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第1話ロードビス流・シンデレラ

 昔々あるところに、不思議の国と呼ばれる場所がありました。
 
 女王は最強であるべし!
 
 その国では20年に一度の新しい女王を決める武闘会を開いていました。
 武闘姫《プリンセス》たちは武闘礼装《ドレス》とまとい、
 
 戦って!
 戦って!
 戦い抜いて!
 
 全ての武闘姫の頂点に達したものが、次の女王になるのです!
 そして! まさに今年が武闘会開催の年!
 
「やはりアリスでしょう。キャメロット一刀流の彼女は、他国では不思議の国のアリスと言われるほどの剣豪です」
「いやいや、魔法空手の白雪姫ですよ。彼女は魔法と空手の神に愛された天才だ」
「かぐや姫です。間違いありません。だって彼女は竹取流忍法の家元ですから」
「赤ずきんはどうだろうか? 我流の斧使いだが、噂では一晩で20人もの狼人間を皆殺しにしたらしい」

 ある町の市場では、誰が新しい女王になるか人々が話し合っていました。武闘会の開催は二日後だと言うのに、気が早いですね。でも、それだけ注目を集めるお祭りなのです。
 男も女も、子供も大人も武闘会の話ばかりしています。もしかしたら犬や猫すらも女王が誰か話し合っているかもしれません。
 市場に一人の娘がやってきました。地味でみすぼらしい格好をしているので、だれも彼女のことに気が付きません。
 
「ごめんください」

 娘はある商人の店にやってきました。ですが、商人は品物の整理に夢中で彼女のことに気が付きません。

「あの、すみません」

 でも商人は気づいてくれません。
 
「あの」
「わ! びっくりした」

 もっと近くによって話しかけると商人はようやく気がついてくれました。

「町外れの屋敷にいるお嬢さんか。えっと名前は……」
「シンデレラです」

 娘は無表情に名乗りました。

「そうそう、シンデレラ。それで何用で?」
「小麦粉をください。パンを作るための小麦粉を」
「かなり重たいよ?」
「大丈夫です。力仕事にはなれていますから」

 シンデレラから代金を受け取った商人は倉庫から小麦粉の袋を持ってきました。それはとても重そうで、彼女の体重の半分はありそうです。

「ありがとうございます」

 シンデレラはずっしりと重い小麦粉の袋を両手で抱えながら帰ってきました。
 
「なんだいあの娘は。愛想が無くて気味が悪いよ」

 奥からやってきた商人の妻は不愉快そうに顔をしかめます。
 
「そう言うなよ。シンデレラは母親を亡くした上に、父親は再婚相手とその連れ子ばっかり贔屓しているそうだ。召使い同然に扱われている」

 商人はシンデレラを心から同情しました。
 小麦粉の袋を持ち帰ったあとも、シンデレラに安息はありません。意地悪な継母と連れ子の姉妹がいるからです。
 
「ただ今戻りました」
「遅い! いったい何をしていたというの!?」

 屋敷は町外れにあり、重い荷物を抱えながらでは買えるのに時間がかかってしまうのは当然です。でも継母には関係ありませんでした。彼女にとって、自分が遅いと思ったのなら光の速さでも遅いのです。
 
「でも義母様……」
「私を母と呼ぶんじゃない!」

 継母は鋭いショートフックをシンデレラの下顎に叩きつけます。
 殴られたシンデレラはよろめきますが、倒れないようにこらえました。
 
「何度言ったら分かるの! 私はお前の母親じゃない!」
「申し訳ありません。奥様」

 シンデレラは深々と頭を下げますが、継母はそれでも許しませんでした。
 継母の放った強烈な回し蹴りがシンデレラのこめかみに叩きつけられ、今度こそ彼女は倒れてしまいます。
 
