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番外編 PVP②:予選開始

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 ナスターチウムとの対戦から1ヶ月。ピジョンブラッドはPVP大会に向けた対人戦経験を着実に積んでいた。
 
「ピジョンブラッドはすごいな。もうランク100位だ」

 スティールフィストの声は高揚していた。
 
「私の対戦を見ているだけじゃ、つまらないんじゃないの? いくら恋人同士でも私個人の都合にずっと合わせる必要ないのに」

 自分の対戦を応援してくれるのはすごく嬉しいピジョンブラッドだが、スティールフィストの時間を無為に消費させているのではないかと、すこし申し訳ない気持ちになる。
 
「俺がピジョンブラッドの戦い様子を見たいからそうしているんだ。そもそも、俺がお前を好きになったきっかけは、その戦いぶりに見惚れたからさ」
「そう?」

 そう言われると、ピジョンブラッドは思わず笑みをこぼした。
 
「それで、もう少し対戦していくのか?」
「今日はここまでにしておくわ。対戦の勝利報酬で、良い素材アイテム手に入れたから、ギルドの共有倉庫にしまってから落ちる」

 アリーナでは5回勝利するたびにアイテムが報酬としてアイテムが与えられる。ここでしか手に入らないアイテムもあるので、さほど対戦に興味のないプレイヤーも時折アリーナに出場している。
 ピジョンブラッドとスティールフィストはギルドホームに戻るため、アリーナの出口へ向かう。
 
「あら、あの人は」

 見覚えのあるプレイヤーがちょうどアリーナに入ってきた。

「ナスターチウムと一緒にいた人だな」
「ええ。たしかパラードって名乗っていたわ」

 パラードもピジョンブラッドたちに気がつく。
 
「ここ最近、随分とランクを上げているようね」
「ええ。まあ」
「調子に乗らないことね」

 どういうわけかパラードはピジョンブラッドをにらみつけるように言った。

「あなたがMVPプレイヤーと言っても、しょせんプログラムで動く敵キャラを倒しただけ。あの時、ナスターチウムさんに一太刀与えられたのはまぐれよ。あなたなんかあの人の足元にも及ばない」
「ピジョンブラッドと一度も戦ったことないくせに、知った口きくな!」

 恋人を侮辱されたスティールフィストが声を荒らげる。
 しかしパラードはそれを無視する。
 
「本当なら、私があの人の好敵手になっていたはずなのにっ……!」

 ピジョンブラッドにぶつけたその言葉は、怨嗟に近いものが込められていた。
 
「PVP大会では覚悟することね。ナスターチウムさんが戦うまでもない。私があなたを叩きのめす」

 吐き捨てるように言って、パラードは足早に立ち去った。
 
「なんなんだ、あいつは」

 スティールフィストはパラードに対する不快感をあらわにする。
 
「大丈夫か?」
「ええ。心配いらない。もう前みたいに他人の敵意には怯えたりしないから」

 ピジョンブラッドはかつて父親に殺されかけたことがあり、それがトラウマとなって全ての他人におびえていた。
 しかし、プラネットソーサラーオンラインでスティールフィストやギルドの仲間たちとの出会いによって、その恐怖心は克服されている。
 
「パラードはナスターチウムに特別な気持ちを持っているみたいね」
「特別って?」
「それはわからない」

 ピジョンブラッドは首を横に振る。

「でも……」
「でも?」
「剣を交えればあの人の気持ちが分かると思う」

 パラードが何を思っているのかわからないが、それだけは確信を持って言えた。
 
「羨ましいな。俺は剣士じゃないから、ピジョンブラッドとそんな風に気持ちが通じ合え無い」
「何言ってんのよ」

 ピジョンブラッドはくすりと笑いながらスティールフィストと腕を組んだ。
 
「あなたと私が気持ちを通じ合わせるのに、言葉も剣も必要ないでしょう?」
「ああ……ああ! そうだな」

 スティールフィストは嬉しそうに言った。

 黒谷花絵は自宅に作らせたトレーニング場で息子の妻である守江と対峙していた。
 お互い、フェンシングの防具を身に着け剣を構えている。
 二人が動く。
 オリンピックで何度もメダルを獲得した花絵の動きに守江はついてきた。
 花絵が放った電撃的な刺突を守江は自分の剣で払い、すかさず反撃する。それは鋭く、素人では目にも止まらない。
 しかし花絵はすかさず相手の剣を切り払い反撃する。それは守江がしたのと同じ動きであったが、速さはわずかに上だった。
 守江の上半身、ちょうど心臓部分に花絵の剣が突いた。
 二人は構えを解く。
 
「さっきのパラード(相手の剣を払う)はかなり良かったわ。今の感覚を忘れないように」

 マスクを脱いだ花絵は、先程の試合を評価する。
 花絵にとって守江はもともとは教え子なのだ。フェンシング選手とその専属コーチ。それが二人の関係だった。
 その後、息子の孝介と守江は知り合い、結婚して今に至る。
 好敵手を失ったあと、花絵は現役を退いて後進の育成に力を注ぐようになった。
 日本フェンシング会のさらなる躍進のためではない。自分のためだ。アネットに代わる好敵手を自分の手で育て上げるため、見込みのある選手を指導している。
 
