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若手GKの基礎技術が高い要因とは?“教え過ぎ”問題に直面する現場の声【楢﨑正剛×松本拓也|スペシャル対談】

 2021年夏に開催された東京オリンピックにおいて、サッカー日本代表は、メダルこそ逃したものの、2012年ロンドン大会以来のベスト4進出を果たした。

 久保建英、堂安律ら攻撃陣のタレントが注目されるなか、最後尾で存在感を示した選手がいた。GKの谷晃生(湘南ベルマーレ ※保有権はガンバ大阪)だ。谷は日本が戦った全6試合にフル出場。グループリーグ第2戦・メキシコ戦では後半アディショナルタイムに決定的な同点のピンチを防いだほか、準々決勝・ニュージーランド戦ではPKをストップするなど、チームの躍進に大きく貢献。再三のビッグセーブはもちろん、(大会当時)弱冠二十歳とは思えない堂々たる立ち振る舞いでチームに安定感をもたらした。

■東京五輪・日本代表vsメキシコ|ハイライト(引用:NHK / 2021年7月25日)

 一躍、脚光を浴びた谷だが、将来有望な日本のGKは彼だけではない。

東京五輪のメンバーに入った鈴木彩艶(浦和レッズ)、大迫敬介(サンフレッチェ広島)はもちろん、沖悠哉(鹿島アントラーズ)、波多野豪(FC東京)ら、近年J1で試合出場経験をつかむ若手GKは着実に増えている。

 GK指導の最前線にいる指導者には、谷をはじめとする若い世代の選手のプレーはどのように映るのか。また、指導現場で感じる近年の若手GKの傾向とはなにか。かつて日本代表の絶対的守護神として君臨し、現在は名古屋グランパスのアカデミーでGKコーチを務める楢﨑正剛氏と、ドイツの古豪・カイザースラウテルンでも指導実績のある、大宮アルディージャの松本拓也GKコーチに話を聞いた。

 GK技術を語る日本最高峰の対談を、ぜひご覧いただきたい。

取材=福田悠(GKライター)

谷晃生ら、若手GKの台頭

──東京オリンピックではGKの谷晃生選手が目覚ましい活躍を見せ脚光を浴びました。お二人の目には谷選手のプレーはどのように映りましたか。

楢﨑正剛(以下、楢﨑) シュートストップ に関しては身長189センチの体格を生かせているし、ボールも怖がらない。俊敏性もあるし、身体を大きく見せるのがうまいですね。

一方で足の運び方というか、ステップの部分などは少し気になるところもありました。僕も現役時代にすごく大事にしていた部分ですが、そのあたりを改善できるとより良くなるのかなと思います。

──グループリーグ第2戦・フランス代表戦ではファーへのクロスボールにバックステップで下がってキャッチしたシーンがありました。クロスステップで落下点に入るのがセオリーのようにも思うのですが、そのあたりのことでしょうか。

楢﨑 自分の身体のバランスを一番いい状態で保てるのならバックステップでもいいと思います。真後ろに下がるバックステップだと遅くなることもあるように思うかもしれませんが、結局、自分のなかで一番早くボールに到達するステップがいいステップだと思います。

問題は、それを意図的に選択できていたか否かですね。状況に応じて迷いなく適切なステップの選択ができていたか、それによってスムーズに落下点に入りバランスのいい姿勢でキャッチできていたか。バックステップを選択したのか、それともバックステップに“なってしまったのか”で、正しいか否かが変わってくると思います。

ただ、先ほど申し上げたように身体のサイズ感を含めてポテンシャルは相当高いと思いますし、対シュートの部分に関しては、しっかりトレーニングを重ねて着実に成長している印象です。

──松本さんはどのような印象をお持ちですか?

松本拓也(以下、松本) 僕も同じく、シュートストップに関して非常に能力が高いGKだと思います。身長189センチというサイズも世界レベルですし、現代サッカーに必要な要素をすべて兼ね備えたGKです。今回のオリンピックを見ていても、試合を通しての自分の見せ方というか、自分をたくましく見せるような振る舞いが他のGKよりも上手ですよね。

楢﨑さんや川口能活さんのようなオーラというか、“持っている人”の見せ方だなと。大きな重圧の掛かる国際舞台でより自信を深めたことで、その部分もさらに成長したのではないかと思います。

Jリーグでの失点シーンなどを見ているとまだまだ改善の余地はあると感じますが、オーラや振る舞いでチャンスをつかむ人もいると思いますし、何よりまだ21歳ですからね。素晴らしい成長曲線を描いていますよね。

──楢﨑さんも現役時代、高卒1年目で公式戦25試合に出場するなど10代からレギュラーポジションをつかんでいました。そんな楢﨑さんから見て、谷選手を含めたここ最近のJ1の若手日本人GKの台頭はどのように映りますか?

