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リスクをとって「種をまけ」 日本企業、再興へのポイント|【特集】現状維持は最大の経営リスク 常識という殻を破ろう[Part1-2]

日本企業の様子がおかしい。バブル崩壊以降、失敗しないことが〝経営の最優先課題〟になりつつあるかのようだ。
しかし、そうこうしているうちに、かつては、追いつけ追い越せまで迫った米国の姿は遠のき、アジアをはじめとした新興国にも追い抜かれようとしている。
今こそ、現状維持は最大の経営リスクと肝に銘じてチャレンジし、常識という殻を破る時だ。

かつての勢いをなくして「失敗しないこと」が目的化した日本企業。今こそ未来に向けた「種まき」をすべきだ。

文・中西 享(Toru Nakanishi)
ジャーナリスト
神戸大学法学部卒業後、共同通信社に入社。経済部記者として、松下電器3代目社長、山下俊彦氏の番記者をする。その後、ニューヨーク特派員、経済部次長などを歴任。現在、共同通信客員論説委員。

 日本企業がバブル経済に踊っていた1989年末ごろ、共同通信のニューヨーク特派員だった私は、「ニューヨーク・タイムズ」の日曜版を見て驚いたことがあった。マンハッタンの中心部にあったロックフェラーセンター、エクソンビルなどニューヨークを象徴するビルが日本企業によって次々に買収され、それらのビルに日の丸を掲げた地図付きの大きな記事が掲載されたのだ。結果的には直後のバブル崩壊で、大半の日本企業は買値より大幅に安い価格で売却処分せざるを得なくなってしまった。

マンハッタンのロックフェラーセンターを三菱地所が買収した際には「米国の魂を買った」と言われた (MASAKI NAKAUE/EYEEM/GETTYIMAGES)

 ただし、バブルに踊った企業ばかりではなかった。今や、日本で唯一の「稼ぎ手」ともいえる自動車メーカーと、それに付随する部品産業だ。日米の貿易摩擦が激化し、米国は日本との貿易赤字を縮小させようと89年から日米構造協議を開始した。最大の赤字要因とされた日本の自動車メーカーは、米国からの批判をかわそうとしてこぞって米国での工場の建設を急いだ。

 私自身、日系自動車メーカーの新工場には全て足を運んだ。日本人の少ない中西部などで、外国人を雇用した経験のない日本のビジネスマンたちが悪戦苦闘している姿を目の当たりにした。このようにして、現地で雇用にも貢献しているとアピールして何とか貿易摩擦の悪化を食い止めた。

 当時のビッグスリーも、変わろうともがいたが、日系企業が台頭し、業界の変革スピードに追い付くことができなかった。それから30年近くがたち、自動車産業は再び大きな変革期に入っている。この変化に対応できるのかどうか、今度は日本の自動車メーカーのほうが試されている。

 そうした中で、ホンダが畑違いの小型ビジネスジェット機に挑戦し、見事に成功している。しかも航空機という最高の精密技術が求められる分野を全て自社で開発。2017年以降は世界の小型ビジネスジェット市場で首位を走っている。米国企業が独占していた航空機の市場で、リスクをとって事業化を決断した当時のホンダの経営陣は創業者の本田宗一郎のDNAであるフロンティア精神を引き継いでいたというべきだろう。

 成功するにしても、失敗するにしても、前提として、まずは「行動すること」が必要になるが、バブル崩壊を経て、多くの日本企業にとって「失敗しないこと」が目的となり、内向き志向になった。今や日本企業の内部留保金額(利益剰余金など)は9年連続過去最高を更新し続けて、20年度末には484兆円もため込んでいる。

失敗を恐れ
内向き志向にシフト

 企業から言わせれば「投資したくても有望な投資先が見当たらないので、とりあえず内部留保しておこう」ということが大勢になっている。しかし、内部留保をみつめながら「儲かりそうな投資先が見つからない」と言い訳をするということは、「見つけるための目利き力がない」ということにもなる。

 日本では、失敗に対して金融機関を含めて厳しい目が注がれる。一度倒産すると二度と立ち上がれなくなるほどのダメージを受けてしまう。欧米の場合は、倒産企業が何度も不死鳥のようによみがえって成長しているケースがある。金融機関も成功する可能性がある企業に対しては柔軟な対応をするケースが多い。日本の場合は、まず聞かれるのは「前例がないので、融資はできない」となる。

 みずほ銀行常務、第一勧業信用組合理事長を務めた経験を持つ、新田信行・開智国際大学客員教授は「中小企業向けは補助金と公的融資のサポート、大企業はスタートアップとの連携によるベンチャー投資が必要になる。将来は金融機関にIT業界からなど、新しいプレーヤーが多数出現して欲しい」と話す。利ザヤを稼ぐのが本業の金融業界が、利益優先の姿勢から変わることができるかどうかも課題となる。金融支援にとどまらない、事業を進めていく伴走者としての役割も求められるようになる。

 これまでの日本は、「良いモノを安く提供する」ということを得意としてきた。しかし、アジアを中心とした新興国が台頭してくる中で、日本の優位性が失われた。持続可能な開発目標(SDGs)が求められる中で、まさに「量から質へ」の転換が求められている。前述のホンダジェットの価格は、1機で5億円超だ。それでも購入者はいるし、出荷台数が増えれば、その後のメンテナンス収入も持続的に見込むことができる。

 しかし、このホンダジェットにしても一朝一夕で誕生したわけではない。自動車メーカーのエンジニアが、悪戦苦闘する時間が必要だった。経営者に求められるのは、短期志向ではなく、中長期的なグランドデザインを描き、それが実現できるまでの胆力だ。既存の成功体験にとらわれることなく、未来に向けての「種まき」こそが今の日本企業には求められている。

 経営者は、退路を断って決断と実行する覚悟が求められる。どうすればリスクを前向きにとらえて生かせるのか、プラス思考で考えるべきだ。そうしなければ、テスラやアップルのように世界をリードする企業は誕生しない。今こそ常識を一歩抜け出すときだ。そして、ソニーの『ウォークマン』やホンダの『スーパーカブ』など、日本企業が世界の人々をあっと言わせるような新しい価値を提供できる日が再びやってくることを期待したい。

出典:Wedge 2022年6月号

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