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メカ悪役令嬢 後編

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 数時間後、ヴィランレディは【研究所】についた。
 メカ令嬢は航空力学を無視した亜音速の飛行が可能とはいえ、仇は想像以上に近い場所にいた。
 小高い丘にぽつんと建つそれは、ただの空き家にしか見えない。
 しかし、世界の軍事技術を根本から塗り替えた【研究所】の全容が、一瞥しただけでわかるはずもないだろう。

 依頼文には武装勢力に占拠されたという話だが、それらしき姿はどこにも見当たらない。
 やはり罠だとヴィランレディは改めて確信を得る。
 ひとまずあの一軒家を調べようと、玄関を開けて敷居をまたいだ瞬間、目の前の風景が一変した。
 ヴィランレディは病的に漂白された真っ白な通路の真ん中にいた。

「これは一体?」
「君はテレポート装置で瞬間移動させられた。ここはそれほどまでの科学技術を持っているんだ」

 奇襲を警戒して身構えると、聞き覚えのある声が通路に響く。

「ようこそ【研究所】へ」

 ローナンがいた。

「【研究所】のメンバーだったのね」
「と言っても、ついさっき参加を許されたばかりだ。新参も新参さ。そして最初の仕事は君の説得だ」
「裏切り者」

 ヴィランレディの言葉にローナンは今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。

「そうじゃない。武器を奪ったのは戦いから遠ざけるためだ。こうして説得しているのだって、君を守るため。僕はニーナを愛しているんだ」
「今すぐどかなければ殺す」

 ヴィランレディは憎悪を込めて言った。

「僕の話を聞いてくれ。ブレイクショットへの復讐は無意味どころか、人類社会への深刻な……」

 ローナンの言葉が途切れる。
 ヴィランレディがチョップで彼の首をはねたからだ。
 白一色の場所に赤色が飛び散る。
 ヴィランレディはローナンの首を、公園の隅に転がっているボールのように一瞥すると、通路の奥へと向かった。

 どかなけれれば殺すと言った。にもかかわらずローナンはどかなかった。
 彼は一人前の男だ。まさか恋人だから絶対に殺されないなどと、そんな幼稚なことは考えていないだろう。
 それの上で説得を続けたということは、【研究所】の一員として死ぬつもりだったのだ。
 ヴィランレディに悲しみも後悔もない。当然だ、仇に与する敵を殺したに過ぎない。

 その後、通路を抜けると広大な空間に出た。
 まるで地下墓地のようであった。床一面には金属製の棺桶のようなものがずらりと並んでいる。
 ヴィランレディが一歩進むと、棺桶が一斉に開き、中からブレイクショットが起き上がる。
 やはり彼女は大量に存在するようだ。

 この中の誰がホワイトレイヴンを殺したのかわからないが、いずれにせよ皆殺しにする。
 無数のブレイクショットが襲いかかる。
 ヴィランレディは一歩もひるまなかった。
 チョップで首をはね、拳で胸を貫き、蹴りで胴をへし折る。

 次々とブレイクショットを倒していくが、それも十数機のみだった。
 最初に破壊されたのは左腕だった。
 次は右足だった。
 ボロボロに傷つき、もはや立ち上がることすらできなくなっても、ヴィランレディは戦おうとした。

「うぅぅ、ううぅぅぅぅ!」

 ヴィランレディは憎しみのあまり獣のような唸り声を上げる。
 
「やはり人は危険よ。理知があると胸を張っている割に、少しばかり賢いケダモノでしかない」

 上からブレイクショットの声が響く。
 ヴィランレディは頭上を睨みつけた。

「それは本当の姿というわけね」

 空中にブレイクショットがいた。だがその姿は他と異なっていた。さながら赤い鎧をまとう天使のようであった。

「そうよ。これこそが本当の私よ。今まで私は、人工脳どころかメカ令嬢コアすら持たない、令嬢力バッテリーで動くメカ令嬢の劣化品。ただの操り人形」
「あなたは何者?」
「私は【研究所】が生み出した社会管理のためのメカ令嬢よ」

 ブレイクショットは厳かに言う。

「自由競争の名のもとに人々は闘争を求めている。それが不可避であり、永遠に続くものであるのなら、管理しなければ社会は滅びる」

 ブレイクショットが目の前に降り立つ。
 ヴィランレディは仇を殺すために立ち上がろうとするが、片足であるために再び倒れてしまう。

「私は社会が破滅しないように管理してきた。細心の注意を払って、人々に悟られないように」
「ホワイトレイヴンを殺したのも、その一環だというの? あなたと同じメカ令嬢なのに」
「彼女は例外よ」