楢﨑 GKとしてベースとなる基礎技術が以前の若手GKと比べてしっかりしています。

昨年はコロナ禍の影響で降格がなく、そのなかで各クラブ思い切って若手を抜擢できた側面もあると思います。とは言え現代のプロのレベルでは、ある程度きちんとした技術が身に付いていないとそもそもチャンスはこないはず。GKはチーム全体に影響を与えるポジションなのでなおさらです。

彼らが公式戦に出られているのは、それをつかめるだけの実力、高い基礎技術が備わっているからです。

──近年の若手GKの基礎技術が上がっている要因はどのあたりにあるのでしょうか。

楢﨑 やはり環境面の充実は大きいですよね。育成年代の段階からGKとしての専門的な指導を受けられる環境が以前に比べて増えているように感じますし、そこの改善が全体的なベースアップに少なからず影響を与えているように思います。

──松本さんは育成年代からトップレベルまで様々なカテゴリーで指導されてきていますが、やはり日本のGK育成の充実を感じますか?

松本 それはすごく感じますね。GK全体を取り巻くスカウティング力や指導力は全体として着実に改善されています。先ほど楢﨑さんがおっしゃっていた「GKとしての基礎技術が以前の若手GKと比べて高い」というのも、決して偶然ではないと思います。

谷選手や鈴木選手をはじめとした高いポテンシャルを持ったGKが、育成年代の段階で埋もれることなくきちんと発掘され、質の高い指導を受け、順調に成長できている。日本のGK指導全体での積み重ねが、徐々に実を結んできていますね。

──実力を備えた若手GKが増えているのは、日本のGK指導の環境が徐々に改善されつつある証なのですね。

楢﨑 そう感じますね。と言うより、「そう感じざるを得ない」ですかね。

現代のGKは教わりすぎている?

──なるほど。そう感じざるを得ないと。

楢﨑 はい。今の子どもは、どういうシチュエーションでどういうプレーを選択するべきか、本当によく知っています。僕も日頃アカデミーのGK(中高生年代)を教えていますが、「あの失点シーン、どうすればより良い対応ができたと思う?」と聞くと、毎回ではないにせよ、頭の中では解決策をイメージできていることが多いです。できるかどうかは別として、自分の10代の頃と比べても理解度が高い。これまでに質の高い指導を受けてきたということをすごく感じますね。

──失点シーンを振り返るときに、きちんと頭の中で整理されている。例えば、「ここにパスが出されるのをあと少し早く認知できていればボールに対してもう一歩早くアプローチできたので、より多くのコースを消せたのではないか」とか。

楢﨑 まさにそうです。「もっと早い段階で判断できていれば先に触れたんじゃないか」「待ってアプローチしたけど本当は奪いに行けたのではないか」とか。

僕自身、若い頃に経験があるから分かるのですが、そういうのは外から見たら簡単に見えても、実際にピッチでプレーしているとすぐに正解が分からなかったりもするんですよね。でも、今の子たちは聞けばすぐに解決策が出てきます。

──中高生のGKであってもすでにそのレベルなのですね。

楢﨑 中学生よりはやはり高校生のほうが知っていることも多いですけど、総じて年代に対してよく知っているなと。自分の世代の頃と比べると特に感じますね。

──楢﨑さんが10代の頃と比べてGKのプレーに関する整理も日本国内でだいぶ進んでいるでしょうし、インターネットの発達の影響なども大きいですよね。

楢﨑 確かに情報は多いですよね。ただ、それが正しい情報かどうかというのも非常に大事ですけど(笑)。

──YouTubeなどでもGKトレーニングの動画はたくさん上がっていますが、必ずしも質が高いかというと、そうではないものも多い。むしろ本質とズレた内容を発信してしまっているチャンネルも見受けられます。

楢﨑 動画を見てうまくなった気になるのではなく、そこから実践することで自分のモノにしていく経験も同時並行でやっていかないと、本当の意味では身にならない。情報自体はたくさんあるので、正しく取り入れていけば効果はありますね。

──情報を得るだけでなく、そこから試行錯誤しながら自分のプレーに落とし込んでいく過程が大事なのですね。

楢﨑 そうですね。僕らの時代はいろいろ試していかないと分からないことが大半でしたし、教えてもらった記憶も特にないですから。自分の感覚でつかんでいくことが多かったです。

ドイツもノイアー級の選手が出てこない

──楢﨑さんは以前「昔はコラプシング(※)なんて言葉はなかったけど、自分で考えてプレーするなかで自然とそれを習得していた」と話していました。試行錯誤するなかで自然とその技術をモノにしていたというのもすごい話だと思います。

楢﨑 確かに、「そのプレーにも呼び名があったんだ!」と後から知ることはたくさんありました(笑)。でもやってきたことは同じで、自分も一通りGKの技術を繰り返し練習してきたつもりなので。真新しいことはないというか、基本は常に変わらなかったですね。

──時代と共にサッカーのトレンドが変わることはあっても、本質的なGKの基本はそう変わらないのですね。

楢﨑 僕はそう思います。プレースタイルの流行り廃りはあるでしょうし、GKに求められるプレーの優先順位が変わることは多少あるかもしれませんが、基本がしっかりしていればそこからバージョンアップして合わせられるイメージがありました。

──GKの基礎技術の部分について、松本さんはどのようにお考えですか?

