止まらない。そこが余計に話をややこしくします。

でも、とても良い作品でした。
特に主演のホアキン・フェニックスがすごい。
アーサーは脳の障害で感情に反して笑う発作を持っていますが、その笑いの演技が多彩。

「グララララ(白ひげ)」や「ゼハハハハ(黒ひげ)」,「ヤハハハハ(神・エネル)」など無尽蔵な笑い方のストックを持つ尾田栄一郎にも是非参考にしてもらいたい。

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僕も次の飲み会では会話に参加して、次の日まで語り明かしたいところです。
…が、この映画でメンタルがやられてしまった人もいるでしょう。

そんな人に次に見て欲しいのは、この映画。

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『蜜蜂と遠雷』(現在公開中)です。

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
養蜂家の父とともに各地を転々する風間塵15歳。
かつての天才少女も母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。
音大出身だが今はサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。
優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。業界注目のコンクールを勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

この映画は一転してピアノの才能に恵まれた少年少女の物語。なんてハートフルな響き。

これも良かった。
僕は原作の大ファンなのですが、小説なので肝心の音が無いわけです。
ストーリーに音が付く映画を通して、作品の魅力がより一層分かりました。

なんと言ってもこの原作小説がバケモノ。
恩田陸が書いた映画と同名のこの小説は、史上初めて直木五十六賞と本屋大賞をダブル受賞しました。累計発行部数140万部以上の大ヒット作です。

今日は映画の公開に合わせて発表された原作小説のスピンオフを読んだ感想を書きます。
なんと、ここまで前置きです

目次
1.(書き出すと止まらない)前置き
2.本の紹介
3. 行きすぎた才能って、時に人を傷つけるよね
4.恵まれない。それでも、僕らは生きていく

2.祝祭と予感

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大好きな仲間たちの、知らなかった秘密。
入賞者ツアーのはざまで亜夜とマサルとなぜか塵が二人のピアノ恩師・綿貫先生の墓参りをする「祝祭と掃苔」。
ピアノの巨匠ホフマンが幼い塵と初めて出会った永遠のような瞬間「伝説と予感」。
など全6編。

後日談や前日談、知られざるサイドストーリーなど6編収録。
サブキャラにスポットが当たる話もあって、本編のファン向きです。でも、ファンなら本編がもっと好きになるはず。

このスピンオフで最も象徴的なのが、最後に収録された『伝説と予感』。世界の巨匠たるホフマンと幼い風間塵の出会いの物語です。

3.行きすぎた才能って、時に人を傷つけるよね

この風間塵、超天才です。才能ひしめくコンクールで、最も音楽の神様に愛された存在。本編では別格の演奏で多くの聴衆を惹きつけます。

しかし、もはや評価の枠に収まらない彼の演奏は賛否両論を巻き起こし、コンクールは大荒れとなります。

行きすぎた才能って時に人を傷つけるよね?
圧倒的な技術と発想で、型破りな偉業をやってのける。それも簡単そうに。
恵まれない者はそんな天才の姿に衝撃を受け、嫉妬し、怒りを覚えます。
風間塵の演奏を聴いた審査員の中にも彼を拒絶する者が現れます。まるで「自分の信じて積み重ねてきたものが否定された」とでも言いたげです。
そう思った経験、誰にでもありますよね。

そして、天才は往々にして無邪気に人を傷つけます。恵まれない者の気持ちが分からないからです。
そんな姿を見て、余計にムシャクシャしてしまう。恩田陸もそんな天才たちばかり登場させて罪な人です。

しかし、このスピンオフには恵まれない者が主役の短編があります。
『袈裟と鞦韆』。僕にとって最も印象的な話ですが、なんと読むかは分かりません。

『袈裟と鞦韆』
作曲家・菱沼忠明が課題曲『春と修羅』を作るきっかけとなった忘れ得ぬ一人の教え子の追憶。

春と修羅』は二次予選で演奏されるコンクールのために書き下ろされたオリジナル曲です。
それの作成秘話ってことですね。
タイトルは読めなくても、あらすじは理解できました。

