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糸屋の娘がお気に入りの場所と好きな物に囲まれ絹織物を繭から作る|【さらばリーマン】趣味を仕事に編

☆趣味を仕事に編画像(1280×500)

イラストレーション
木原未沙紀
(Misaki Kihara)

東海道・山陽新幹線のグリーン車に搭載されている月刊誌『Wedge』の人気連載「溝口敦のさらばリーマン」。勤め人を辞めて、裸一貫で事業を始めた人、人生の窮地を起業で乗り越えようとした人、趣味を仕事にしてしまった人、自らの事業で社会課題を解決しようとした人など、起業家たちの人生や日々奔走する姿をノンフィクション作家の溝口敦氏が描きます(肩書や年齢は掲載当時のもの)。

文・溝口 敦(Atsushi Mizoguchi)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト
1942年東京都生まれ。暴力団や新宗教に焦点をあてて執筆活動を続け、『食肉の帝王』(講談社)で第25回講談社ノンフィクション賞などを受賞。

板野ちえさん(600×400)

板野ちえさん(Chie Itano)
絹遊塾 工房風花代表(65歳)

    (※肩書や年齢は掲載当時のもの)

 昔から糸屋の娘は魅力的と決まっていた。俗謡にこうある。

 〽京都四条の糸屋の娘、姉は十六、妹は十五、諸国の武者は弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す

 板野ちえさん(65歳)も元をただせば糸屋の娘で、今も魅力的だが、ただ父親はつねづねこう言っていたという。

「うちは絹糸屋なんて上等なもんじゃない。雑糸屋ざんしやなんだよ。こっちの機屋はたやでは要らない糸も、染色するとか糸の太さを変えるとか少し手を加えれば、あっちの機屋では必要な糸になる。要らない物を必要な物に変えられるのが雑糸屋なんだよ」

 たしかにこの雑糸屋の心根は板野さんにしっかり受け継がれた。

 群馬県桐生市の糸屋の生まれ。祖父が機屋に糸を卸す事業を始め、父親がそれを継いで、母親も自宅で作業を手伝った。子どものころから家の中に生糸がある日常だった。

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