「まったく! おまえときたら、愚図で! 鈍感で! 物覚えが悪いんだから!」

 継母は倒れたシンデレラを何度も踏みつけます。ひどい!
 シンデレラは継母の暴力に必死に堪えます。
 
「お母様、そんなゴミほっといて、早く道場へ行きましょう」
「そうよ。明後日に始まる武闘会に向けて、最後の追い込みをかけないと」

 上等な稽古着を身に着けた二人の娘が現れます。彼女たちが継母の連れ子たちです。
 連れ子たちは武闘姫として武闘会に参加する予定でした。
 
「あら、もうそんな時間? まっててすぐ行くから」

 娘たちには聖母のような笑みを浮かべた継母は、次の瞬間には鬼のにおぞましい表情でシンデレラを睨みつけます。
 
「家中をピカピカに掃除しなさい。それが出来るまで食事は与えないから」

 継母と三姉妹が出掛けた後、シンデレラは立ち上がり屋敷の掃除を始めます。
 何時間も掛けてようやく掃除を終えたシンデレラですが、与えられた食事は冷めきったスープと固くなったパンのみでした。
 シンデレラはそれらを物置小屋で食べます。そこだけが、彼女に許された生活の場でした。
 
 ああ! 可愛そうなシンデレラ。
 ですがよく見てください。彼女の瞳を!
 その瞳は絶望と諦観で濁ってはおらず、宝石のように透き通っています。そしてその奥では、力強い闘志が宿っているではありませんか!
 彼女は現状に屈したのではありません。立ち上がるべき日に備えて!

 夜、みなが寝静まった頃、シンデレラは屋敷を抜け出して近くの森へ向かいます。
 鬱蒼とした森は暗く、月明かりも雲に遮られていました。
 さらには深い霧が立ち込めます。それは森に訪れたものを惑わそうとしていますが、シンデレラの歩みに一切の迷いはありません。

 やがて大きな影がシンデレラの前に現れました。
 雲が流れ、隠れていた月が姿を表すと、淡い月明かりがシンデレラの前に現れたそれの姿を照らします。
 カボチャです! 巨大なカボチャでつくられた道場ではありませんか!
 
「今日も来たようね」

 道場の前には魔法使いの老婆がいました。
 
「さあ、おはいりなさい」

 魔法使いが扉を開き、シンデレラを道場に招き入れます。
 中は板張りの広間で、この国では一般的な道場の形をしていましたが、しかし不思議な雰囲気で満たされていました。
 
「いつもどおり、ここを活力の魔法で満たしているから好きなだけ稽古なさい」
「助かります」

 そうしてシンデレラは稽古を始めます。基本的な体力トレーニングに始まり、突きや蹴りの一人稽古を黙々とこなします。
 活力の魔法のおかげで、カボチャの道場にいる限り、シンデレラは疲れることはなく、眠る必要すらありません。
 そうしてシンデレラは思う存分、稽古に打ち込めました。
 
「そうして稽古している姿を見ると、あなたのお母さんを思い出すわ」

 魔法使いは懐かしむようにシンデレラを見ます。

「母などんな人でしたか?」
「本人から聞いていないの?」
「あの人は自分のことを語りません。特に前回の武闘会のことは何も」

 シンデレラの母親もまた武闘姫であり、かつては女王を目指して他の武闘姫と覇を競っていました。
 でも、それがどんな戦いであったのか、シンデレラは何も聞かされていません。
 
「彼女は天才よ。ロードビス流の技を持って、多くの武闘姫を倒したわ。最後に優勝したのは今の女王陛下だけれど、陛下を除けば彼女に勝てる武闘姫はいなかったわ」
「そこまでの人だったんですね」

 シンデレラにとってロードビス流を教える時以外の母は、ごくごく普通の人でした。
 自分を生んだ人が、もしかすると女王になっていたかもしれないと聞き、シンデレラは意外に思いました。
 
「あなたは母親の素晴らしい才能を受け継いでいるわ。意地悪な継母から稽古の場を奪われたあなたに、カボチャの道場を用意したのも、その才能のため」

 魔法使いはシンデレラをまっすぐ見ていいました。
 
「そうそう、今日はあなたに贈り物があるの。いつまでもボロボロの服ではしのびないわ」

 魔法使いは服をシンデレラに贈りました。それは質素ですが上等な布が使われており、またとても動きやすい作りをしています。
 シンデレラが着替えると、柔らかい着心地が彼女を包み込みます。送り主の優しさが伝わってくるようでした。
 
