怠け者?いやいやという話

やる気が出ない時期があった。
こんな経験をした人はまあ世の大多数だろう。
実際この記事を今書いている私もやる気が出ない中書いている。
矛盾していると思うだろうか?私の中では矛盾していない。
その理由を書いていこうと思う。

【やる気】というのは曖昧なものである。
どんなにやる気があってもやる気がない様に見える人もいればやる気が無いのにやる気があるように見える人もいる。やる気が無くてもものを作れる人もいればやる気があっても物を作れない人もいる。
周りから見たやる気と本人のやる気とは一切関係がないと言える。

その上で私は今やる気が中々出ない中この記事を書いている。書けている理由は単純に【やらなきゃならないこと】ではなく【習慣】になっているからである。
世にいう怠け者も物事によっては、と時と場合によっては「やる」だろう、やれてしまうのである。何故できるのか?
それは単に【合わないことを無理にしようとしているから】であると私は考える。
私が最近やる気が出ないのも物事に少し行き詰まりを感じていてそれがブレーキになっているからであるが答えはもう見えかけている。
【好きを大事に】という私の好きな作品でのキーワードがあるがそれを見失っていたからやる気が出なかっただけなのだと言う答えが。

世間の怠け者の諸君!
貴方達は怠け者で終わりたければそれで良い!
しかしそれでは嫌だと言うのであれば何かを始めてみよう。何でもいい。ただし合わないと思ったらすぐにやめることだ。貴方達は、私達は苦手な事を無理矢理できるほど、そこまで器用ではない!
それを負い目に思う必要もない!
多数派の論理に合わせる必要などどこにも無い。
あらゆるものはただ幸せになるために生まれてきたのだから無理をする必要は無い。無理は無理だから無理と言うのだ。
ただ自分にできることを探せば良い。
探したからと言って見つかるとは限らないが探さなければ絶対に見つからない。
双極性障害とパニック障害の併発により10年近くニート状態でただ実家で無為に時間を過ごしていた様に見えていた私にさえ見つけられたのだ。
気が向いたときに気まぐれで探してみれば見つかるかもしれない。
それと巡り合ったとき、生きていることの喜びを感じられることと思う。






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