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シンエヴァンゲリオン感想 1.0+1.0


 皆さん、こんにちは。四半世紀エヴァンゲリオン、木賃ふくよし(芸名)です。
 はい。てな訳で、観て参りました。
 四半世紀の時を経て、ようやくの完結編「シン・エヴァンゲリオン劇場版」

 こういう書き方をすると、ワタクシ自身が待望していたようですが、正直に申し上げまして、ワタクシ、エヴァがあんまり好きじゃない。

 好きじゃないけど、何が好きではないかをちゃんと説明できるようにTVシリーズ(以下TV版)に始まり、旧劇場版(以下旧劇)、貞本コミックス版(以下漫画版)、そして、新劇場版(新劇、序、破、Q)は全て見てきた。
 ただし、ゲームなどそれ以外の派生作品などには、ゼロではないが、ほぼ触れてこなかったと言える。

 そもそもワタクシは「物語」や「脚本」を最重要視するタイプだ。したがって、物語が物語の中で完結しておらず、それなりの結末を迎えない作品を評価しない傾向にある。

 つまり、舞台装置や物語の設定、用語の説明や伏線の回収、物語が収束しない投げっぱなしジャーマンならぬ投げっ話ジャーマンは、


 そもそも物語として
 出来上がっていないので、
 許せぬ性質なのである。


 TV版はその点において、


 ド許せぬものであった。


 ハッキリ言おう。そして、誤解を恐れずに言おう。
 放映当時、突然の投げっ話ジャーマンぶちかましに、荒れまくった最終回。だが、個人的に最終回はあんなモンでいいと思っている。

 内向的で自己否定的な少年が仲間とともに敵と戦い、傷つき苦しんだ。そして最終的に成長し、周囲から祝福を受け、そして、自己の肯定で終わる。

 最終回はあんなモンでいい。そう。どうでもいい。そんなモンだ。

 だが、そうじゃなかった。
 そう。

 伏線が回収されていないのである。


 敵である使徒の正体と目的は? エヴァンゲリオンとは何なのか? ゼーレの目的は? ゲンドウの目的は? カヲルの正体と目的は? 綾波の正体は? セカンドインパクトって何? アダムって?

 そういった謎が全て放置されたままだったのだ。

 いや、謎が残るのはいい。全てを語り尽くさねばならない訳ではない。だが、何一つわからないのは、物語として間違っているのではないか。
 まして、放映開始当初は作品内に漂うハードSFの空気。ウルトラセブンを思わせるような設定の妙。次第に明かされつつも、深まる謎。

 これらが明かされる事を期待させる作りだったのだ。

 コース料理で言うならば、食前酒、アミューズ、ワイン、オードブル、スープ、魚、グラニテ、肉、デザート、コーヒー、茶菓子と続くところに、

 ただひたすらに小鉢の前菜だけが22品も供され続けた構成。それなりに美味いけど、


 メイン料理は何処だよ、と。



 だからワタクシは、エヴァンゲリオンが好きではないのである。
 これがワタクシの立ち位置の基本だ。

 そして、旧劇場版。

 TV版で描き切れなかった諸々を、劇場版で完結させる。続きは劇場で、という手法は気に入らないが、諸般の事情もあるし、バルディオスやレイズナーの例もある。
 ガリアンやマクロスのように再構成する例もあるから、そこは良しとしよう。

 旧劇の終わりも、アレでいい。主人公たちの内面世界をブチまけて、富野由悠季よろしく浄化・皆殺しの結末に終わる。あんなモンである。あんなモンでいいんだ。

 だが、そうじゃない。

 そうじゃないんだ。


 ワタクシの中の鈴木雅之が叫ぶ。違う、そうじゃないと。

 伏線は? 伏線の回収はどうした?


 結局、謎は明かされるどころか、増えただけである。
 だからこそ、ワタクシはエヴァンゲリオンが好きになれない。

 そして、奇しくもこのエヴァはブームとなった。まだまだ市民権を得ていなかったオタク層に大ヒットし、社会現象となり、当時は「謎本」のブームも手伝い、「作品を考察をする」のが流行したのだ。

 ※ サザエさん、ドラえもんなどの矛盾点や明かされていない部分、原作や設定資料の中にのみ存在している「裏設定」や、そこから推測される解答などを記した本。エヴァンゲリオンの謎本も、当然存在した。しかも複数。