「ありがとうございます。カボチャの道場だけでなく、こんな素晴らしいプレゼントを送ってもらえるなんて」
「プレゼントはそれだけじゃないわよ」

 魔法使いが差し出したのは一つの石でした。それは宝石のように透き通っており、中には不思議な光が宿っています。
 
「あなたのために用意したドレス・ストーンよ。武闘会に出るならば必要でしょう」
「いいえ。これは遠慮します。ドレス・ストーンは母の物を使いたいのです」

 シンデレラは丁重に断りました。
 
「でも、母親のドレス・ストーンは継母に奪われたのでは?」
「はい。だから取り戻します」

 シンデレラには揺るぎない決意がありました。
 
「もう心に決めているようね。分かったわ。行ってらっしゃい。あなたの健闘を祈っているわ」

 魔法使いは笑顔でシンデレラを送り出してくれました。
 カボチャの道場を出ると、すでに空が明るくなっていました。
 シンデレラは町に一つだけある道場へと向かいます。
 
「ハッ! ヤーッ!」
「ハッ! ヤーッ!」
「ハッ! ヤーッ!」
 
 道場では大勢の人々が稽古に励んでいます。男も女も、若者も老人も関係なくです。
 不思議の国では武闘会で女王様を決めているので、国民の多くは武術を学んでいます。それは武闘会に参加する武闘姫だけではありません。国民の一人ひとりが、生活の一部として当たり前に武術を学んでいるのです。
 シンデレラが道場の扉を開くと、道場の門下生たちが一斉に彼女を見ます。

「シンデレラ! ここはお前が来ていい場所じゃないわ」

 意地悪な声は継母のものです。
 とてもひどい物言いですが、誰も咎めようとしません。道場の師範もです。なぜなら継母と連れ子の姉妹は、この道場で一番強いからです。
 
「母のドレス・ストーンを返して」

 シンデレラは継母に言います。もう良いように使われたりしません。
 
「それは、もう私のものよ」

 継母の連れ子の内、姉のほうがニヤニヤをいやらしい笑みを浮かべながら、シンデレラに見せつけます。
 
「返して」

 シンデレラはもう一度言います。
 
「だったら、力ずくで取り返してみなさいよ」

 連れ子の姉はドレス・ストーンを胸に押し当てるとこう叫びます。
 
「ドレスアップ!」

 ドレス・ストーンから光が溢れたかと思った次の瞬間、連れ子の姉は武闘礼装を身に着けていました。
 
「武闘礼装を着て武闘姫になった私にかなうかしら?」

 ドレス・ストーンが生み出す武闘礼装! それは身につけたものの潜在能力を最大限まで引き出す魔法の衣! これこそが武闘姫のあるべき姿なのです!
 
「さあ、かかってきなさい」

 連れ子の姉がそういった次の瞬間、シンデレラは彼女に拳を叩きつけました。
 その光景に、誰もが唖然としました。連れ子の姉は何も出来ないまま気を失って倒れます。
 それを見た連れ子の妹は信じられない様子です。

「う、嘘。姉さんが一度の攻撃で負けるなんて」

 一度? いいえ! 三度です!
 シンデレラは三度の打撃を叩き込みました!
 あまりの速さに、周囲に者たちは一度の打撃に見えてしまったのです。
 着用者が気絶したことで武闘礼装は解除され、ドレス・ストーンはシンデレラの手に戻りました。
 そして、シンデレラは母の形見であるドレス・ストーンを使います。

「ドレスアップ」

 シンデレラが光に包まれます。
 武闘礼装は身につけるものによって色と形を変えます。シンデレラのはシンプルな白と黒の武闘礼装でした。
 
「何をしているの!? はやくシンデレラを叩きのめしなさい!」

 継母が連れ子の妹を叱咤します。
 
「で、でも姉さんを倒した相手じゃ」
「私とあなたもドレス・ストーンを持ってる! 二人がかりなら倒せるでしょう!?」

 継母と連れ子の妹が武闘姫に変身しようとしたその時です。
 シンデレラは無言で、しかし凄まじい闘志を全身から発しました。
 
「う……」
「あっ……」

 継母と連れ子の妹は金縛りにあったかのように動けなくなります。
 二人は悟ったのです。自分たちが力を合わせても、シンデレラには絶対に勝てないと。ましてや彼女は変身すらせずに武闘姫を倒したのです。その実力差は圧倒的でしょう。
 シンデレラが道場から立ち去ろうとした時、彼女を呼び止める鋭い声がします
 