「はい、ありがとうございます。コーチ」

 練習中の守江は花絵をコーチと呼ぶ。
 
「この調子なら、次のオリンピックでメダルを獲れるでしょうね」

 でも。
 花絵は心の中で「でも」とつぶやく。守江は好敵手になれない。
 守江は才覚に優れ、本人も花絵の好敵手にふさわしい選手になろうと研鑽を積んでいた。
 だが、それでは駄目なのだ。
 守江が好敵手になろうとしているのは、花絵という憧れの選手に認めてもらいたい欲求から来ている。
 それでは花絵の好敵手になれない。真の好敵手とは相手を越えようとする気概をもってのみ成り立つ関係なのだ。
 それを理解できないのであれば、花絵にとっての守江は単に優れた教え子でしかない。
 
「今日はここまでにするわ」
「また明日、よろしくおねがいします。後片付けは私がしておきます」
「頼むわね。私は先にシャワーでも浴びてくる」
 
 シャワー室で熱い湯に打たれながら、花絵はピジョンブラッドについて考えていた。
 初めて対戦したあの日、彼女は「次は負けない」と言った。あのような闘志は久々だった。あれこそ花絵が求めているものだった。互いに互いを越えようとする意地のぶつかり合い。それこそが真の好敵手なのだ。
 それだけではない。
 
「ピジョンブラッドには何かがあるわね」
 
 たとえサイバースペース内であっても、剣を交えれば相手を少なからず感じ取れる。
 ピジョンブラッドには単なるスポーツ選手には決して無い何かがあり、それが今の彼女を形作っている。
 それが何であるのかはまだわからない。だがいずれ分かるだろう。次に彼女と戦うPVP大会で。
 花絵本人は気づかぬが、彼女は笑みを浮かべていた。
 ピジョンブラッドという十年ぶりの好敵手の存在に、花絵の人間性はわずかだが戻っていたのだ。
 

「これより第2回PVP大会を開催いたします!」

 運営の司会者が高らかに宣言した。
 
「本大会は夏のレイド攻略大会同様、予選と本選の2つに別れます。すでに公式サイトで告知済みですが、ここで予選開始前に改めてルールを説明いたします」

 司会者の背後にある大型テレビジョンにルール解説の図解が表示される。
 
「予選はバトルロイヤル形式で競います。各プレイヤーには初期ポイントが与えられ、他のプレイヤーに勝利すると、倒した相手が保持しているのと同じ数のポイントが加算されます」

 仮にプレイヤーAが100ポイント、プレイヤーBが200ポイント持っているとする。
 プレイヤーAがプレイヤーBに勝利すると、相手が持っていた200ポイントが加算され300ポイントとなるわけだ。

「敗北した場合、30秒後にフィールド上のランダムの場所で自動復活します。なお敗北による減点はありません」

 何度負けても大量のポイントを持つプレイヤーに一度でも勝てば逆転できる。逆に上位プレイヤーはたった一度の敗北が順位転落につながる。
 連敗しても心がくじけない不屈さと、連勝しても決して油断しない慎重さがプレイヤーたちに要求される戦いだ。
 
「参加プレイヤーは16のブロックに分けられ、各ブロックで最もポイントを獲得したプレイヤーが本選へ進出いたします」

 1ブロックにつきプレイヤーは100人ほどだ。その中からたった一人が本選に進む。
 
「ルール説明は以上です。カウントダウンの後、プレイヤーをバトルフィールドへ転送いたします」

 テレビジョンで転送のカウントが開始された。
 いつでも戦えるよう、参加者の待機場にいたピジョンブラッドはブルーセーバーに手をかける。
 テレビジョンのカウントがゼロになり、目の前の風景が一変する。
 飛ばされた先は住宅街だ。元は閑静で過ごしやすそうな場所だったのだろうが、今は殆どが廃墟となっている。そこかしこにかつての生活を思わせる痕跡があった。
 すかさずブルーセーバーを起動して構える。
 周囲を油断なく見渡し、耳を済ませる。

「……」
 
 少なくとも他のプレイヤーの気配はない。
 近くにある空き家に足を踏み入れる。敵が隠れている可能性を考え、ここでも十分に警戒していたが、幸いにも完全な無人だった。

「よし、今のうちにマップを」

 メニューデバイスを使い、予選の舞台となっているバトルフィールドのマップを呼び出す。
 バトルフィールドは外周を険しい山脈に囲まれたゴーストタウンとなっている。
 ピジョンブラッドがいるのは住宅街エリアだ。マップによれば、工場エリア、自然公園エリア、ビジネス街エリアなど様々な場所が混在している。
 住宅街エリアにいるプレイヤーが自分一人というわけは無いだろう。ピジョンブラッドはまず近場にいるプレイヤーを倒そうと決めた。
 外に出てプレイヤーを探す。
 十字路に差し掛かった時、最初のプレイヤーと遭遇した。
 槍とパワードスーツを装備している定命族の男だ。
 
