見出し画像

カンヌライオンズに見る世界の広告の文法③ -なぜ日本の広告は世界で評価されないのか-

みなさんこんにちは。
マーケティングディレクター兼データサイエンティストのtohari.です。
いよいよ今回は「カンヌライオンズに見る世界の広告の文法」の最終回です。
前回までのブログで、2022年以前の10年間程度のカンヌライオンズの世界の話題作をお届けしましたが、今回はそれら作品を踏まえながら、世界の広告の文法とはどのようなものか?なぜ日本の広告は世界で評価されないのかについて考えていきたいと思います。
少し重い内容になってしまいましたが、最後までご覧いただけたら嬉しいです。
tohari.のプロフィールサイトはこちら


世界の文法を読み解くポイント①


第1回目でも紹介しましたが、2022年のカンヌライオンズでは以下のテーマが挙げられています。

  • Sustainability

  • Diversity, Equity, Inclusion(DE&I)

  • Data and Technology

  • Brand Creativity and Effectiveness

  • Talent(人材)

  • Business Transformation(業界変化)

これに対しカンヌライオンズ会長のフィリップ・トーマス氏は、「”企業のパーパス(存在意義)”や”持続可能性(サステナビリティ)”が今大会の大きなテーマとなる」とし、「ブランドは自らのパーパス(企業の社会的存在意義)を伝えるためのコミュニケーションを行うこと、またビジネスをサステナブルにしていくことが重要になる」と包括して答えています。
 
この発言は決して2022年の単年度だけの傾向ではありません。
①②でご紹介したここ10年間の話題作を見てもお感じいただけるように、各施策を読み解く際のキーワードは、2010年代からのトレンドを反映する「パーパス」「ソーシャル・グッド」にあるといえます。
 
加えて、世界で評価されるにはそうしたテーマ感だけでなく、それらメッセージを印象深く伝えるための表現技術が備わっていることも重要です。
なぜならそうした社会性ある活動は、例えそれが正論であったとしてもそれだけでは響かないからです。


世界の文法を読み解くポイント②


ここでもう1つ現代の広告を読み解くポイントとして、株式会社ライトパブリシティ(www.lightpublicity.co.jp)の代表である杉山恒太郎さんの言葉がとても印象深いのでご紹介します。

杉山恒太郎さんは電通出身で、カンヌライオンズの審査員も3回ご経験された日本を代表されるクリエイターでもあります。杉山さんが初めてカンヌライオンズの審査員を務めたのは2007年だったそうですが、各国からエントリーされたCMをシアターで上映する際、当時はまだブーイングカルチャーが残っていて、日本のCMに対しブーイングされたり、足を踏みならされたりしているシーンを何度も目の当たりにし、日本の広告がいかに本流から離れているかを思い知らされたそうです。

加えて、日本の広告は決して劣っているというわけではなく、独自の進化の中で「枝葉はよく繁っているけど、幹がない」状態になってしまったとおっしゃられています。

何か今の日本社会全体に通じるような話だなぁと感じます。
 
そんな杉山さんが日本の広告のこれからについて3つのポイントを挙げています。

  1. 現代の広告にパブリックの視点は欠かせない

  2. 広告の役割が課題解決から問題提起に変わってきている

  3. もう1つ大切なのは創業者の視点

1つ目の「現代の広告にパブリックの視点は欠かせない」については、まさにカンヌライオンズのフィリップ・トーマス会長の言葉と重なります。

現代はトレンド形成の主役がマスメディアからインターネットに変わる中で広告自体の存在意義も見えづらくなっていると思います。杉山さんはそんな広告の存在価値を回復させるには「広告に社会性が必要」ということを述べているわけです。
まさにモノ溢れ、情報溢れの時代に、売らんがなの広告は見向きもされない、といったことだと思います。

 
2つ目の「広告の役割が問題提起に変わってきている」という点もとても印象深いです。

広告は基本的に「問題解決」にあるわけです。「この商品はとても便利です」「このサービスを使えば生活がもっと楽になります」などです。
ですが、これまでご紹介したカンヌライオンズの作品たちはどれも「問題解決」ではなく、「問題提起」という点でとてもインパクトがあります。

例えば、UNILEVER(DOVE)が2020年に行った「COURAGE IS BEAUTIFUL」では、パンデミックと戦う世界各国の医療従事者たちのポートレイト写真をキービジュアルに、DOVEの持つ「REAL BEAUTY」というコンセプトを重ね合わせ、そこで戦う医療従事者たちを称え応援するキャンペーンになっていました。DOVE自体が何か問題解決をしているわけではなく、医療従事者たちの過酷な労働環境をフィーチャーし、彼らを守る(または勇気づける)社会風潮づくりにチャレンジしたわけです。