 この言葉は嫌いだが、「エヴァ以降」で作品に新しい傾向が生まれた。

 難解な用語、複雑な設定を散りばめつつも、積極的に明かさないスタイルだ。
 要するに、エヴァがヒットした事で、設定や物語を明かさない・終わらせないまま終わるスタイルが生まれてしまったのである。
 いや、エヴァ以前にもそんな作品は多々存在した。したが、基本的にはメジャーな作品ではなかったし、エヴァもメジャーではなかった作品だ。だがエヴァがヒットし、メジャーになり、奇しくも「エヴァ以前/以降」が生まれてしまったのである。


 そして、新劇場版。

 もはや過去のものとなっていたエヴァンゲリオンは、パチンコ機種CRエヴァンゲリオンの大ヒットによりリバイバル人気を得て、リメイク(?)される事となった。

 序。正直、評価はしていない。ワタクシ的に一番面白かったTV版の1~6話を再編したものである。
 海が赤い、カヲルの発言などから、「TV版ありきのやり直し世界」である可能性を示唆するも、だからと言って謎は増えただけで、作品として面白い訳ではなかった。いや、TV版の一番面白い部分を踏襲しているので、面白くはあるが、それだけの事である。

 それに、四部作という事で、1~6,7~12,13~18,19~24話と分割したなら、結局また何も終わらないペース配分だ。だから、何も期待しなかった。単に、人と話を合わせ、自分なりにちゃんと意見を言えるように見ておいただけである。


 だが、破は違った。


 一気にTV版24話付近まで、物語を進めたのである。
 そして、これは間違いなく面白かった。本当に面白かったのだ。
 ワクワクした。面白かったのである。それに、このペース配分なら、残り劇場版2本を含んでも、ちゃんと終われるのだ。
 特に好きでもないエヴァンゲリオンだが、ちゃんとした結末を見られるのなら、評価は大いに変わるのではないか。


 だが、その思いは急転直下ならぬ、Q転直下する。

 新劇場版Qである。


 やりやがった。悪い意味で。


 せっかく終わりに向けて大いなる一歩を踏み出したのに、一歩あるいて三歩さがりやがった。

 だから、もう、今作「シンエヴァンゲリオン」には何も期待していなかった。いや、期待していない訳ではない。だが、裏切られるほどの事はないのだ。

 終われば儲けもの。終わらなくても当然。


 それに、このエヴァは、エヴァ以降のエヴァなのである。

 時間にして四半世紀。物語は壮大に投げっ話。それがメジャーシーンに生まれ、認められ、当たり前のスタイルになるには充分な時間だ。
 そう。このエヴァは、エヴァ以降のエヴァなのだ。

 だから、終わってもいい。終わらなくてもいい。


 そんな気持ちなのである。

 そして、2時間半の上映時間は、あっという間に終わった。


 終わった。

 面白かった。

 良かった。

 終わったよ。完結したよ。全部終わったんだ。



 映画を観終わったワタクシは、同席者のおくのくんにそう言った。おくのくんも、「ちゃんと終わりましたね」と言っている。うん。終わった。終わったよ。完結したんだよ。良かったよ。

 せっかくなので、食事と、少し感想を言い合う時間を作った。

 うん。良かった。面白かった。終わったよ。

 で。具体的に言って、

 どこが面白かった?


 うん。そう、まず、ええと。

 どこが面白かったっけ?


 ええと。あれ? ん?

 どこが面白だったんだ?


 いや、待て。落ち着け。考えろ。


 いや、むしろ落ち着いてる。落ち着いたからさっきまでの熱が冷めたのか? あれ? 15分前まで、良かった、面白かった、終わったって言ってたよな?

 で、

 あの作品の、どこが? 何が面白かったの?


 観ている間、割と幸せだった気がしていた。楽しんでいた気がしていた。終わった気がしていた。

 だが、その楽しかった感想は、わずか15分ぐらいで、



 ねえ? あの作品の何が面白かったの?


 と、ワタクシ自身に牙を剥いてきたのである。



 てか、ぶっちゃけ (´°Д°)」 つまらない作品だったんじゃ?



 ※ この感想は個人のものであり、エヴァ好きが読んではいけないものです。なので、今回は¥500を支払った上で、覚悟を持ち、ワタクシがエヴァ完結編に対するネタバレ・文句を垂れ流すことに同意していただかねばならない。
 以下、本当に文句だらけなので、面白かったのに水差すなよ! という人は読み進まない事をオススメします。
 また、感想はコレだけで終わらないので、こちらのリンクをどうぞ。

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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。