 ブレイクショットは冷たく言い放った。

「ホワイトレイヴンは令嬢力を普及させようとした。でも、今の人類では使いこなせずに自滅するだけよ。だから始末する必要があった」
「そういうことだったのね。おかしいと思っていた。今まで誰もメカ令嬢コアを解析できなかったのは、強固なプロテクトがあっただけでなく、あなたが解析しようとする者を殺していたからなのね」

 ブレイクショットは「そうよ」と肯定した。

「メカ令嬢コアを解析されてしまえば、令嬢力の真の源が露見する。それだけは絶対に防がなければならない」
「真の源?」

 ブレイクショットは自分の頭を指差して告げる。

「脳よ。令嬢力は人の脳から発生する超自然エネルギーなのよ。それは未開の時代にて魔力や霊力と呼ばれたもの。メカ令嬢の人工脳は令嬢力を得るために作れた。メカ令嬢コアは力を引き出すための補助装置にすぎない」

 令嬢力とは文字通り超常の力だったのだ。

「もし令嬢力の秘密が解明されてしまえば、すべての人類が超人となる。未熟な知性のままそなればどのような結果をもたらすか、あなたにもわかるでしょう?」

 だからホワイトレイヴンを殺したというのか。
 止めてくれの一言で済む話なのに、例外となった者に存在価値はないと虫けらのように殺したのか。
 ふざけるなと、ヴィランレディの心は怒りの炎で煌々と燃え盛っていた

「さて、話も終わったことだし、あなたには今後の研究のためのサンプルになってもらうわ。あなたの脳から発せられる令嬢力は通常とは少し異な……え?」

 ブレイクショットが訝しむ。
 なぜならヴィランレディから発せられる令嬢力の光が、白から赤へと変わったのだ。
 それは、まるで彼女の憎悪によって令嬢力が染め上げられたかのようだった。

 そして赤い令嬢力は物質化し、ヴィランレディの欠損した腕と足となった。
 ヴィランレディは立ち上がる。自分の身に何が起きているのかわからない。ただ一つはっきりしているのは、まだ戦えるということだ。

「一体何が起きているの!?」

 冷徹な女神のようだったブレイクショットの顔に明らかな動揺が浮かぶ。彼女は慌ててヴィランレディから離れた。

「全機、その例外を消しなさい!」

 ブレイクショットが号令を下すと、量産型が一斉射撃をする。
 だが、ヴィランレディの全身を包む赤い光は無数の光弾を全て弾いた。

「ううう……あああ!!」

 ヴィランレディが叫ぶと、彼女の身体から無数の赤いレーザーが放たれた。それらは全て尋常ならざる追尾性能を持ち、量産型のブレイクショットを一瞬にして1機残らず撃破する。

「……」

 唯一残った真のブレイクショットは言葉を失った。
 令嬢力というのは、そもそもからして魔法や超能力の燃料であり、それを科学的に加工したものだ。不可思議なことはあって当たり前。【研究所】が解明していない未知の側面が発現する可能性は常にあった。

 そのため、目の前で起きている現象そのものに驚きはない。
 問題なのはタイミングだ。よりにも寄ってなぜ”今”なのだ。
 自分を作り上げた科学者から「管理者たれ」という遺言とともに【研究所】のすべてを受け継いで十数年。ブレイクショットは社会をつつがなく管理してきた。
 その努力を今、たった一人の手によって台無しにされようとしている。

「ツケを支払いなさい」

 ヴィランレディのその声は、まるで地獄から聞こえてくるようだった。
 ツケ? 自分はいつの間にか負債を抱えていたとのかと、ブレイクショットは愕然とする。

 円満に解決した思っていた問題は、その実解決などしてはおらず、陰謀と暴力を持って無理矢理引きちぎって捨てただけなのか。
 捨て続けて目を背けてきたそれが積もりに積もり、今まさに精算を突きつけているのか。
それこそがこの最悪な状況だと言うのか。

「私に支払うべき負債などない!」

 これまでの行いは、全て社会管理のための必要な措置だ。瑕疵など一つもないとブレイクショットは確信している。
 ブレイクショットはレーザーブレードを起動して突撃する。
 距離を取るのは危険だ、先程の全方位追尾レーザーの餌食になるだけだ。

