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基礎研究に巨費を投じる米国 進む軍学連携と人材多様化|【特集】歪んだ戦後日本の安保観 改革するなら今しかない[PART05]

防衛費倍増の前にすべきこと

安全保障と言えば、真っ先に「軍事」を思い浮かべる人が多いであろう。
だが本来は「国を守る」という考え方で、想定し得るさまざまな脅威にいかに対峙するかを指す。
日本人が長年抱いてきた「安全保障観」を、今、見つめ直してみよう。

米国では大学の基礎研究予算のうち出所の4割を軍が占め、しかも米国が誇る名門大学は多くが民間の私立だ。それでも高度な軍事研究を行えるのは、「セキュリティ・クリアランス」という明確なルールが存在するからだ。

文・冷泉彰彦(Akihiko Reizei)
作家・ジャーナリスト
米プリンストン日本語学校高等部主任。東京大学文学部卒、米コロンビア大学大学院修士。福武書店(現・ベネッセコーポレーション)人事部課長補佐、海外事業部課長などを歴任。著書に『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など多数。


 米国の国防費において、研究開発の予算は際立っている。2021年の国防費総額は約8000億㌦(国内総生産〈GDP〉の3.5%、約100兆円)であるが、そのうち約12.5%という巨額の予算が、研究開発に投じられている。正確に言えば、R&D(研究と開発)だけでなく、これにT&E(テストと評価)を加えたR&DTEが1つの予算枠となっている。その総額は実に1000億㌦(13.5兆円)に達する。

 一方で、米国の大学における研究開発予算は、およそ年額で800億㌦と言われている。防衛費におけるR&DTEの総額が1000億㌦だとして、その一部は独立系の研究機関や営利企業の研究費に回るわけで、大学に行くのは800億㌦程度である。ということは、大学における研究の総予算において大学の資金調達が800億㌦であるから、これとほぼ同額の軍学共同研究の予算が800億㌦加わり、これに国立衛生研究所(NIH)が用意する医薬系の外部委託研究予算300億㌦が加算されて、さらに営利企業との産学連携が加わるという構図だ。

 大学における基礎研究予算については、これらを合計した総額のスケール(2000億㌦程度、約27兆円)も大きいが、その中ではやはり4割前後を占める軍からの委託研究の存在感は大きい。メディアなどでは、よく「大学の研究予算の半分は軍から来る」という表現がされることがある。多少誇張ではあるが、全く的外れでもない。

MITの研究費出資元でも
国防総省は大きな存在感を誇る

(出所)MIT Briefing Book 2019を基にウェッジ作成 
(注)為替レートは7月1日時点

円滑な軍事研究を可能にする
セキュリティ・クリアランス

 軍からの委託研究を進める際には、軍事機密の扱いが問題となる。しかも、米国の総合大学の多くは私立であり、独立した民間の機関である。とりわけアイビーリーグ(東海岸の有名私立大学)の8校にスタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)を加えたトップ10校、そしてさらにそれ以上の評価のあるカルテック(カリフォルニア工科大学)を含めた11校はすべて私立大学だ。民間へ軍事研究の委託がされるのだから、管理が緩ければ重要な軍事機密が漏洩する。反対に、管理が厳し過ぎれば民間ベースでの研究を阻害しかねない。

マサチューセッツ工科大学(MIT)は、第二次世界大戦中のレーダー開発で躍進した歴史を持つ (BLOOMBERG/GETTYIMAGES)

 そこで重要になってくるのが「セキュリティ・クリアランス」という制度である。これは機密情報を取り扱う適格性の審査を行う国の制度であり、米国の各大学ではこの制度を運用することで、軍民の協力をスムーズにしている。セキュリティ・クリアランスというと、スパイ映画や戦争映画に出てくる文民に対する機密情報の解除というイメージがある。間違いではないが、正確ではない。具体的には3種類のクリアランス(適格性の承認)がある。

 1つ目は、人物に対するクリアランスである。国家における機密事項を扱っても構わない人物であるか、またどの段階までアクセスを許すかを審査する。2つ目は、組織や施設に関するクリアランスである。大学や学部単位、あるいは研究所や建物の単位で、機密事項を管理できる体制があるかを審査する。3つ目は成果物に関するクリアランスである。研究の成果物について、国家の軍事機密に属するかを検討して、審査結果次第では、極秘扱いにする場合もあれば、場合によっては民間での活用を許可するというものだ。

 これは軍が予算とともに研究プロジェクトを囲い込んで、民間の人材を使うだけではない。

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