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メカ悪役令嬢 中編

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 ヴィランレディは指定された合流場所に向かった。
 そこはかつて大都会出会ったが、企業間闘争によってゴーストタウンとなった場所だ。
 ゴーストタウンの中心部にサイドキックはいた。
 彼女はヴィランレディと同じく中量2脚型のメカ令嬢だが、武装が大きく違う。
 両手には短距離マシンガンで、両肩にはグレネードランチャーを装備している。同じ武器を左右に装備するシンメトリーと呼ばれるスタイルだ。

「サイドキッ……」

 呼びかけようとしたその時だ。機械じかけの体に悪寒を感じた。
 ヴィランレディが回避ブースターで横に跳ぶのと、サイドキックが両肩のグレネードを撃つのはほぼ同時だった。
 二つのグレネードは直前までヴィランレディが立っていた場所を通り抜け、その先にある高層ビルに着弾。巨大なコンクリートの塊を木っ端微塵に爆破した。

「騙して悪いわね。これも全てブレイクショット姉さまのためよ」

 彼女の目的は全くの逆だったのだ。ブレイクショットを倒すのではなく、ヴィランレディを倒すために、偽の依頼を出してきた。

『ニーナ! 逃げるんだ!』

 状況を悟ったローナンが通信機越しに撤退を促す。

「いいえ! ここでサイドキックを倒します! 彼女はブレイクショットと繋がりがあります。なにか情報を引き出せるかも知れませんし、何より!」

 そう、何よりも。

「ここでランク2程度を倒せないなら、ブレイクショットも倒せない!」

 ランカーメカ令嬢の実力は強大だ。そんな彼女たちを単なる通過点として撃破できるだけの力が、この復讐における大前提なのだ。
 ヴィランレディはブースターで横移動しながら肩のマイクロミサイルを放つ。
 極めて高い追尾性能を誇るミサイルを回避するのは困難だが、サイドキックは移動する素振りすら魅せない。

 その必要がないからだ。
 サイドキックは両手のマシンガンで弾幕を作ってミサイルを迎撃する。
 ミサイルは命中前に爆発する。

 攻撃に失敗した、というわけではない。ヴィランレディはサイドキックの対応は予測済みで、そうさせるためにミサイルを撃ったのだ。
 ヴィランレディは素早く移動を開始する。サイドキックはミサイルの爆炎でこちらの姿が見えない状態にある。
 近くのビルの中に隠れた直後、サイドキックの叫び声が響いてきた。

「臆病者! 仮にも姉さまに楯突くつもりなら、相応の振る舞いをしなさい!」

 好きに言っていればいいと思いながら、ヴィランレディは”仕込み”を進める。
 まず第1手としてジャマーを発動させ、サイドキックのレーダーを潰す。
 
「小賢しい手ばかり! あなたには姉さまの前に立つ資格すらないわ!」

 数分もの間、サイドキックはヴィランレディの姿を見失ったままであり、ただ罵声を浴びせるしかできない。
 その時、ビルの割れた窓から数発のミサイルが飛び出す。

「そこね!」

 サイドキックはマシンガンでミサイルを迎撃し、すかさず両肩のグレネードをビルに向かって連射した。
 またたく間に瓦礫の山が築かれる。

「卑賤なメカ令嬢には少し上等すぎるお墓かしら」

 嗜虐的な笑みを浮かべるサイドキックだが、背後からのエネルギー弾が彼女を貫く。

「う、そ……」

 サイドキックが振り向いた先にはヴィランレディの姿があった。

「ビルから確かに攻撃があった。そこから脱出して後ろに回る時間なんてなかったはず」
「ミサイル装置を取り外してビルに設置した後、遠隔操作で発射しただけよ。私は初めから別の場所にいた」

 ヴィランレディは種明かしをする。
 サイドキックは超一流のメカ令嬢だ。真っ向勝負ならブレイクショットに次ぐ実力者なのは間違いない。

 だがその強さはアリーナという限られた環境でのみ培われたものだ。
 加えて、メカ令嬢というのは製造されてからは淑女としての教育が徹底される。よってズルさへの対応力は意外と低い。

「お姉さま、申し訳ありません……」

 悔恨の言葉とともにサイドキックは爆散した。
 ランク2を撃破し、格上殺しを果たしたヴィランレディだが心は一切動かない。
 メカ令嬢として生まれ変わってから数え切れないほど戦い、そして勝ってきた。だが勝利の喜びは一度たりとも得てはいない。

 もし得られるとしたらそれは、ブレイクショットを倒したときのみだろう。
 喜びなき闘争は心を摩耗させていくだろう。だがヴィランレディは違う。たとえ他の全ての心がすり減ったとしても、憎悪の炎があるかぎり彼女は決して止まらない。
 
「ローナン。戦いは終わりました、これから帰還します」

 返ってきたのが愛する男の声ではなく、砂嵐のような雑音だった。
 まだジャミングが残っている。しかしヴィランレディはとっくに自分のジャマーを停止させていた。
 別の誰かがジャマーを使っている。その考えに至った時、”彼女”が現れた。

