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【FVP政治観察記】(第9回)【100文字解説】「スギ林を全滅させて花粉症をなくす」 を考える

【かわら】


始めに、

※この記事は「スギを壊滅させるという行為」について中立的な立場から考察を行っていくものです。あくまでも中立です。

記事が5600文字あるので、先にまとめ(要約)を載せます。まとめだけでも読んで帰ってください。気になるポイントがあれば、1~4節をお読みください。

5 まとめ(100字要約×4)


①日本の森林面積は国土の3/4と言われる。1950年代から行われた拡大造林政策により、全国各地の広葉樹林が針葉樹人工林に置き換えられた。現在は森林面積の40%にあたる1000万haが人工林となっている。

②そして、国産材の需要低下などにより人工林の多くは管理が不十分である。これでは土砂災害の増加、生物多様性の減少が起こる。なにより日本は世界的に見ても森林資源が豊富なのに、それをうまく活用できていない。

③スギ・ヒノキ林など、樹齢や樹種が単一の林を単層林というが、これは森林構造上問題がある。なので、「スギを減らす」という行為自体はおかしなことではない。徐々に部分的にスギ・ヒノキを(本来生息しているはずの)広葉樹に置き換える「複層林施業」が②の解決策として注目されている。

④複層林施業をするにしても、生物が関わる政策では、その生物のライフスパンを考える必要がある。そして、拡大造林政策のように社会的・生物学的に不可逆的・修正不可能な政策にならないように尽力すべきである。



0 導入

 こんにちは。今回は春に猛威を振るう花粉、とくにスギやヒノキにフォーカスしていこうと思います。日本には花粉症の原因物質となりうる花粉をだす植物が数十種類存在するといわれています。そのなかでも、スギ花粉症をもっているひとは全体の4分の1にあたるという研究結果も報告されています。

「どうにかしたい。スギ花粉はスギのおしべから出ているので、スギ自体を日本中から消してしまえば!」という考えを持った方はかなりいると思います。

と言うことで今回は、

  • なぜ日本の山はよりによってスギ・ヒノキ林ばかりなのか?

  • それらを根こそぎ取り払ったらだめなのか?

  • そういった国民の意見を行政に反映させるには?

を軸にして日本の森林問題・行政について迫っていこうと思います。

1 なぜ日本はスギ・ヒノキ林ばかりなのか?

答え:「拡大造林政策」

ずばり「拡大造林政策」がキーワードになってきます。ここで、日本列島の森林の変化を「戦前」「戦後」「現在」に分けてざっくりを追っていきます。

◆1.1 戦前

 日本列島が形成されて人類が移住してくるまでの間、そこには当然原生林や湿地が広がっていました。いまでは原生林という名前を聞くのは山間部のみですが、当時は平野部にも気候や土壌の条件によって固有の植生が広がっていました。

 人類が活動を始めてからは、一部が農地や採集林になっていきます。奈良時代になると、大規模な木造建築技術の発達によって、木材の需要が増えます。加えて、墾田永年私財法に代表される開墾を推進する法によって森林が耕地へ変化していきました。中世から近代にかけては寺社や城の建設のため大量の木材が原生林から伐採されていきました。特に近畿では江戸時代になるとかなりの天然林の資源が枯渇していたようです。浮世絵をみると禿山だったり先駆種の赤松だけの山が多いですが、本当に山は伐採で荒れていたようです。

 明治期に入ると、より山奥まで鉄道や林道の整備が行われ、造林も盛んになりました。昭和初期にかけては、択伐を中心とし天然更新を生かした、天然林施業が行われていたという記述もあります。


◆1.2 戦後:拡大造林政策
~史上最大の林業政策~

 第二次世界大戦後は、戦後復興と経済成長のため森林伐採がさらにさらに活発になり、多くの樹木がいわば無差別的に伐採されていきました。戦前は乱伐といえども樹種を選ぶことが多かったのですが、今度は無差別的です。

 いよいよ1950年、登場したのが拡大造林政策です。これは、広葉樹の無差別的伐採が行われた場所にスギ・ヒノキ・カラマツなどの針葉樹を植樹するという政策です。史上最大の林業政策とも言われるこの政策、50~70年代にかけては毎年30万ha以上の植林が行われ、ピーク時には年間40万haを越えました。東京都の面積が21万haであることを考えると、とてつもない規模であることがわかります。