「お前は格上殺し!」

 槍使いとは初対面だが、すでにピジョンブラッドの顔と名前は多くのプレイヤーに知れ渡っている。

「ポイントをいただくぞ!」

 槍使いはパワードスーツのスラスターを噴射して突進する!
 スラスターを使いこなすのは難しいが、単調な突進に限れば利用しているプレイヤーは少なくない。
 
「喰らえ!」

 スラスターの速度が乗った刺突。極めて強力な攻撃だ。
 これがプレイヤー対敵キャラ《PVE》ならば槍使いは勝てたかもしれない。しかし、これは明確な思考を持ったプレイヤー同士の対決《PVP》だ。
 ピジョンブラッドは相手の攻撃を紙一重で回避すると同時に、繰り出された槍を片手で掴んだ。
 
「あっ!」

 槍使いは払いのけようとするが、槍を掴むピジョンブラッドはびくともしない。体格差は槍使いに分があるように見えて、実際の身体能力値は彼女のほうが高い証拠だ。
 
「えい!」
 
 ピジョンブラッドは片手で槍を引っ張ると同時に、もう片方の手にあるブルーセーバーを突き出す!
 バランスを崩された槍使いは自分からブルーセーバーに貫かれた。
 倒れた槍使いの体が消える。
 直後、ピジョンブラッドはブルーセーバーをふるった!
 側面から飛来した光球が弾き返される。その先にはロングロッドを持った不老族の女がいた。
 
「えっ!?」

 彼女は漁夫の利を狙おうとしたのだろう。槍使いに勝利してピジョンブラッドが油断していると思い、民家の屋根の上から不意打ちを繰り出したのだ。
 最も、ピジョンブラッドは槍使いとの戦いの最中に、視界の隅でロングロッド使いが自分を狙っているのを見ていた。武道の達人は、視界の一点のみ凝視するのではなく全体を見るのだ。
 弾き返された光弾がロングロッド使いに命中すると、冷気の爆発が生じて彼女を飲み込む。

 ロングロッド使いが放ったのは冷凍の魔法:氷爆の型だ。爆発する冷気弾を発射するそれは、ダメージを与えると同時に対象を氷に閉じ込める。皮肉にもその威力は放った本人に発揮された。
 ピジョンブラッドは地を蹴り、屋根の上で氷漬けになったロングロッド使いを横一文字に切り裂いた。
 
「見つけたぞ、格上殺し!」
 
 いきつくまもなく3人目の敵が現れる。短剣二刀流の機人族だ。
 構えを見るに、動作補正系技能に頼っている様子はない。洗練されているとはいい難い我流のようだが、決まりきった型で戦うプレイヤーよりは手強そうだった。
 ピジョンブラッドは短剣使いに向かって行った。
 

 予選の様子は参加者でないプレイヤーでも見られる。
 クロスポイントのギルドホームでは、スティールフィストたちギルドメンバーが集まってピジョンブラッドの活躍を観戦していた。

「相変わらずピジョンブラッドは強いね」

 白桃がしみじみといった。
 
「そうだね。どんどんプレイヤーを倒していってる。あ、また倒した」

 グラントも白桃に同意する。

「当然。達人のピジョンブラッドが、私の作ったパワードスーツを使っているのだから、まさに鬼に金棒よ」

 ステンレスが誇らしげに胸を張る。
 ピジョンブラッド専用パワードスーツとして作られたスタールビーは、優れたクラフターであるステンレスが高レア素材をふんだんに使って作り上げた。
 その性能は現環境で最高のパワードスーツの一つと言える。
 もちろん、その性能を十二分に発揮できるのはピジョンブラッドの腕前だからこそだ。
 
「連戦連勝だね。このままトップを独走して予選突破するかもね」

 ハイカラの予想は当然とも言える。事実、ピジョンブラッドは敗北するどころかノーダメージでポイントを次々と獲得している。
 だが、ギルドマスターの名無権兵衛の考えは少し違った。
 
「いや、終盤で不利になるかもしれない」
「どういうことだい?」
「この戦いは、ポイントを多く持ってるプレイヤーほど狙われやすくなる」
「そうか、終盤になると逆転するために皆して上位プレイヤーを狙ってくるってことだね」
「そのとおり。しかもピジョンブラッドのプレイスタイルは多人数戦に不利だ。決して楽観視はできない」

 マジックセーバーをメインウェポンとして使う以上、原則として倒せる敵は一人ずつだ。
 レーザー刃を巨大化する『オーバーセーバー』という技能はあるものの、攻撃範囲はあくまで刃が届くところまで。
 遠距離から強力は範囲攻撃を使えるプレイスタイルと比べると、やはり不利と言わざる得ない。
 ピジョンブラッドの連戦連勝に熱を帯びていたギルドメンバー達だったが、権兵衛の言葉で冷静になる。
 
「大丈夫」

 それまで無言でピジョンブラッドの戦いを見ていたスティールフィストが口を開く。
 
「彼女は絶対に勝ち残ります」

 楽観視ではない。確信だ。
 誰よりも多くそして間近でピジョンブラッドの戦いを見ていたスティールフィストは、彼女が勝つと信じていた。


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