松本 僕も同じ見解ですね。時代が変わっても、GKの基本は大きくは変わりません

ただ、教わるか、自分で試行錯誤して習得していくかという部分は、誰かに教わってきて20歳頃に一定のレベルに達する人と、誰からも教わらずに自分の力で20歳でそのレベルに達した人では、その後の成長度合いは変わるだろうと思います。

先ほどの楢﨑さんの話と通じる部分でもありますけど、結局は自分で試行錯誤してやっていった人のほうが最終的には伸びるんじゃないかと感じています。能活さん、楢﨑さん、川島永嗣選手など、GKコーチがまだそれほど多くなかった時代になぜそれだけの選手が出てきたかと言えば、やはり自分で考えてひたすらトライ&エラーを繰り返してきたからこそだと思うんですよね。それで、トップレベルに上がってきたときに専門的な指導を受けるようになってさらに伸びた。

逆に、今の子は簡単に正解を教えてもらえる環境にあるので、試行錯誤しながら自分のモノにしていく経験をあまりしてこないで伸び盛りの時期を過ごしてしまう

中・高の期間を、自分自身で試行錯誤をしながら成長してきた6年と、正解を常に教わって育った6年とでは、その先の成長を考えると、伸びしろは前者のほうがあるのではないかと思っています。

先ほど話に挙がったように、日本のGK育成を取り巻く環境は以前に比べて格段に改善されています。情報もたくさんある。すごくいい時代になった反面、僕ら指導者が気をつけなければいけないのは、僕らが教え過ぎて完璧な選手を作ったとしても、「その先もずっと、すべて教えていくのか」ということです。

──育成現場のGKの指導環境が整備されたからこその課題ですね。

松本 そうなんです。僕がカイザースラウテルンに行っていた際に、「ノイアーのような選手はドイツでは出にくくなってきている。ああいう選手はもう作れない」という話を聞いたことがあります。「今はノイアーほどの選手はいないけど、どヘタな選手もいない。中の上くらいの選手ばかりになっている。平均点を少し超えるくらいの選手は多いけど、スーパーなGKはいない」と。GK大国のドイツですらそういう状況があります。

そう考えると、日本も平均以上の力を持つ若手GKが出てくるところまではきました。GKの指導環境の整備などによって、確実に新たな段階に入ったと言えます。今後は次なるステップとして、トップ・オブ・トップのGKをどう育成するかという課題に向き合う必要が出てくると思います。

■用語説明|コラプシング

主に身体から近く速いシュートに飛びつく際に使われるGKのテクニック。ボールから遠い足で地面を蹴り、近いほうの足を“抜く”。近い足を地面に着かないことで動作が一つ省略され、身体をより素早く倒すことができる。一方で、遠いほうの足だけで地面を蹴るため飛距離を出しづらく、身体から離れたシュートの対応には適さない。

■楢﨑正剛&松本拓也プロフィール

楢﨑正剛
名古屋グランパスアカデミーダイレクター兼U-18GKコーチ
1976年4月15日生まれ、奈良県出身。奈良育英高時代に全国高校サッカー選手権ベスト4を経験。 その後、1995年に横浜フリューゲルスに加入すると、新人ながら正GKとして活躍。 1996年に開幕から6試合連続無失点のJリーグ記録を樹立するなどクラブの上位進出に貢献。 1999年に名古屋グランパスへ移籍してから24年間プレーし、J1最多出場記録「631」を樹立。 J1で初優勝を達成した2010年には、GKとして史上初の年間最優秀選手に輝いた。 日本代表GKとしてもワールドカップに4回出場するなど、長きにわたって日本のゴールマウスを守り抜いた。 2018シーズン終了後に現役を引退し、その後は名古屋グランパスのスペシャルフェローに就任。 2020年からはアカデミーダイレクター補佐兼アカデミーGKコーチとして、未来のGK輩出に向けて指導者の道にも突き進んでいる。

松本拓也
大宮アルディージャGKコーチ
1980年1月25日生まれ。柏レイソルユースを経て、ドイツのウンターハッヒングでアマチュアとしてプレー。引退後は川崎フロンターレのユースや柏U-18など育成年代でGKを指導し、柏の日本代表GK中村航輔を育てた。その後は、柏のトップチーム、アカデミーでもGKコーチを務め、2018年7月から2019年5月にかけては日本サッカー協会とJリーグが協働で行うJFA・Jリーグ協働プログラムの取り組みの一環として1FC.カイザースラウテルンで研修を受ける。2020シーズンより大宮アルディージャのトップチームのGKコーチに就任。


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