◆1.3 拡大造林政策の衰退

さて、1960年代にもなるとそんな拡大造林政策にも陰りが見え始めます。原因としては以下のようなものがあげられます。

  • 木材の輸入自由化や価格の低下による東南アジア材の増加

  • 木造建築物の減少による木材需要の減少

  • 自然保護・環境問題への意識向上


◆1.4 現状

拡大造林政策やそれまでの造林政策の結果として、日本の森林の2/5にあたる1000万haが針葉樹人工林になりました。そのうち4割に当たる400万haがわずか20年弱ほどの拡大造林政策による変化なのです。

日本は国土の3/4が森林と言われ、いわゆる先進国の中でも北欧諸国に次いで高い森林率を誇っています。ただ、人工林の割合も40%と非常に高いと言えます(参考:世界の森林に占める人工林の割合は7%ほど)。

また、拡大造林政策の全盛期1960年には90%を越えていた木材自給率は、現在35%にまで落ち込んでいます。つまり、日本の林業は全体的には衰退の傾向にあります。その結果、手入れが行き届いておらず、風倒や土砂災害の被害拡大が問題となっているというわけです。


2 拡大造林政策はどうして「失敗」か

◆2.1 今の人工林の問題点

さて、景観や花粉だけでなく、現在の日本の針葉樹人工林には様々な問題が伴っています。すなわち、林野庁が打ち出した拡大造林政策は失敗として語られることが多いのです。

 日本では、すでに本来の植生は失われた状態で、そこに針葉樹人工林があるわけですが、ここまでくると、手入れをしない方が問題と言われるようになりました。人工林の手入れは、よく知られる間伐だけでなく、下刈りや枝打ちなどの作業により、地表面に光を到達させる工程を含みます。この手入れがいかに大切かを少しだけ述べて行きたいと思います。

人工林の管理、干ばつや下刈り・枝打ちが行き届かなくなると第一に「水源涵養機能」が低下します。すなわち、管理によって維持されていた下草などの低層植生が丸ごとなくなることで、土壌に直接雨滴が達して団粒構造が崩れるのです。それによる地中や川の生物多様性の減少など、被害は計り知れません。また管理がないと、細長くまっすぐな材を固定するための丈夫で広域の根が張り巡らされません。


つまり、十分に管理が行き届いていない森林では、土壌構造が貧弱になり生物多様性が減少するだけでなく、丈夫で周囲に張り巡らされた根が少なく、風によわく、土砂災害の影響を受けやすくなるのです。


◆2.2 「失敗」の背景

結果としては「失敗」といわれる拡大造林政策ですが、1950年の政策決定が追及されるべきかと言われるとそこは難しい点です。これには、「森林が長期間にわたって変化していく」対象であるということが関係しています。

とにかくそこらじゅうが焼け野原で、「戦後復興・経済回復」と叫ばれた1950年代に何十年も先のことを考える余裕があったのでしょうか。そして、一斉に植林したスギやヒノキの林が十分に育って、ちょうど間伐等が必要な樹齢に達した90年代~現在、林業の担い手が減少しています。

林業をはじめ、生物がかかわる政策決定を行うには、その生物のライフサイクルを理解し、それに合わせて何十年も先の状況まで気を配るのが"理想"となります。ただ、高すぎる理想なので、せめて途中で修正が効くような可逆的な政策にしていくべきだと思います。


3 スギ林を壊滅させるということ

◆3.1 スギだけはたしかによくない

「スギ林を壊滅させる」こと自体そもそも極端すぎる話なのですが、できることならそうしてしまいたいと思っている人は少なくないと思います。実際に花粉症だけでなく、人工林の状態を保つとしても、スギ・ヒノキだけの林にはいくつかの問題点があります。

 生物多様性の低下はもちろんのこと、同じ樹齢で構成されるため風倒の被害を受けやすいのです。しかも、どうやら今後数十年のうちに放置された人口針葉樹林が自然と広葉樹林などへ変化する見込みもなさそうです(注1)。

というわけで、スギ・ヒノキを減らすという行為自体はむしろ政策的に自然な流れになってきています

◆3.2 かといって全部切ればいいというわけではない

いよいよ、スギ林を皆伐していきましょう。というところですが、これをするといったんはげ山状態になります。そうすると、実質的に地上の森林の機能すべてが失われることになります。具体的に、以下の森林の機能は絶望的なものとなるでしょう。

  • 土砂災害・風・雪に対する防御
    地上部を伐採された樹木は無生物となり、やがて根も腐れ土壌が不安定になります。

  • 生物多様性の保全
    森林は食糧だけでなく、動物により安定した生活環境を提供します。「川・海や草原で活動するが、巣やねぐらは森林」と言う生物が多いのはこのためです。

