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現世界グルメ「バニラ・シェイク」


 至高のデザートとは何だろう。デザート、という呼称は古いのか。スウィーツと呼ぶべきか。
 何だっていい。究極のデザートとは何だろう。呼称ではなく、本質だ。
 多層構造がたまらないティラミスか。確かにあれは美味しい。ココア、サヴァイオーネ、ビスコッティ、そしてエスプレッソ、多層構造が奏でるハーモニーの、何と美しいことか。
 いや、シンプルにバヴァロアやパンナコッタなんてのもたまらない。あの歯ざわり舌触り。そして、口どけ。
 はたまた、クレーム・ブリュレやプリンも素晴らしい。特にクレーム・ブリュレの薄い、苦い、そして甘いカラメル部分が、とろけるクリームを引き立てる。
 アフォガードもいい。熱さと冷たさ、甘さと苦さの四重奏だ。
 いや、もっとシンプルにチョコレート? 質のいいチョコレートは何にも勝る最高の菓子だ。
 それとも、逆にサンデーやパフェってのはどうだろう。パフェなんて、完璧という名を冠している。確かに、全てが詰め込まれたデザートの遊園地だ。何と言ってもそこには夢が詰まっている。
 あるいは、なめらかなアイスクリームか、軽やかさのシャーベットか、口直しのグラニテか。
 いやいや、手を加えないフルーツこそが至高のデザートなのか。それとも、デザートという言葉に惑わされがちだが、和菓子を忘れてはいまいか。
 それだけではない。他の国なら、トルコのアイスやバクラバも素晴らしいぞ。
 そのどれも、ひとつひとつが究極だ。一番を決めることなど出来ない。そう言うのは簡単だ。誰にだって出来る。人それぞれに好みがある? 状況によって最前は変わる? だから決める事が出来ないなんて、そんなのは、ただの逃げ口上だ。
 たまらない究極のデザートとは何か。そんなのは個人の好みで、逐一変わっていい。どんな最高の恋人がいても、他の人間に惹かれてしまう事はある。今日の最高が明日の最高でなくていい。今のこの一瞬さえ最高であれば、それは究極のデザートなのだ。だから、暴論でいい。今この瞬間、私を満たしてくれるデザートは何か。
 それは、バニラ・シェイクである。

 バニラ・シェイク。
 そんな馬鹿な、と人は嘲笑うだろう。
 だが、私に言わせれば、この素晴らしさに気付けない人間を哀れむ。それ程までに完璧なデザート。それがバニラ・シェイクなのである。
 馬鹿な。たかだか二百円も出せば買える、ファストフードのシェイクが究極だと。そう思う人は多いだろう。だが、違う。シェイクは究極だ。
 何が究極かを教えよう。ファストフードで買えることだ。これがいかに素晴らしい事であるか。その意味に気付けるだろうか。
 ファストフードで買える事が素晴らしいなら、コンビニエンスストアで買える事はもっと素晴らしいのか。違う。そうではない。
 ファストフードで買えるからこそ、素晴らしいのだ。
 わかるだろうか。シェイクを楽しめる店は、ファストフードぐらいのもので、案外と買える場所が少ない。それがいい。
 いや、それならば、あのフランス料理屋でしか食べられないファンダンショコラの方が素晴らしいだって? 違う。それでは駄目なのだ。
 手を伸ばさなくても買える、ありふれたものでは価値がない。欲しい時に手に入れられないものでも不足なのだ。
 手を伸ばし、いや、正確には足をほんの少し伸ばしさえすれば、手に入れられる。それがバニラ・シェイクなのだ。
 その理論なら、ハンバーガーが究極の料理になるではないか、と憤慨する人もいる事だろう。だが、そうではない。シェイクのレアリティは「適切」であるに過ぎないのだ。
 究極のデザートが「適切」に入手可能である事。これが大事なのだ。

 適度なレアリティである事の利点は、いつでも利用できる事である。
 昼食と夕食の合間にも、食事を済ませた後にも、何ならデザートを食べた後でさえ楽しめる。
 特に良いのが、仕事帰りだ。残業で疲れた身体に、遅くなってしまった時間帯でも、心許ない財布でも楽しめる。
 フォークやナイフは必要か? 否。椅子に座る必要が? 否。値段は高い? 否。それじゃ、どこでも買えてしまう? 否。
 このお手軽さと、希少価値が同居したデザートが他にあるだろうか。否。
 シェイクはそれ程に特別なのである。

 そもそも、シェイクとは何だろう。雑ではあるが、わかりやすく言えば半凍りのクリームだ。アイスクリームとシャーベットの間にジェラートが存在するように、ドリンクとアイスクリームの中間に位置する。それがシェイクだ。
 考えようによってはどれにも属しない蝙蝠野郎と言えなくもない。だが、逆に言えばどれをも超越した存在である。
 まず、人間はデザートと言うと固形、あるいは半液体程度のものを思い浮かべるだろう。だが、スウィーツと言う意味では、甘い飲み物もデザートのひとつだと言える。
 この点において、ドリンクとデザート両方の特性を持つシェイクは特別だ。
 そう。中間の特性だけではない。両方の特性を持つ。おわかりいただけるだろうか。ドリンクと、デザートと、その中間の3つの特性を持つ。それがシェイクなのである。付け加えるならば、わずか3つではない。固形に近いデザートから、液体に近いドリンク状態へのグラデーションを楽しめる。

 仕事で乾き切った肉体を潤す水分が欲しい。仕事で疲れ切った身体を癒す甘味が欲しい。その瞬間、シェイクは究極のデザートになる。
 何が素晴らしいって、「なくならない」事だ。誤解しないで欲しいが、無限に湧いてくる訳じゃない。
 ケーキなんて、大きく口を開いて齧り付けば、あっという間に終わってしまう。
 乾き切った肉体に、ジョッキのビールが一瞬で吸収される。
 だが、シェイクはそうもいかない。
 あのストローで思いっきり吸ったって、そう簡単に口の中を満たせないのだ。
 特に、疲れた肉体が欲する甘さと水分を、与えてくれるようで、過剰には与えてくれない。巧妙に焦らしてくる恋愛のように。文字通り、甘やかしつつも、冷たい。
 そしてそれは、次第に柔らかく溶けだし、思いの丈吸い込めるのだ。

 手に入りやすく、手に入りにくい。いつでも、どこでも。
 甘さも水分も与えてくれる。そして、冷たさも。
 それでも、過剰には与えてくれない。そして、なかなか尽きる事がない。
 これほど素晴らしいデザートが、他に存在しているだろうか。
 私は、究極のデザートに、バニラ・シェイクを挙げようと思うのだ。


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 なお、この先には本当か嘘か、シェイクの都市伝説が書かれています。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。