この話に出てくる小山内健次(おさないけんじ)は自らの才能に悩む作曲家。
彼は、僕にとある気づきと勇気を与えてくれました。

4.恵まれない。それでも、僕らは生きていく

音楽とは精神と感覚の世界を結ぶ媒介のようなものである。
Music is the mediator between the spiritual and the sensual life.
ベートーヴェン(ドイツの作曲家/1770〜1827)

ある日「頭の中で鳴っているイメージが上手く譜面に起こせない」と相談する小山内に、師である菱沼はこう励まします。

「楽譜というのは、音楽という言語の翻訳であり、そのイメージの最大公約数でしかない。
決して外国語の翻訳が元々の意味と完全に一致することがないのと同様、作曲家のイメージと違って当然なのだ。
だがしかし、脳内のイメージに近く演奏できるような記譜のテクニックは存在する。それを学ぶのだ」

…と。
いや、でもね?菱沼さん。
凡人はそれができないから困ってんすよ。テクニックとかの問題じゃないんすよ?

自分の中にあるイメージを具象化し、人に理解されるレベルまで形にすることは本当に難しい。
僕は以前、社内の新規事業コンテストに応募し企画書を提出しました。
企画書の出来に自信はあったのに、質疑応答で根本的な所を突っ込まれて「あぁ、俺のプレゼンは何も伝えられなかったんだな」と悔しい思いをしました。
選考に通ったS田くんは死ねばいいと思います。

言葉で説明できるプレゼンですらこの有様なのに、作曲はなおさら難しいはずです。
しかし小山内はコツコツ作曲活動を続けます。



ここでなんと、話が前置きに戻ります

僕が思うに、天才につけられた傷は“恵まれない者の悔しさ”。
天才に向ける拒絶は“恵まれない者から恵まれた者への反抗”を表すのではないでしょうか?

ジョーカーで描かれるアーサーはとにかく恵まれません。居場所も生きる意味も失い、愛する人にも憧れの人にも裏切られる。ほんと、ロイヤル・ストレート・恵まれない。
そんな彼がコメディアンの大御所 : マーリーにした憂さ晴らしで、貧富の差にあえぐ民衆の不満に火がつき、暴動が起きます。
悪のカリスマ : ジョーカーの誕生です。

…でも、待ってください?
アーサーが起こした犯罪は、全て個人的なものなんですよ。
さっき憂さ晴らしと書きましたが、その通り。私怨による犯罪。そこに政治的イデオロギーなんてありません。

もしかしたら、天才ってそんなものではないでしょうか?
雲の上の存在に見える天才も、等身大の個人として向き合えばありふれた存在なのではないでしょうか。
風間塵も、常識に欠けるだけで、会ってみれば素直な少年です。

そして才能はいつ、どこで輝くか分からないものです。
アーサーは不満を抱えるゴッサムシティの民衆に見出されて、悪のカリスマになりました。
小山内は、不器用なだけで、自分だけの音を表現できる才能を持っていました。コツコツ作曲を続ける中で、その才能を開花させていきます。

恵まれない僕たちにも、いつか才能が輝く瞬間が来るかもしれません。
それでも、僕たちにできるのは「今をしっかり生きる」ことしかないのでしょう。
そうすれば、きっとチャンスは巡ってきます。それは神様が与えてくれる祝祭です。

僕は少年時代、漫画家になりたかった。
今日はそんな僕が描いたジョーカーの絵でお別れするとしましょう。
劇中で印象的なシーンを描きました。
この才能も、いつか輝く日が来ると良いな…。

それでは、今日も読んでくれてありがとうございました。また次回。

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今日紹介した本 

祝祭と予感

恩田陸 著
2019年 幻冬舎より
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