「ランク2では力不足だったようね。なら私が対応しなければ」
「ああ、そんな。私は白昼夢でも見ているの?」

 ヴィランレディは自らの正気を疑った。目の前の光景は激しい憎悪が見せた幻覚ではないかと。

 しかし赤と黒のボディを持つ彼女は間違いなく……

「ブレイクショット!!」

 幻覚でも構わない。狂気に陥ったというのなら、それは憎悪の火を灯した日からずっとだ。
 今はただ、親友の仇を殺したい!
 理性を手放したヴィランレディは、レーザーブレードを振りかざしてアリーナの女王に斬りかかった。

 ブレイクショットもまたレーザーブレードを使い、ヴィランレディの攻撃を受け止める。
 レーザーブレード同士の鍔迫り合いがバチバチと音を立てるのを聞いて、ヴィランレディはこれが現実だと分かった。

 間近で見るブレイクショットの装備は、両手にレーザーブレードとEA《エネルギーアサルト》ライフル、肩にはそれぞれグレネードランチャーとミサイルポッドがあった。殆どの距離で対応できる万能タイプだ。

 二人は弾かれるように離れ、ヴィランレディは速射ライフルを、ブレイクショットはEAライフルを撃つ。
 直撃はしなかった。しなかったが、ヴィランレディの攻撃がブレイクショットのグレネードランチャーを破壊する。

 装備を失ったことによる一瞬のバランスの乱れ。まばたきよりも短いそのチャンスをヴィランレディは掴んだ。
 すかさずレーザーブレードを振るう。

 首を狙った一撃だが、ブレイクショットが体をひねる。結果、首ではなくミサイルポッドの接合を切断するにとどまった。
 これでお互い、使える武器は両手に装備したもののみ。

 殺意が研ぎ澄まされ、ヴィランレディに尋常ならざる集中力が生まれると、時間間隔が鈍化し、全てがスローモーションとなった。
 ヴィランレディはレーザーブレードを構えて突撃する!

 ブレイクショットがEAライフルを向ける。どこを狙っているのかはっきりと分かった。
 頭だ。
 EAライフルから令嬢力の光弾が放たれると、ヴィランレディはそれをわずか数センチの動きのみで全て回避した。

「そんな!」

 かすかだがブレイクショットが始めて驚きの表情を浮かべる。
 レーザーブレードがブレイクショットのメカ令嬢コアを貫いた。

「予測を超えている。修正しなければ……」

 アリーナの女王はその敗北を、ヴィランレディ以外の誰かに知られることもなく、爆散すした。

 ヴィランレディはブレイクショットを倒した。
 だが、復讐は終わらなかった。

「これは一体どういう事!?」
「僕にもわからない。でもこれは紛れもない事実だ」

 翌日、ブレイクショットがアリーナの試合に出場していたのだ
 中継映像に映るブレイクショットは、何事もないように戦っている。

「ニーナ、君が倒したブレイクショットは偽物だったんじゃないか?」
「偽物……」

 最も納得の行く理由だ。生身の人間と違って、外見など自由自在に変えられるのがメカ令嬢だ。
 だが、あの時戦ったブレイクショットはとても偽物とは思えない強さだった。ほんの少しなにかの手違いがあれば負けていたのはヴィランレディだっただろう。

「ニーナ、もう諦めよう」

 ヴィランレディは無言で中継映像のブレイクショットをにらみ続ける。

「あんなに危ない思いをしてまで倒したのに偽物だった。今もアリーナで戦っているのですら本物か分からない。何度倒しても、その度に新しいブレイクショットが現れるのなら、もう敵討ちなんて……」

 激しい音にローナンの言葉は遮られる。ヴィランレディが近くの机を殴りつけ粉砕した音だ。

「ならば何度でも倒せばいいだけです! 偽物だろうと本物だろうと、残らず根絶やしにすればいい!」

 ローナンは言葉を失った。ニーナが別のなにかに変貌してしまったかのように怯え、静かに彼女の前から去っていった。
 それから少しして、武器庫から爆発音が聞こえてきた。
 
 武器庫にあったものは残らず破壊されていた。武器がなければ戦わないだろうと考えたローナンがやったのだろう。
 それからヴィランレディは一人でその日の夜を過ごした。
 不思議と孤独はなかった。

 ニーナはとっくに死んでいて、自分はその憎悪のみを引き継いだだけ機械に過ぎないのかも知れない。
 ヴィランレディはそれで構わなかった。それで良いと全て受け入れていた。
 やがて夜が明け、一つの依頼が届く。

 依頼名:武装勢力排除
 依頼者:NULL
 報酬:890,000,000クレジット

 我々はあなた達が【研究所】と称する組織です。
 現在、所属不明の武装勢力によって【研究所】が占拠されています。
 我々は彼らの目を盗んであなたに依頼を送っています。
 可及的速やかに、武装勢力を排除してください。
 もし依頼を受けて抱けるなら、上記の報酬に加えブレイクショットの全情報をそちらに渡します。

 罠だろうと持った。
 サイドキックのときと同じく、ヴィランレディをおびき寄せて始末するためだろう。
 それで構わなかった。敵が自ら懐をさらけ出すというのならば、それをかっさばいて腹わたを引きずり出せばよいだけのこと。
 武器は全て失っている。レーザーブレード一本すらない。

 それでもヴィランレディは依頼文に記された【研究所】の所在地へと向かった。
 あらゆる理屈を押しのけて、それはヴィランレディを動かす。
 闘争心という篝火に憎悪の薪を焚べながら、ヴィランレディは突き進む。


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