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人の感覚をデータが裏付け AIで変わる水道老朽化対策|【特集】漂流する行政デジタル化 こうすれば変えられる[PART4-2]

コロナ禍を契機に社会のデジタルシフトが加速した。だが今や、その流れに取り残されつつあるのが行政だ。国の政策、デジタル庁、そして自治体のDXはどこに向かうべきか。デジタルが変える地域の未来。その具体的な〝絵〟を見せることが第一歩だ。

AIによって劣化状況を予測している兵庫県朝来市。人とデジタルとが補い合う新たな関係性がそこにあった。

文・編集部(梶田美有)


 高度経済成長期に整備されたインフラの老朽化が進んでいる。とりわけ、水道事業はわれわれの生活に欠かせないインフラの一つだが、老朽化による水道管の破損事故などが全国各地で相次いでいる。

 厚生労働省は2018年、水道法を改正し、市町村によって運営されている水道事業について、都道府県を旗振り役とした広域連携を推進する方向へと舵を切った。だが、水道事業は各市町村によってバラバラに運営されており、設備の老朽化度合いや水道料金も異なるなど、広域化には課題が多い。

 そうした中、積極的に広域化に取り組む自治体がある。兵庫県だ。

 市町村の水道事業を広域化するには、浄水場や水道管などの施設基盤の情報や運営システムの共有化は必須である。

 だが、当時の市町村では、その前に解決すべき課題が山積していた。「小規模な市町村では、浄水場や水道管などの施設情報の管理は紙ベースだ。市町村ごとに運営のシステムも異なっており、当初は何から手を付けるべきか頭を抱えることばかりだった」

 そう語るのは兵庫県が進める広域化の中心人物である、同県生活衛生課水道企画参事(当時)の芳中正明氏だ。

 芳中氏はまず、小規模市町村が水道を維持できるよう、基盤情報のデジタル化や効率的な水道管更新の検討から着手した。そんな時に偶然知ったのが米国に本社を置くスタートアップ企業の「フラクタ」だった。同社は、水道管の劣化状態をAIによって診断するオンラインツールを提供しており、日本では愛知県豊田市や福島県会津若松市をはじめ、30の事業体で導入実績がある(22年3月時点)。そのうち7つは兵庫県の事業体で全国最多だが、芳中氏がフラクタのシステムを提案した当初、市町村からは「職員は日々の業務に忙殺されており、新しいことには手が付けられない」「わけのわからないアメリカの会社が作ったソフトなんか信用できない」といった反応ばかりだったと芳中氏は笑う。

 そのような中でフラクタのシステムを県内で初めて本格導入したのが朝来あさご市だ。その背景には何があったのか。

朝来市では水道管の劣化状況をAIを用いて予測している (ASAGO CITY OFFICE)

人の感覚と一致した
AIによる劣化予測

 兵庫県北中部にある朝来市は約1万3500戸、3万人への給水を担う。市で管理する水道管の総延長は約420㌔メートルに及ぶが、システム導入時、上下水道課の職員はたった4人だった。

 水道管の法定耐用年数は40年である。朝来市の水道管は1990年代に敷設が進んだため、法定耐用年数を超えるものは多くないが、それでも漏水は年間30件程度発生していた。同課の小谷康人課長は「敷設からの経年数を基準とした場合、今後、多くの水道管が一斉に更新時期を迎えることになる。現体制でそれに対応するには限界がある」と危機感を募らせていた。

 水道管の劣化には管の材質や土壌の性質、交通量の多さなど、さまざまな要因が関係しており、管によっては法定耐用年数を超えても使用できるものが多くある。そのため、劣化度合を考慮せず、単に古い順に更新を進めることは、まだ使用可能な水道管の取り換えに費用をかけることになり、財政面での負担も大きくなってしまう。

 だが、「地中にある水道管は状態が分からない。結局、経年数で更新の計画を立てるしかないと考えていた」と小谷氏は語る。

 職員の間ではこれまでの漏水経験などから劣化しやすい水道管のおおよその見当はついていたというが、そうした〝暗黙知〟を言語化するのは難しい。加えて、上水道管路の補修にかかる費用は利用者が支払う水道料金から賄われている。そうした財源のもと、職員の感覚を根拠とした更新計画を立てることは現実的ではなかった。

 このような状況の中、職員の感覚をデータによって実証してくれたのがフラクタのAIだった。同社のシステムは、事業体が持つ水道管に関するデータ(配管素材・使用年数・過去の漏水履歴など)と、同社が独自に収集した1000以上の膨大な環境データ(土壌・気候・人口など)を組み合わせて、水道管ごとの破損確率を解析し、その破損確率のレベルによって色分けされたデータを地図上に表示する。

水道管ごとの劣化予測結果に応じて
地図上に色分けして表示される

(出所)フラクタ提供のサンプル資料を基にウェッジ作成

 この「AIによる劣化予測」に、朝来市の職員たちも当初は懐疑的だったという。「われわれの技術を信頼してもらうには有効性を実感してもらうことが重要」というフラクタの前方大輔氏は、予測の仕組みを解説することに加え、実際に試行検証することにより、その精度を示した。

 効果は明確だった。破損確率が高いと診断された水道管と、過去に朝来市で発生した漏水実績の約半数が一致したのである。さらに、「水道管データの色分けが驚くほど職員の感覚と一致していた。そこから職員の目の色が明らかに変わった」と小谷氏は話す。同市は20年にシステムの導入を決定し、翌年に過去の漏水実績などを学習させた「朝来市専用モデル」をフラクタとともに開発した。

 今年度から劣化予測を反映した更新を進めているため、費用対効果を測れるのはこれからだが、「漏水が抑制できれば、修繕費の削減や職員の負担軽減につながる。市民に安全な水を安定して届けるという使命を果たすことにも直結する」と小谷氏は話す。さらに、同課では破損確率の色分けデータを全職員に共有している。他部署と連携し、水道管の更新を他の工事と同時期に実施することで、道路の掘削・舗装にかかる費用も削減可能になるという。

経験や知識の埋没を防ぐ
人とデジタルの新たな関係性

 地域経済を専門とする大和総研主任研究員の鈴木文彦氏は「地方の自治体において、職員の高齢化や担い手不足は今後避けられない課題だ。一方で水道を含め、インフラ業界では技術力は個人に帰属し、経験年数に比例して向上する傾向にある。事故事例のデータベース化など、デジタルの力を借りることで個人の知見を全体の財産として昇華できる」と指摘する。

 事実、朝来市上下水道課で最も若い宮崎省吾氏は「先輩職員の経験がデータによって可視化されたことで、経験年数の浅い自分も先輩と同じようなレベルで業務に取り組むことができるようになった」とその効果を実感する。

 行政サービスにおいてもベテラン職員の暗黙知の継承は不可欠だ。その貴重な財産を次世代に継承するためにデジタルの力をフル活用する──。

 足元を見つめれば、ピンチをチャンスに変えられる隠れた業務がたくさん眠っているのかもしれない。

※イラストレーション=藤田 翔

出典:Wedge 2022年9月号

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