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「惨殺された死体」


 通報と自首は、ほぼ同タイミングだった、と言う。
 自分は刑事であり、弁護士でも裁判官でもない。だから、細かい事はわからないが、わかりきっている事もある。
 よくドラマに出てくる「今からでも遅くない。自首しろ」というヤツだ。
 その多くは「自首」ではないのである。
 正しくは「出頭」だ。
 事件そのものが明るみに出ていない時に、「私がやりました」と罰を受けに来るのが「自首」であり、犯人が特定されているケースはいくら「私がやりました」と言われても、既知の事実なので自首は成立しない。
 一応、事件自体は把握しているものの、犯人の特定に至っていないケースは「自首」も成立するが、この辺りは少し曖昧だ。
 と言うのも、軽犯罪の場合は多く犯人が不明である一方、自首してくるケースは少ない。そもそも全ての犯罪からすると、犯罪の大半はモラルの欠如から引き起こされるものであり、モラルが欠如した人間が自首するなんて事は稀なのである。
 その反対に、殺人を筆頭とする重篤な犯罪は、最初から犯人が明確なケースが多い。ミステリ小説じゃあるまいし、容疑者が何人もいるなんて事は少ないのだ。
 そもそも、密室殺人なんてのはフィクションの話であり、密室が作れるなら自殺に見せかけるべきなのである。
 第一に、普通の人間は計画的な殺人を行わない。したがって、アリバイ工作なんてしてる暇はないし、むしろ下手な工作こそが「私が犯人です」と言ってるようなものなのだ。
 そして、計画的殺人を行うような人間は、密室のトリックよりも、アリバイ工作よりも、事件自体、つまり「死体」を隠すのが現実なのである。
 埋める、沈める、焼く、砕く。事件そのものが発覚しないように細工する。突発的に殺した場合であってもその傾向はあり、要するに、フィクションと現実は違うのである。
 だからこそ、今回のタイミングは「自首」と「通報」がほぼ同時であったにも関わらず、おそらく自首が成立する。
 何しろ、どんな事件があったのかさえ、まだ警察の誰も把握していなかったのだ。
 我々が現場に着いた時、それは明確に殺されていた。
 「しかし、まあ、随分と派手に殺しましたね」
 死体は男性。身許はこれから照会するが、「前園曾太郎」44歳。鉄鋼業。いわゆる町の工場の社長さんだ。この死体が前園であるかどうかはまだ不明だが、色んな意味で確認には手間が掛かりそうだった。
 惨殺なのである。
 仕事柄、幾らかの特殊な死体は見ているが、このパターンは初だった。
 刺し傷、切り傷が何十箇所にも及ぶ。
 この死体を切り刻まれた、と表現するほどグロテスクな状態でもないが、刺し傷や切り傷の数が尋常ではない。いったいどんな恨みを買えばこんな殺され方をすると言うのだろう。
 「派手に殺した、か」
 同僚の刑事、木崎が心ここにない口調で呟いた。
 俺の表現が気に入らないとでも言いたいのだろうか。少し苛立ちを覚えたところに、別の同僚から資料が届いた。木崎はそれを面倒臭そうに受け取り、パラパラと目を通す。
 資料を届けた同僚は、すぐに「風呂場」から出た。
 そう。服を着たままの死体があったのは風呂場である。上半身を中心に、何十箇所と刺されている。服は血で赤黒く染まっていた。血も風呂場の壁にかなり飛び散っている。凶器はその場にあった包丁。一般的で、おそらくは部屋主のものだろう。
 見たところ、傷の大半は深くはない。
 「被害者は前園曾太郎。44歳。出頭してきた被疑者は林葉直輝。36歳。会社員。一方、通報してきたのはシマユキト、、、島由貴都26歳。ホスト。そして、この部屋に住んでるのは吉田みりあ。31歳。キャバ嬢」
 木崎が関係者のプロフィールを読み上げる。
 何とも予想していた通り、痴情のもつれ、と言うヤツだろう。
 詳しくは調べていくしかないが、おそらくその「吉田みりあ」が三股を掛けていた。まだ出てきていないだけで三股以上かも知れない。
 そのうちの2人、前園と林葉がこの部屋で鉢合わせて、揉め事になり、林葉が前園を刺し殺した。
 その後、怖くなった林葉が自首。それと時を同じくして、島が部屋を訪問。死体を発見して通報。と言うのが今回の事件の流れのようだ。
 浮気相手と出くわして、よほど頭に血が上ったんだろう。だからあんなに何度も刺した。悲しい話だ。プロフィールからして、吉田みりあからの本命はホストだろうに。そして、そのホストも本命は別にいるだろう。何とも救われない。
 「まあ、ややこしい関係だが、ややこしい事態にならずに済んだな」
 俺が木崎に言うと、木崎はとんでもない事を言ったのである。
 「ああ。部屋主のキャバ嬢、吉田みりあに監視をつけろ。ホンボシだ」
 「え。いや、なんで吉田みりあなんだ? 犯人は自首したんだぞ?」

 狭い風呂場で木崎に詰め寄る。
 「吉田が犯人だからだよ。詳しくは鑑識が答えを出すだろうが、逃げられると面倒だからな。身柄は押さえておく」
 木崎がつまらなさそうに言う。
 「いや、だから、なんで吉田みりあが犯人だと、、、」
 風呂場から出ようとする木崎の背中に問いかける。
 「風呂場だからさ」
 「は? あ。いや、風呂に入る間柄って事か?」

 確かに、他人の家の来客2人が一緒に風呂に入るなんて事はなさそうだ。だが、
 「お前は服を着たまま風呂に入るのか?」
 先に釘を刺された。
 「いや、じゃなんでだ」
 苛立ちを隠さずに問う。
 「前園は別の場所で吉田に殺された。その後に風呂場に運んだんだよ」
 「なぜそんな事がわかる?」

 確かに、風呂場に服を着た死体は不自然だ。だが誰が殺したかまではわからない。
 「死体を何度も刺したのは前園だよ。死因を曖昧にするためにな」
 その為に死体を刺すことを思い付いたが、おそらく無意識のうちに血で部屋や自分が汚れる事を嫌い、風呂場に運んだのだと木崎は言う。どうせ検死で死因は明らかになるのだが、と付け加えて。
 「吉田を庇って?」
 「何度も刺した割に、傷が浅すぎる。恨みを持って何度も刺したにしちゃ、派手に殺しましたよ!って演出にしかなってない。それに、風呂場の壁に血が飛び散ってる。ここで改めて刺した証拠だ」

 死体を見た時に感じた違和感はそれだったのかも知れない。
 「なるほど」
 思わず納得してしまった。
 「大の男が2人、包丁を持って暴れ回った形跡もない。おそらくは吉田が、何かの拍子で不意に殺しちまった。そこで愛人の1人に助けを求めた。押し付けようとしたのかも知れんがな」
 通報してきたのがホストって所も、おそらくはアリバイ作りのための浅知恵だ。
 「それで言われるまま、身代わりに?」
 「さあな。そんな所だろうよ」

 木崎はそう言って、手に持っていた資料を俺に突き出す。
 思わず受け取った俺は、資料に添付されていた「吉田みりあ」の写真を見てしまった。
 正直、男が身代わりになって庇いたいほどの器量良しには見えなかったが、それを口にすると色々と問題になりそうだ。

 前作。


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 なお、この先にはあとがき的なものしか書かれていません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。