他にも、2015年にP&G(ALWAYS)が行った「LIKE A GIRL」では、「ルールを書き換える」というALWAYSのブランドメッセージと重ね合わせながら、「女の子らしく」という言葉について人々に考えさせ、これからの社会に必要な意識変化を訴えています。

2022年の最大の話題作であったアメリカのニュースメディアVICE World Newsによる「The Unfiltered History Tour」では、大英博物館に飾られた貴重な展示物を見る人たちに対して、その展示物の本来あるべき場所や正しい歴史を伝え、「正しく文化を守る」ということへのメッセージを伝えています。

どれも「パーパス」や「ソーシャルグッド」をベースにそのブランドならではの問題提起を通じて社会へ貢献し、商品やサービスのファン作りに繋げていく試みになっています。
 

3つ目の「創業者の視点」については、杉山さんは「今はもう1度創業者の視点に立ちかえることが必要。その上で、もう1回ゼロイチから作り直さないといけない時代」と述べています。

今の日本の大企業の多くは、戦後に設立され、高度経済成長期にとともに拡大してきています。
そこには、私たちの大先輩である素晴らしい創業者の皆様の「戦後の貧しい生活をより良くしよう」という強い思いがあったのだと思います。

ですが、今は経営者も代変わりし、また社会もずいぶん豊かになり、企業は目的を失いつつあるように感じます。杉山さんはそのような現状を捉えて、創業者の視点に立ちかえること、もう1回ゼロイチから作り直す必要をおっしゃっていると感じます。

それがないとそのブランドの「パーパス」や「ソーシャルグッド」が見出せない、ということだと思います。
 
 

世界の広告の文法とは


昨今のカンヌライオンズのテーマや杉山恒太郎さんのお話を踏まえると、今の世界の広告の文法とはこのようにまとめることができると思います。



ここには、問題解決の「説得」から問題提起=大切な何かを「考えさせる」という、広告の役割の大きな転換が存在しています。と同時に、「社会=世界」という視点も重要になるかと思います。
 
 
 

日本の広告に欠けているもの


1つ印象に残った事例があったので、共有させていただきます。
 
タイトル:Designing Tokyo
広告主:森ビル
年度:2020年
受賞:Film Craft部門 ブロンズ


この作品は60年に渡り東京を俯瞰し街づくりを続けてきた、森ビルのブランドムービーで、2020年のカンヌライオンズFilm部門でブロンズを獲得しています。
数々のプロジェクトが育んできた文化や街並みを鮮やかに蘇らせ、その時代を象徴する人物を当時の姿で描きながら、都市の変遷を振り返ります。
その映像は本当に美しく印象的で、一見するととても良い作品のようにも思います。
 
ですが、この映像からは残念ながら森ビルがこれまでと同じようにこれからも東京を支える存在なってくれるような期待を感じることはできませんでした。
 
この映像にはブランドによる問題解決の歴史(高度経済成長を支えてきた)が描かれていて、これはこれで確かにすごいことだと思います。
 
ですが、上でも述べたように、今はもう1回、ゼロイチから作り直さないといけない時代だとするなら、過去から延長線にこれからはないですので、新しいビジョンが必要なわけです。
そのビジョンとはいわゆる文明的発展ではなく、文化的発展につながるものです。
 
そしてこのブランドムービーには、そこが描かれていない。

つまり単に、これまでの実績があるからこれからも・・・、というメッセージでは、逆に時代感が見えていない印象さえも感じてしまうのです。
 
映像・表現技術は確かにすごいです。でもそれだけでは杉山さんの言葉を借りるなら、「枝葉は良く繁っているけど幹がない」印象です。

この作品がブロンズ止まりでグランプリまで届かなかったのは、きっとそんなところにあるように感じました。
*森ビルさん、上からの物言いのようになってしまい、申し訳ございません。表現技術はとても素晴らしいとは思います。
 
日本にはこうした広告・作品がまだまだ多いです。それを世界で評価されるレベルに引き上げていくためには、クライアントはもちろんですが、我々マーケターやクリエイター自身もきちんとした思想や考えを持ち、時にはクライアントをリードする役割も果たしていく必要があると感じます。


 

まとめ


以上で、「カンヌライオンズに見る世界の広告の文法 – なぜ日本の広告は世界で評価されないのか」は終わりです。
少しは参考になる部分がありましたでしょうか?

最後は主観的な部分が強く出過ぎているかもしれませんが、そこはあくまで個人としての勝手な意見ですので、ご容赦いただければ幸いです。
 
ですが、カンヌライオンズは見るだけでも本当に勉強になりますし、ワクワクしますので、ぜひみなさまにももっと注目していただけたらと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?