カンヌライオンズに見る、世界の広告の文法② -なぜ日本の広告は世界で評価されないのか-
みなさんこんにちは。
マーケティングディレクター兼データサイエンティストのtohari.です。
今回は「カンヌライオンズに見る世界の広告の文法」の2回目です。
2021年以前のここ数年の世界の話題作を紹介していきます。
どれも素晴らしい作品ばかりですので、きっとみなさんのインスピレーションも刺激されるはずですし、単年だけではわからない世界のトレンドを感じることもできるはずです。
次回、世界の広告の文法とは何か、なぜ日本の広告は評価されないのかについて考察するための、今回はその前提情報になりますので、リラックスして素晴らしい世界の広告・作品の数々をお楽しみください。
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2021年以前の話題作
<作品1>
タイトル:#wombstories (子宮の物語)
広告主:Bodyform
年度:2021年
受賞:Film部門、Titanium部門、Film Craft部門、Health & Wellness部門 グランプリ
語られることがタブー視されて来た子宮について赤裸々に語り、4部門でグランプリを受賞した2021年の最大の話題作です。
この作品では、生理、妊娠、不妊、流産、閉経、疾病といった女性ならでの悩みに切り込み、インパクトある映像でその辛さへの社会理解の促進に努めたほか、ウエブやSNS上で活発な意見交換ができる場を用意したり、痛みを視覚的に伝える技術を用いて、認識や感覚に奥行きを持たせるビジュアル化を試みるなど、様々な活動を展開。
このキャンペーンの結果、同商品の市場シェアがイギリスでは8.1%、ロシアでは14.1%、デンマークでは9.9%上昇しています。
同商品の訴求は一切していないのにも関わらずです。
<作品2>
タイトル:YOU CAN’T STOP US
広告主:NIKE
年度:2021年
受賞:Film部門 グランプリ
この作品は、新型コロナのパンデミックによる練習場の閉鎖、試合の中止ーーどんな困難に直面しようと「私たちがひとつになれば、だれも私たちを止められない」というメッセージを伝えるものになっています。
実にNIKEらしいです。
陸上と水泳、野球とテニス、バレーとバスケなど画面を左右に分割し、世界トップクラスのアスリートたちの競技シーンをモンタージュ合成し、まるで両者が”一体”であるかのように表現した作品になっています。
合成映像を用いて、そのメッセージを実にエモーショナルに伝えています。
レブロン・ジェームズ、大坂なおみ、クリスティアーノ・ロナウドら53人のアスリートが出演し、ナレーターを務めるのは、米女子サーカー代表チームの主将・ミーガン・ラピノー。LGBTQ+や女性アスリートの権利向上の提言を積極的に行う”もの言うアスリート”としても知られています。
本当にかっこいいですし、勇気と元気の出る作品ですね。
<作品3>
タイトル:COURAGE IS BEAUTIFUL
広告主:UNILEVER(DOVE)
年度:2020年
受賞:Print & Publishing部門、Industry Craft部門 グランプリ
2020年春、パンデミックと戦う世界各国の医療従事者たちのポートレイト写真をキービジュアルに、DOVEは屋外広告などを活用したキャンペーンを展開しました。広告は主に、モデルとなった医療従事者が働く病院の近くに掲出されています。
防護服を着用したままの長時間勤務により、被写体の肌は荒れ、顔についたゴーグルの跡も痛々しい。ですがDOVEは、「その勇気が美しい」と称え、感謝の意を表しています。
DOVEはスキンケアや石鹸のブランド。長年、REAL BUATY(メークして同じような顔になるのではなく、その人自身が持っている本来の美しさを大切にしよう)というコンセプトを展開していて、今回の屋外広告はこれにも見事にフィットしています。大人数の医療従事者の写真ではなく、個人に焦点を当て、個人名を入れたアプローチも力がありました。
<作品4>
タイトル:Shatter Ads
広告主:Heineken
年度:2021年
受賞:Outdoor部門グランプリ
コロナ禍でロックダウンされ、閉店を余儀なくされたバーやレストランを応援しようと、ハイネケンは通常のアウトドアのメディア費を削減し、その資金で多くのお店のシャッターに広告を載せ、お店に対してその掲載料を支払う取り組みを展開しました。
広告にはハイネケンからのメッセージとして、例えば、「See this ad today, enjoy this bar tomorrow.(今日はこの広告を見て、明日はこのバーで楽しもう)」といったコピーが書かれています。
特別な技術なども必要なく、まさにアイデア1つで実現させたようなキャンペーンで、その思想、設計の素晴らしさは「見事」の一言に尽きます。
ハイネケンと飲食店との関係もさらに良くなったと思いますし、ブランドファンも大きく増えたのではないでしょうか。
2021年度のカンヌライオンズ(リモート開催)は、その前年2020年はコロナの関係で完全中止となったため、2020年、2021年の2カ年まとめての広告祭となりました。
また時節柄、新型コロナ関係の広告キャンペーンが非常に多く見受けられた年でもありました。
ここからはさらに年度を遡ります。
<作品5>
タイトル:Go Back To Africa
広告主:Black & Abroad
年度:2019年
受賞:Creative data部門 グランプリ
Black&Abroadは、カナダの黒人コミュニティのためのトラベルサイトです。
アフリカ系移民の多い北米では、平均3分間に1度、「アフリカに帰れ」と心ない人種差別発言がSNSに書き込まれていました。それを逆手に取り、誰かが"Go back to Africa"と書き込む度に、アフリカの美しい観光写真と黒人系登場人物の写真でAIがレスポンス。観光写真と言えば白人系の人物が多いイメージを変えていくという意味合いも含まれています。人種差別の憎しみの場を新たなアフリカの魅力を伝える場にすり替えたものになっています。