 ヴィランレディの全方位レーザーはわずかだがチャージ時間があった。ならば至近距離で攻撃を続け、チャージさせる暇を与えないほうがいい。
 ブレイクショットはほとんど瞬間移動のような機動力で間合いに入り込む。

 ヴィランレディのボディは中量2脚型のデフォルトスタンダードとなるほど優秀な性能を持っているが、【研究所】の最新技術を用いいたブレイクショットはそれを超える。
 ましてや今は欠損した手足を、物質化した令嬢力で無理やり補修している状態だ。

 対応は間に合わない。
 そのはずであった
 ヴィランレディは予想を大きく速度で反撃した。
 彼女は令嬢力で作った赤い腕でブレイクショットを殴りつける。
 ブレイクショットの人工脳は一瞬意識を失う。
 気がつけば壁に叩きつけられていた。

 すでにヴィランレディは次の打撃を与えるために突進してきている。
 ブレイクショットは両腕に内蔵されているパルスガンを一斉射し、光弾による弾幕を作る。
 足を止めて回避や防御をするだろう。そう予想しての攻撃であったが、ヴィランレディは少しも速度を落とさなかった。

 パルスガンから放たれる光弾は、通常のメカ令嬢を1発で撃破できる威力を秘めている。
 だが! 必殺であるはずの光弾を、ヴィランレディは豆鉄砲のように弾き飛ばしていた!
 ブレイクショットは牽制を諦め、すぐさま空中へと逃げる。
 直後、先程までいた場所にヴィランレディの飛び蹴りが突き刺さった。

 空中のブレイクショットはすかさず腰のプラズマ・キャノンを構え、更には背中のミサイルハッチも開く。
 プラズマ弾とミサイルの同時攻撃がヴィランレディに襲いかかる!
 爆発の後、そこにヴィランレディの姿はなかった。

 跡形もなく消し飛んだ……わけがないとブレイクショットは判断する。残骸は一つも残っていないのは明らかに不自然だ。
 そう考えた直後、背後に気配を感じる。
 振り向いた瞬間、ブレイクショットはヴィランレディに殴りつけられた。
 先程の攻撃を一瞬で回避しただけでなく、後ろに回っていたのだ!

「ああ!」

 赤い鋼の天使が墜落する。
 ブレイクショットは、ブースターを使わずに空中に静止しているヴィランレディの姿を見た。
 いったいどのような原理が働いているのか、世界で最も令嬢力を理解しているはずのブレイクショットすらわからなかった。

 ヴィランレディがブレイクショットに赤い腕を向けると、その手のひらに赤い光球が生じた。
 人の頭部ほどの大きさはあるそれは、憎しみを凝縮したかのように輝いている。
 内包するエネルギー量はブレイクショットに内蔵されているセンサーでは計測不可能であった。

 これが、これこそが人の憎しみ。
 憎しみが極まって令嬢力と結びつけば、これほどの力を発揮するのだと、ブレイクショットは思い知った。

「待って……私の負けよ。だから、殺さないで。私が死ねば、管理の手を離れた社会が暴走してしまう」

 命乞いであった。

「私と【研究所】の全能力を持ってあなたの望みを叶える。だからお願い。どうか憎しみを鎮めて」
「……」

 ヴィランレディは無言でみすぼらしくなったブレイクショットを見下ろす。

「お願い、復讐を諦めて。世界を滅ぼさないために妥協して」
「たとえ……」

 ヴィランレディが口を開く。その口調は穏やかだが、込められた憎悪は黒い太陽のように燃え盛っている。

「たとえ世界が滅びようとも、私は妥協しない」

 赤い光球が放たれる。
 ブレイクショットは逃れようとするが、直前に受けた攻撃のダメージで満足に動けない。

「やめてーッ!!」

 どこで、何を間違えたのか。ブレイクショットはその答えを得ることなく、光球の爆発に飲み込まれた。
 爆発が収まった後、ヴィランレディは眼下に広がるブレイクショットの残骸を見る。
 量産型も、たった今殺した真のブレイクショットも動くものは誰もいない。
 達成感もない。満足感もない。喜びなどあるはずもない。

 ホワイトレイヴンを失った心の傷は未だに残り続けている。
 復讐が成った。ただそれだけの事実があるのみ。
 しかし、その事実は世界を滅ぼすのと引き換えにするだけの価値があった。
 そう感じる自分は紛れもなく悪人だと彼女は自覚している。
 だからこそヴィランレディ《悪役令嬢》と名乗ったのだ。

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