「まて!」

 それはこの道場の師範でした。厳格そうな女性です。
 
「どこか見覚えのある顔と思ったけど、その武闘礼装で気づいたわ。あなたはロードビス流の彼女の娘ね?」

 彼女はシンデレラの母親を知っているようです。
 
「前の武闘会で、私はあなたの母親に、ロードビス流に負けた。けど今度こそ勝つ。そのために私は20年も自分を鍛えてきた」

 師範は自分のドレス・ストーンを使って武闘姫に変身します。
 
「私と勝負しろ!」

 師範の顔はもはや道場の主ではなく、一人の武闘家でした。
 この勝負、受けぬ訳にはいかない。そう思ったシンデレラは構えます。
 二人の武闘姫から発せられる闘志が道場を満たします。
 それはとてつもなく激しく、何人かの門下生は耐えらずに失神してしまうほどです。
 先に動いたのは師範でした。
 
 彼女から放たれた拳はまるで稲妻のようでした。その動きを目で終えたのは誰もいません。
 ただ一人、シンデレラを除いて。
 裏拳で師範の拳を弾いたシンデレラは、もう片方の拳をみぞおちに叩きつけます。
 すかさず次の打撃をシンデレラは打ち込もうとしますが、二撃目は手首を掴まれて阻まれてしまった。
 
「取ったぞ!」

 叫んだ師範はシンデレラに関節技をかけようとします。
 武闘姫同士の戦いは苛烈です。関節技をかけることは、すなわち! 相手の骨を砕くことを意味します!
 この技こそ、道場を営みながら20年もの歳月をかけて磨き上げたものでした。
 
 ですが! シンデレラの才はその歳月を上回ったのです!
 シンデレラは相手の拘束を振りほどきました。それは緻密な力学の作用! 知恵の輪を解くかのごとく、自由を取り戻します!
 そして! シンデレラは逆に師範の腕をつかみ、床に叩きつけます!
 衝撃! 揺れる道場! 板張りの床が粉砕!
 
「また、勝てなかった……」

 目の端に涙をにじませながら師範は気を失います。
 勝利したシンデレラは何も言わず、黙って道場を後にします。
 そして町を出ていきました。
 目指すのは隣町です。そこでは武闘会の参加を受け付ける窓口があるのです。
 明日は武闘会開催の日。シンデレラの戦いが始まろうとしていました。
 

 シンデレラにカボチャの道場を与えた魔法使いは、女王のお城にやってきました。彼女は宮廷魔法使いだったのです。
 
「ただいま戻りました、チャーミング王子殿下」

 魔法使いはテラスで紅茶を飲むチャーミング王子にひざまずきます。
 チャーミング王子はとても美しい少年でした。その美貌は女性だけでなく、男性すら魅了しそうです。

「シンデレラは殿下からの服を受け取りましたが、ドレス・ストーンは母の形見を使うと断りました。申し訳ありません」
「べつに構わないよ。ドレス・ストーンよりも服の方を受け取ってほしかったからね」

 シンデレラに送られた質素ながらも上等な服は、チャーミング王子が用意したものだったのです。

「それよりお願いしていた物は持ってきてくれたかな?」
「はい。こちらに」

 魔法使いがうやうやしく差し出したのは小さは絵で、そこには武闘礼装を着たシンデレラの姿が描かれています。
 絵は驚くほど緻密で、とても筆で書いたとは思えません。それもそのはず、それは魔法を使って現実の風景を紙の上に複写したものだからです。はるかな昔、神代ではそのような絵を写真と呼んでいたそうです。

「シンデレラ! ああ、シンデレラ! 可愛い可愛い僕のお姫様!」

 シンデレラの写真を受け取ったチャーミング王子は、それを見てうっとりします。
 
「”あの人”から君の事を聞いて以来、僕は君を一瞬たりとも忘れたことは無い。君が武闘姫の頂点に立って僕の前に来てくれる日が楽しみだよ」

 シンデレラに恋い焦がれるチャーミング王子ですが、その目に宿るものは尋常ではありませんでした。
 願いというにはあまりにも歪んでいました。チャーミング王子のシンデレラに対する思いは、清らかさはなく泥のように淀んでいるのです。

 狂気!
 偏執!
 渇望!

 チャーミング王子の心に宿るものは、まさにそうとしか言いようがありません。

「殿下……」

 それを知っている魔法使いは、怯えた目つきでチャーミング王子を見ていました。


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