  • 文化的・景観的価値

◆3.3 折衷案としての複層林施業

我々が今の針葉樹人工林に手を加えるとすれば、それは、現在の針葉樹人工林に自然法則に則った撹乱、つまり部分的伐採による広葉樹林の生育スペースの確保が大事になってきます。スギ・ヒノキを数本伐採し、このスペースにその土地に本来生息する広葉樹等を植樹するということです。

樹齢や樹種が単一の林(単層林)と多様性のある複層林とでは雲泥の差があります。前者は樹高や樹齢が均一なので、同時に多数の個体が倒壊しいきなり地表が露出する可能性が高くなります。一方で後者は、林冠のスギ・ヒノキが倒壊しても、下層の広葉樹がすぐに成長するような構造になっています。

現在の単層のスギ・ヒノキ林はやがて、管理不足のまま一斉に脆弱な樹齢を迎えます。そのときに、複層林の持続性が目立ってくるのです。


以上が現在注目されている「複層林施業」という折衷案になります。


※拡大造林政策は、人が居住していないような山奥でも実施されました。このような場所では、スギ林の皆伐を行っても人的被害がないように思えます。しかし、単層林といえどもそこには樹木の加護を受けて生活している生物が多数存在します。こういった地域では、比較的大胆な政策が打ち出せるとはいえ、皆伐によるそれらの生物への影響も十分に考える必要があります。

4 生物が関わる政策決定

◆4.1 概要

 林業をはじめ、生物がかかわる政策決定を行うには、その生物のライフサイクルを理解し、それに合わせて何十年も先の状況まで気を配るのが"理想"となります。ただ、高すぎる理想なので、せめて途中で修正が効くような可逆的な政策にしていくべきだと考えます。【2.2 部分的再掲】

◆4.2 「生物のライフサイクル」

 先ほどの複層林施業について、ライフサイクルを考慮しながら問題点を探っていきましょう。まず、一番の問題が、この施業を実行する林業の働き手の確保です。

 スギを何本か伐採しそこに広葉樹を植えましょう。やがて、その地域に本来生息する樹木への完全置き換えを考えているならば、「最初に植樹した広葉樹がしっかりと根をはり、安定した段階でさらにのこりのスギを広葉樹に置換する…」というような操作を続けることになります。たとえば、最初に1/3のスギを広葉樹に置き換えるならば、広葉樹の安定化に必要な期間×3までは少なくとも我々が綿密な管理・調査を行わなければなりません。

 そもそもこの操作自体簡単に行えるものではなく、多くの働き手と時間を必要とします。「スギと置き換えた広葉樹が、根の生育状況が悪く定着しなかった」などということがあれば、これまでの作業が水の泡になりかねません。複層林施業も、拡大造林政策と同じく、「途中で放棄」することは好ましくない結果を生み出すでしょう。だからこそ、ライフサイクルを考慮し長期的な目線で考える必要があるのです。

◆4.2 「可逆的な政策」

「可逆的」という単語を用いたのは、拡大造林政策が不可逆的な性格を持っていたからにほかなりません。どの点が不可逆的なのでしょうか?私は社会的な不可逆性が大きいと考えています。

↓↓↓拡大造林政策の「不可逆性」

  • 50年代は木材需要があったが、現在はないので働き手や予算不足によりもとの植生を回復する政策が打てない

  • 50年代は戦後復興・経済成長の意識が強かったが、現在では自然保護の観点から大胆な政策に走りずらい

  • 一度単層の針葉樹人工林が広がると、本来自生していた広葉樹などの種子が移入・発芽・成長しにくい

我々は、生態系に可逆的な変化を与えないように、そして、社会的に復元・軌道修正が難しくならないような政策を考える必要があります。



ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。「まとめ」はこのページの一番上にございます。今回は本当に概略のみを述べているので、さらに深く学問的に正確な情報を得たい方は以下のものを参考にしてみてください。

6 参考文献

1) 林野庁. 『令和3年度 森林・林業白書』 . 林野庁 . 2022 . https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/r3hakusyo/zenbun.html (参照 2023/5/1) .
2) 中静透・菊沢喜八郎 . 森林の変化と人類 . 共立出版 , 2018 .
3) 日本生態学会 . 森林生態学 . 共立出版 , 2011 .
4) 永田信 . 林政学講義 . 東京大学出版会 , 2015 .
5) 堀大才 . 樹木学事典 . 講談社 , 2018 .




※「FVP政治観察記」ではそれぞれのメンバーが活動を通して感じたことや政治への思いを書いています。賛同できる意見もできない意見もあると思いますが、ぜひご一読いただき、また、皆さんの意見を発信していただければ幸いです。

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