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日本企業の持つ事業 「いらない」って簡単に捨てるな|【特集】諦めない経営が企業をもっと強くする[Part1]

日本独自の技術・組織・人を守れ

かつては日本企業から世界初の新しいサービスや商品が次々と生み出されたが、今や見る影もない。その背景には、「選択と集中」という合理化策のもと、強みであった多くの事業や技術を「諦め」てきたとの事実が挙げられる。
バブル崩壊以降の30年、国内には根拠なき悲観論が蔓延し、多くの日本人が自信を喪失している。
だが、諦めるのはまだ早い。いま一度、自らの強みを再確認して、チャレンジすべきだ。

日本企業の多くが「選択と集中」と称して、事業を「諦め」てきたが、可能性を探り「継続」を選択した企業もある。両者の違いはどこにあるのか?

文・梅沢正邦(Masakuni Umezawa)
経済ジャーナリスト
1971年東京大学経済学部卒業。東洋経済新報社に入社し、プラント・造船・航空機などを担当。『週刊東洋経済』副編集長を経て、2001年論説委員長。09年退社。著書に『神さまとぼく 山下俊彦伝』(東洋経済新報社)。


 そう遠くない昔、この国の勤労者は大半が「会社命」だった。あの企業との一体感、エンゲージメント(従業員の仕事に対する熱意)はどこへ行ったのか。2022年のギャラップ社の調査によれば、日本の従業員のエンゲージメントの度合いはわずか5%。米国の35%はもちろん、中国の18%にも遠く及ばない。日本の5%は、世界平均21%の4分の1以下なのである。

 さらにパーソル総合研究所がアジア太平洋州14カ国・地域を対象にした調査では、「現在の勤務先で働き続けたい」と考える日本人の割合は52%で14カ国中最下位。インド、ベトナム、中国のそれは80%以上となっている。

「選択と集中」によって
「捨てる」「諦め」てきた日本企業

 背景には、日本の企業が終身雇用制を放棄し、「選択と集中」と称して、多くの事業を「諦め」、切って捨てた事実がある。捨てる経営がいい経営、と讃える風潮さえあった。なるほど事業を「捨てる」のは企業には効率的な「選択」なのだろう。が、現場の勤労者にとっては「すべて」の喪失なのである。

 「日本的経営」の強さは現場力だった。強い現場は「考える現場」である。日々、知恵を絞り、カイゼンし、また考える。現場にとって、事業は日々の実践であり、生きがいであり、人生そのものだ。その事業が目先の利益のために、あっさり捨てられた。現場が白け切るのは、当然すぎるほど当然だろう。

 日本の半導体産業は1986年、世界トップに立った。そこから先、坂道を転げ落ちるように、縮小と衰退の道をたどった。当時の半導体のリーダーはNEC、日立、東芝、松下電器という総合電機である。重電(発電プラント)や家電というドル箱が安定的に稼いでくれるのに対し、半導体はシリコン・サイクルに翻弄される。数百億、数千億円の投資を余儀なくされ、巨額の赤字リスクに晒される。経営者たちは現在の安定を選択し、将来の可能性を「諦め」てしまった。

 87年、まさに日本が半導体トップに立ったその翌年、半導体の大投資を決断する李健煕がサムスン会長に就任し、モリス・チャンが台湾積体電路製造(TSMC)を創設する。半導体が決定的な新時代に入ろうとするその時、日本の「諦め」が始まった。韓国や台湾に走った日本の半導体技術者は「裏切り者」との罵声を浴びた。順番が逆だろう。経営側がまず、事業を諦め、現場の技術者たちを裏切ったのである。

長すぎた空白の時間
MRJの「敗北」

 半導体に並ぶ、歴史的な「諦め」がある。MRJ(三菱リージョナルジェット、その後MSJ〈三菱スペースジェット〉に改名)だ。2020年10月、三菱重工が小型旅客機MRJの「凍結」を決めた。身悶えしたくなるような「敗北」である。

 MRJは、YS11以来、半世紀ぶりの国産旅客機になるはずだった。1兆円の開発費を投じ、機体は完成し、4000時間の試験飛行を実施したのに、ついに米国FAA(連邦航空局)から型式証明をもらえなかった。

米ワシントン州モーゼスレイクにあった三菱航空機の飛行試験拠点(写真は2019年) (AVIATION WIRE/AFLO)

 単に一企業の敗北ではない。F86からF4、F15まで、輸入よりはるかに割高になるにもかかわらず、日本政府は一貫して三菱重工に戦闘機をライセンス生産させてきた。そこで航空機生産のノウハウを蓄積し、やがて民間航空機を創り出してほしい、という熱い思いがあったからだ。航空機の部品点数は自動車の100倍以上。機体のコンピューター制御から素材まで最先端技術の塊であり、航空機は日本の産業水準を新次元に引き上げる決め手と考えられてきた。だからこそ、経済産業省はMRJについて、開発費の3分の1を支援することを決めたのだ。MRJの敗北は、経産省の究極の産業政策の敗北でもある。

 かくも無残な結果になったのは、なぜか。2つの小さな「諦め」が、途方もない「諦め」を招き寄せた、……

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