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地域の有志が試行錯誤で学ぶ「ブランド」の育て方|【特集】価値を売る経営で安いニッポンから抜け出せ[REPORT-価値の「つくり方」2]

バブル崩壊以降、日本の物価と賃金は低迷し続けている。 この間、企業は〝安値競争〟を繰り広げ、「良いものを安く売る」努力に傾倒した。 しかし、安易な価格競争は誰も幸せにしない。価値あるものには適正な値決めが必要だ。 お茶の間にも浸透した〝安いニッポン〟──。脱却のヒントを〝価値を生み出す現場〟から探ろう。

地域の有志が集まって生み出した「福山デニム」。このブランドの価値をどのように高めようとしているのか。

文・編集部(友森敏雄)


 JR福山駅から福塩線で約30分。戸手駅の近くに古いミシンを使用したビンテージジーンズの製作で知られる縫製会社NSGの工場がある。2018年、NSG社長の名和史普さんら、地場産業の有志が「福山ファクトリーギルド」を組織して「福山デニム」を開発した。

工場に併設したショップでインタビューに応じてくれた名和さん(左)と、村上さん (WEDGE)

 広島県福山市は、生地、刺繍、縫製などデニムの関連産業は多いのに最終商品はなく、もっぱら「児島ジーンズ」で知られる岡山県のブランドや、海外の有名ブランドの下請けに甘んじていた。「自分たちの最終商品を持ちたい」という思いが開発の発端だった。

 「福山デニム」は、〝ジーンズマニア〟も納得する製法に加えて、履き心地も重視している。価格は1本2万~3万円。ジーンズの中では高級品だが、参加する企業に適正な利益を分配するための価格設定だ。当然、大量生産できるものではない。誕生から4年、コロナ禍を経て、商品価値をどのように高めているのか話を聞いた。

ショップの外観(WEDGE)

 00年に入って、NSGの工場には、新たにショップが併設された。「ファクトリーツーリズム」の拠点となることを狙ったものだ。名和さんが言う。

 「単純にモノを買うことに消費者は飽きていると思います。そのため、買うという行為にも価値をつけたいと考えていました。例えば、『福山デニム』の生産工程にかかわる、生地、刺繍、縫製などの各工場を回ってもらい、買いたいと思った人にデニムを購入してもらう。そんな『ファクトリーツーリズム』のようなことが実現できたらと思っていました」

 NSGの工場には「ユニオンスペシャル」の今では生産されていない米国製の古いミシンがある。このミシンで縫製することで、ビンテージジーンズの風合いを出すなどの工夫を凝らし、マニアも唸らせるだけの「こだわり」を生み出している。そんな現場を訪れた人に見てもらうことで「買う」という行為に「好奇心」や「楽しみ」を付け加えることができる。

 だが、新型コロナウイルスの流行で、「ファクトリーツーリズム」は、当初の目論見通りにはいかなかった。それでも、ホームページなどを見た人から問い合わせが、月に数件程度、直接届くようになったという。

 「当初は、こだわりやローカルブランドであることを高く評価してもらえました。『福山デニム』を販売する福山駅前のセレクトショップ『ホルスワークス』には、新幹線を降りたお客さんがわざわざ、足を運んでくれることもあったそうです」

 1回あたりの生産ロット数が多くないこともあるが、完売も続出した。1店舗で10日の間に25本売れることもあったそうで、「在庫があればもっと売れていたかもしれません」と振り返る。

 だが、それだけでは限界があった。

 「しばらくすると(販売は)伸び悩むようになりました。『ただ単に自分たちのつくりたいものだけをつくって売る』ということの限界を知りました。縫製だけやっているときは、〝つくる〟ことだけに全精力を注いできました。しかし、メーカー(アパレルブランド)の視点に立ってみると、企画やデザインというものが、つくること以上に大事なんだと分かってきました」

デニム以外の商品も充実させた(WEDGE)

 そこで乗り出したのが、ジーンズ以外の商品開発だ。「デニムだけだと購買層が限られてしまいます。『デニムに合う』というコンセプトで、シャツ、パーカなど商品展開を広げました」。

 結果として、1万9800円のシャツが完売したり、地元以外の卸先を増やしたりすることに成功した。

 「わざわざ福山までファクトリーツーリズムに来てくれるような人には、〝モノづくり〟のこだわりを徹底してアピールし、一般層向けには企画、デザインをアピールします。結果としてファクトリーブランドだったと知って、『それならそちらのほうがいいね』と、思ってもらえるようにしたいですね」

適正価格を構築するための
パートナーシップ

 名和さんは「何でも人に任せることが嫌い」だという。「カタログをつくるのも、写真を撮るのも全部自分でやってみます。外部のプロに任せたほうが、当然クオリティーは高いのですが、それでは分からないこと、見えてこないものがあります。トライ&エラーといえば聞こえはいいですが、実際はエラーが多いです」と笑う。

 メーカーと縫製業者は発注者と下請けの関係だ。メーカーは「少しでも安く」製造したいが、縫製側からすると「それではコストが合わない」となる。

 「発注者と下請けの間に真のパートナーシップがないため、立場の弱い下請けにしわ寄せがきます。ただ、実際に自ら最終商品をつくるようになると、売れるかどうか分からなくても、リスクをとって発注するメーカーの思いも理解できるようになりました」

 互いに相手のほうが「取り分を多くしようとしているのでは?」と、疑心暗鬼になるのではなく、コミュニケーションをとって、お互いの従業員に無理を強いるようなことはしない。「適正コスト」を出し、それを消費者にもきちんと伝える。これが「適正価格」を構築していくための土台になる。価格勝負ではない、新しいブランドを育てていくには、ステークホルダーとの信頼関係も欠かせないということだ。

 新しいメンバーも迎え入れた。福山市出身で、カナダ・トロントで美容関連の仕事をしていた経験を持つ村上裕梨さんだ。「地域の企業として発信を続けていることが魅力でした」という。その先には、海外展開も見据える。「福山デニム」の取り組みは始まったばかりだ。「小さく生んで、大きく育てる」ことこそ成功への道だろう。地方発の「ブランド」構築に向けて、名和さんの試行錯誤は続く。

出典:Wedge 2022年11月号

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