お年よりと絵本をひらく 第11回 「絵本で異文化体験」中村柾子
きっかけは、お相撲さん
大相撲春場所の頃だったか、施設(デイサービス)のみなさんのあいだで、「今場所は誰が優勝するかな」と、力士の名前が取りざたされていました。なかに、「お相撲さんもいろいろな国の人がいるのね。モンゴルとか、ヨーロッパの人もいるみたい」と話す人も、います。
そんな会話を聞きながら、私は、モンゴルを舞台にした絵本を、思い浮かべていました。モンゴル出身のお相撲さんのことは知っていても、その国がどういう国なのか、あまり知られていないかもしれません。いまは、中国や韓国などアジアだけでも、いろいろな国と地域の絵本が出ています。絵本で異文化を紹介する、いい機会になるかもしれません。
遊牧民の暮らしにふれる
さっそく翌週、モンゴルと中国の絵本を、1冊ずつ持っていきました。
1冊めは『トヤのひっこし』です。前の週に話題になっていた力士の話や人口や面積など、簡単にこの国について話したあとで、「この絵本は、モンゴルの遊牧民の一家の物語です」と、紹介しました。
『トヤのひっこし』は、トヤという少年の目から見た、一家の引っ越しのお話です。遊牧民にとって住まいの条件は、その土地が家畜の飼育に適しているかどうかです。そこで、一家はより良い地を求め、旅を続けます。
旅は、決して順調ではありません。オオカミが家畜を襲いに来たり、嵐のような雨にあったりしながら、やっと、目指す草原にたどり着きました。
水も草も豊かな場所に到着したとき、物語を聞いているみなさんの顔が、ほっとしたように緩み、「冬はどうしているのかしら」「雨は少ないの?」「馬頭琴(ばとうきん)って、中国の二胡(にこ)に似てる」「この男の子も一人前の働き手ね」と、たてつづけに、遊牧民の暮らしへの関心が寄せられました。
「日本の昔話と、ちがうね」
もう1冊は、中国の少数民族、苗(ミャオ)族の民話『あかりの花』(現在品切れ)です。
山で働くトーリンという若者が、踏み倒されたユリの花を家に持ち帰ると、十五夜の晩、明かりの中から、美しい娘が生まれました。
二人は毎日、山で、仲睦まじく働いていました。ところが、暮らし向きがよくなると、トーリンは少しも働かず、すっかり怠け者になってしまいます。すると、満月の夜、娘は鳥の背中に乗り、飛び去ってしまいました。心を入れ替えたトーリンが、再び、もとのように山で働きはじめると、娘がまた戻ってくる、という話です。
読み終えるとAさんが、「(この前読んだ)『つるにょうぼう』に、ちょっと似てるわね」と、言いました。するとKさんが、「でも、日本の昔話とちがうね。日本の昔話は、いなくなってしまった、で終わるけど、これは、最後までちゃんと書いてある」
確かに、よく似ている昔話でも、国によって結末などが異なるものがあります。『つるにょうぼう』と比較するとは、なんて読みとりの深いことと、感心してしまいました。
モンゴルの絵本の日
2冊の絵本を読んだことで、モンゴルや中国への関心が深まったのか、もっと読みたいという要望が出て、翌週から、「モンゴルの絵本の日」、続いて、「中国の絵本の日」を設けることにしました。
「モンゴルの絵本の日」には、モンゴルの民族楽器である馬頭琴のいわれを描く『スーホの白い馬』と、壮大な歴史絵本『モンゴル大草原800年』の2冊を持っていきました。
チンギス・ハーンは源義経だったという説が昔あったとか、蒙古襲来(もうこしゅうらい)など日本との関係や、遊牧民は野菜を食べず干し肉や乳製品だけを食べること。その遊牧民も、近年は減る傾向で都市に住む人々が増えていることなど、あちこちにとぶ話題で、にぎやかでした。
「昔読んでいたらなあ」
「中国の絵本の日」には、『桃源郷ものがたり』と、『万里の長城』を、持っていきました。
「広い中国ですもの、桃源郷は本当にあるわよ」と、Aさん。
『万里の長城』は、とても長い話なので、要所要所しか読めませんでしたが、長い歴史を振り返ると、Kさんがぽつりと言いました。
「こんな大きな国に、日本は馬鹿なことをしたもんだね」
そして、「こういう絵本を、昔読んでいたらなあ」と、つぶやいていました。
これ以降、「スリランカの絵本の日」「韓国の絵本の日」も、何度かして楽しみました。
日頃のちょっとした会話にも、物語への入り口が開かれているものですね。絵本を選ぶヒントを一つ、教えられました。
著者プロフィール
中村柾子(なかむら・まさこ)
1944年、東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業。
10年間幼稚園に勤務後、保育士として26年間保育園で仕事をする。退職後、青山学院女子短期大学、立教女学院短期大学などで非常勤講師を務める。
著書に評論『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)がある。
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