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うぇいの哲学

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哲学みがある記事のまとめ
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#思想

現代社会における人間の自由と思想の役割

はじめに現代社会において人は日常的に多くの情報に触れ、他者との関わりの中で自分の価値を見出そうとしています。このような状況下では、本来の自分の意志や思考に向き合う時間はほとんど存在しません。表層的な情報の波に飲み込まれてしまっているのです。 本noteでは、せわしない現代の生活環境の中で、人間が自由と思想をどのように維持し、意義づけることができるかを論じたいと思います。 1. 人間の演技性とゲーム理論的な合理性人は社会生活を送る上で、無意識に他者に対する演技を行っています

言葉が過剰な時代に、どのように言葉を紡いでいくか

1. 話し言葉と書き言葉人間の生活と言葉は不可分の関係にあるけど、従来の関係とは少し変わった付き合い方になってきているのではないかと思うんです。 いま人間と言葉は「新しい関係」にあると言える。なぜなら、書き言葉が話し言葉の影響を強く受けるようになっているからです。 インターネットの存在が大きいと思うのですが、この僕のnoteみたいに「誰かに語りかけている風」の文体の文章に多く触れるようになっていますよね。いまの僕の文体からは、教科書や論文みたいな「お硬い」文体の書き言葉と

この世界に、「この自分」が何を付け加えればよいのだろう ハッピーエンドのその先の生き方を構想する

1. 「たぶん、自分が死んでも淡々と世界は続いていくよね」と思う人に向けて現代日本に生まれてよかったなーってすごく思うんですよね。歴史の教科書を読めばわかるけど「衣食住に困らないで暮らしていくこと」がヒトの最終的な目的だったわけで、そう考えると、まぁ大変だけど労働すればとりあえずは目的達成できるねって状況です。 「じゃあ、僕たちは何のために生きるのだろう?何をして生きていこう?」 昔話って、「こうして、いつまでもいつまでも平和に暮らしましたとさ」みたいなお決まりのフレーズ

日常を愛することはできるか? とりわけ、「明日から人生変わる」みたいな書籍や動画を見ても全く人生が変わらなかった人に向けて

本記事の要約 人生のほとんどの時間が日常生活であると考えると、「人生を変える」ためには「日常」を変えることが必要だとわかります。日常生活は、習慣的な思考や行動によって占められています。もし人生を変えたいのであれば、現在の習慣を、自分が望む別の習慣に少しずつ変えていくのがよいのではないかということを筆者は提案します。(要約終わり) 1. 「日常」というものをどのように過ごすか人生の大半の時間は、様々な雑事に追われながら慌ただしく過ごすうちに消失してしまいます。このように考え

自分がおじいちゃんになった時、孫世代に「おじいちゃんたちの時代ってみんなバカだったんだね」と言われそうなことなんだろう、と考える

今日の記事は、いつもみたいに僕の思想を発信するのではなくて、ちょっと妄想してみようと思います。 いまから数十年後、自分の孫と話しているとしましょう。その時に、「おじいちゃんの時代って大変だったんだね」とか、「おじいちゃんの時代ってみんなバカだったんだね」と言われそうなこと、何かあると思いますか? 僕は、たくさんあると思います。例えば、サラリーマンの労働時間がずっと8×5=40時間(以上)より短くならないとか、年上のほうが絶対的に偉いとか、努力すればなんとかなるとか、そうい

「もう誰も信じられない!」「どんな言葉も信じられない!」と病まないための技術

「あんないい人がこんなひどいことするなんて、もう誰も信じられない😭」、こんな思いを抱く人が少なからずいるように思われます。他者を信じては裏切られ、信じては裏切られということが繰り返されると、他人を信用できなくなってしまう。このように他者に裏切られ続けた人々は、人間嫌い(ミサントローポス)になってしまっているのです。 それでは、この人間嫌いの原因とは何なのでしょうか。 このことについて、古代ギリシアの哲学者プラトンの著作である『パイドン』で描かれるソクラテスおじさんに教えて