「努力が認められる環境」が結果を生む。川和高校野球部が目指す“文武両道の超二流”
東海大相模、横浜、慶応義塾、桐光学園、桐蔭学園など、強豪私学がひしめく神奈川の高校野球。県立高校が甲子園に出場したのは、1951年夏の希望ヶ丘が最後となる。私学の壁は高く、分厚い。
そんななか、近年、ひと際存在感を見せているのが県内トップクラスの進学校・川和である。2021年夏の県大会4回戦ではセンバツ王者の東海大相模と9回1アウトまで1対1の接戦を演じ、続く秋季大会でものちに関東大会まで勝ち進んだ向上と、延長11回にもつれ込んだ末に1対2で敗れる激戦を繰り広げた。
推薦入試もなければ、専用球場もなく、放課後は19時完全下校。この環境下で、いかにしてチームの強化を図っているのか。
この春で就任10年目を迎える伊豆原真人監督のもとを訪ねた。
取材・文=大利実
目指すは「二流×二流=超二流」
「うちは二流なんですよ。勉強も野球も二流。勉強では湘南や横浜翠嵐を受けるまでの学力はなく、野球も甲子園を狙える私学に入るほどの実力と覚悟がない。そういう子たちの集まりです」
ネット裏にある監督室(年季の入ったプレハブ小屋)で、伊豆原監督はいきなりの剛速球を投げてきた。
川和が二流……?
2020年度の進学実績を見ると、野球部の青山勝繁ら、現役・浪人あわせて4名が東大に合格。野球部の3年生は、東大を含めて国公立に4人、早稲田大、慶應大に計14人が合格した。「二流」と呼ぶには少々違和感を覚えるが、川和の生徒を目の前で見てきた伊豆原監督は「湘南や翠嵐と比べるとやっぱり違うんですよね」と言葉をつないだ。
伊豆原監督は愛知県立瑞陵高校から信州大に進み、サラリーマン生活を経て、教職に就いた。2022年で45歳。「自分自身が二流の人生なので」と笑う。表現を替えれば、トップオブトップではないということだ。
「二流が悪いわけではありません。川和の強みは、勉強と野球の両方を極めて、超二流になれる可能性があることです。これができる学校は、そう多くはないと思っています。大人同士の勝負では野球そのものの能力が勝敗に比例しやすいですが、技術もメンタルも未熟な高校生は、能力以外のところで差を埋められる。川和の子たちが生きる道はそこにあると思っていて、勉強も野球も高いレベルで取り組むことが、一流に対峙するメンタリティーにつながると話しています」
一生懸命努力している生徒が認められる
2年生になれば、ほとんどの部員が進学塾に通う。遠征の際には新幹線の中でスマホやタブレットをフル活用し、学びの時間に充てる。「部活で忙しい」は、川和では通用しない。時間を作り出すのも無駄にするのも、すべては自分次第だ。
実は、伊豆原監督が運営する川和高校野球部のツイッターに、新幹線で勉強している写真がアップされている。昨年11月、仙台遠征に行った際のものだ。
「あえて載せています。川和の生徒は移動中でも勉強している。載せることで、周りがそういう目で見るようにもなります。それが、うちにとっては当たり前のことで、『“川和スタンダード”になってほしい』と、発信しています」
川和には、わずかな時間でも無駄にせず、勉強に打ち込む生徒が認められる文化があるという。
「休み時間に、単語帳や参考書を開いている生徒もいます。周りの生徒は『あいつなにやってんだよ』ではなく、『あいつすげぇな』と見ている。一生懸命に努力している生徒が認められる。これは、環境面でものすごく大きなところで、勉強でも部活でも真面目に取り組むことが当たり前。なんでもすぐにできる天才型は、うちにはほとんどいません。これまで、コツコツ取り組むことで成果を上げてきた。そこも超二流につながる、川和ならではの強みだと思っています」
神奈川で勝つにはそれ相応の投資が必要
伊豆原監督のツイッターを見ていると、「外部の専門家」の多さに驚く。「今日は○○さんの指導日です」という呟きを何度、目にしたことか。他校の指導者と、「川和はあれだけの人をどうやって呼んでいるんですかね」と話題に上ったこともあるほどだ。
体づくりの面でいえば、MLBでトレーナー経験を持つマック高島さんや林泰佑さん。技術面では、プロ野球選手も通うDIMENSIONINGの北川雄介さんら、その道のプロから教えを受ける。
「考えているのは、費用対効果を見ながら、どれだけ投資ができるかです。神奈川で勝とうと思ったら、それ相応の投資は必要になります。普通にやっていたら勝てませんから。同じ時間が与えられているなかで、私が考えたトレーニングをやるより、スペシャリストの方々に来ていただいたほうが、はるかに効果は高い。目的は、チーム全員がうまくなることで、そのためにどうアプローチをすればいいか。立場は監督ですが、やっていることの多くはマネージメント業務だと思います」
練習見学に来た中学3年生の保護者には、「うちは大変なところもあります」と率直に伝える。県外遠征も頻繁に行われ、花巻東、仙台育英、盛岡大付、松商学園、遊学館、健大高崎、明秀日立、山梨学院ら、甲子園常連校と戦う。
「私から『目標は甲子園』と声を上げて言うようなことはほとんどありません。それは、川和では当たり前のものとして根付いているから。だから、強豪との練習試合も当然のことです」
高いレベルの相手と戦うことで、川和が目指すレベルが上がり、強豪との違いも見えやすくなる。
東大よりも甲子園のほうが難しい
どれだけ努力をしても、野球は相対的な力をはかる競技であり、相手の実力がはるかに上であれば負けてしまう。勉強のように、誰もがわかるテストの点数を競うものではない。
「勉強のほうが、頑張った成果が見えやすいと思います。理解が進めば、点数が上がる。それに200人中30番以内でも褒められるのが勉強です。1番でなくてもいいわけです。かたや野球は、県でトップを獲らないと甲子園には行けず、点数化されないので評価も難しい。生徒には、『東大に行くより、甲子園に出るほうが難しい。勉強のほうが簡単なんじゃないか?』と言うこともあります」
伊豆原監督も甲子園に出た経験はない。行き方はわからない。だからこそ、外部の専門家に指導を頼み、甲子園を知る強豪との練習試合を積極的に組む。何もツテのない高校に電話をして、「川和?」と思われたことも多々あったと話すが、今では認知度も高まっている。それは高校関係者だけの話ではなく、県内の中学生や高校野球ファンも含めてだ。
「SNSを活用して、川和の取り組みを外に公開していくことは、今の時代、ものすごく重要だと感じています。自分たちの魅力をつくり、その魅力を発信していく。そのうえで、『川和で勉強も野球も頑張りたい』という子が、どれだけ増えてくれるか。『川和は最近頑張っているから、応援したい』と思ってくれる方が増えるのも、非常に嬉しいことです」
ツイッターのプロフィール欄には、「選手たちはホンモノの文武両道を目指して奮闘中!」と書かれている。
文も武も、二流を極めて“超二流”に──。
全部員が超二流になれたとき、「東大よりも難しい甲子園」がグッと近づいてくるはずだ。
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