<作品6>
タイトル:Air Max Graffiti Stores
広告主:NIKE
受賞:Media部門 グランプリ
年度:2019年
当時ブラジルのサンパウロ市では、公共物へのグラフィティアートへの規制が強まっていました。そこで、既に認められているグラフィティ・アーティストたちの絵のキャラクターたちの足に新作のAir Maxを履かせ、そこからそのシューズを購入できるしくみに。ウェブサイトへのアクセスは22%、Air Maxの売上は32%アップした。デジタルとアナログの両面からのアプローチも評価されました。
<作品7>
タイトル:REAL BEAUTY SKETCHES
広告主:UNILEVER(DOVE)
年度:2013年
元FBIの似顔絵師を招き、あるルールでさまざまな女性の似顔絵を描いてもらう社会実験が行われました。
その実験とは、似顔絵師に女性を見ずに2つの似顔絵を描いてもらうというもので、1つはその女性本人から聞いた自分の特徴をもとに起こす似顔絵で、もう1つはその女性を知る別の女性からその女性の特徴を聞いて似顔絵に起こす実験です。
この実験は多くの女性に共通したある心理を浮き彫りにすることに成功しており、「自分の考える自分の美しさ」と「他人から見た自分の美しさ」。同じ人物であるはずなのに、大きく違っていました。
この作品は短期間にSNSで爆発的な共感を生んでいます。
「Real Beauty」を追求するDOVEらしい素晴らしいキャンペーンであり、企業が自社ブランドを客観的に語る「コンテンツ・マーケティング」の代表的な成功事例とも言えます。
<作品8>
タイトル:#LIKE A GIRL
広告主:P&G
年度:2015年
#LikeAGirlはP&Gの生理用品「オールウェイズ」のキャンペーンです。
ドキュメンタリー映像作家のローレン・グリーンフィールドと組み、社会実験動画を制作し、その中でさまざまな年代の人々が、「女の子らしく」という言葉をどのように解釈するか映像を通して表現しています。
ビデオは多くの人に視聴され、「女の子らしく」という言葉について人々に考えさせ、少女たちの意識を変化させ、「ルールを書き換える」というALWAYSのブランドメッセージの伝達に成功しています。
この作品も1つ前で紹介したDOVEの「REAL BEAUTY SKETCHES」と同様にこれまでの既成概念に疑問を唱える(問題提起する)作品になっており、筆者も大好きな作品の1つです。
<作品9>
タイトル:WIMPY BRAILLE BURGER
広告主:WIMPY
年度:2012年
WIMPYは、南アフリカでチェーン展開するハンバーガーショップです。
同社は全店舗で、目の不自由な人のために点字メニューを用意しており、このことを南アに120万人いる視覚障がい者に効果的に伝えるコミュニケーションとして考え出されたのが、“Braille Burger”でした。
同社は、通常のTVや新聞での広告ではなし得ないことを、たった15個のハンバーガーを作り、3つの主要な視覚障がい者団体に紹介する、というコミュニケーションのみで成し遂げています。
<作品10>
タイトル:THE DNA JOURNEY
広告主:MOMONDO
年度:2017年
デンマーク発祥の旅行検索サイト・モモンド(Momondo)は、人々に新たな旅行先を想起させるひとつのアイデア、「自分自身のルーツを探る旅」をキャンペーンとして展開。
このキャンペーンの背景にあるものは、大陸部では長い歴史の中で移住が繰り返され、多くの血が交雑し得るという事実です。
ここでは、人々のDNAから自身が思ってもいなかった土地との関係性を明らかにし、想定外の旅先への関心を喚起するというものになっています。
この施策によって、自身の複雑なルーツを知り人々は人種を超えてお互いが尊重し合える気持ちを副次的に育むことができるようになったのではないでしょうか。
最後に、これまでの骨太な社会テーマを持った作品とは少しだけ趣を異にするものですが、そのコミュニケーションのうまさがとても秀逸なので、追加でもう1つご紹介します。
<作品11>
タイトル:Love freebies? Get them legally.
広告主:Harvey Nichols
年度:2016年
Harvey Nicholsはイギリスのデパートです。
万引き防止の啓発と、ポイントが貯まるアプリのPRとしてこの動画が制作されました。
店内での万引きの瞬間を捉えた本物の防犯カメラの映像を用いて、出来事を印象的かつユーモアを持って伝えています。
実際にあるスーパーが万引き防止策として店内の様々な場所に鏡を設置し、万引犯が万引きをする姿を自分で見れるようにしたところ、万引き件数が大幅に減ったという事例がありますが、この動画のアイデアはその事例にも通じており(万引犯に「万引きは犯罪です」と言っても効果は低い)、また「アプリを使うとポイントが貯まるので、無料が好きならアプリをどうぞ。」という自社サービスのPRとも非常にうまく繋がっています。今の時代感ともマッチした素晴らしいクリエイティブですね。
本記事のまとめ
さて、いかがでしたでしょうか。
おおよそ10年くらいの作品の中からいくつか拾ってきました。
もちろんここ最近の受賞作の特徴がこのような傾向1つで収まるわけではないのですが、間違いなく大きなトレンドの1つを形成しています。
本記事はここまでです。
続きは、いよいよこのような作品から世界の広告の文法とはどのようなものか、また日本の作品はなぜ世界で評価されないのか、ついて考察していきます。
それでは次回も、お楽しみに。
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