「理想のパン屋の自分とは?」セオリーにとらわれず、問い続ける
2023年11月23日に開催した、大学体験ツアー”見えない生き物がわかる?環境DNAの不思議”の交流タイムにパンをご提供頂いた、元臨床検査技師という異色の経歴を持ち、科学の力で美味しいパンを作る「boulangerie recolte(ブーランジェリー レコルト)」の松尾 裕生シェフにお話を伺いました。
boulangerie recolte HP:https://www.pain-recolte.com/
臨床検査技師から、趣味だったパン作りの道へ。セオリーにとらわれないパン作り。
ーどのようなきっかけでパン屋さんをはじめられたのですか?
松尾さん:僕はもともと、臨床検査技師をしていて、趣味でパン作りに出会いました。
酵母の発酵を見て、「これは、化学じゃないか!パン屋さんは化学者なの?」と思ったわけです。
パン作りが化学だなんて、みんな知らないままに経験値でパンを作っている。化学の視点を持って読み解けば、ちゃんと理由があって、答えがあるよな、と思いながらパンを作り始めました。やっていくうちに面白くなっちゃって(笑)。
これまでの経験値や修行の中で、お砂糖は10%入れてたから、みたいな理由で作っていると思うのですが、実はお砂糖を入れてなくても甘くなる。
パンを柔らかくするためにはどうしたらいい?ボリュームを出すにはどうしたらいいだろう?なぜ油脂を入れるの?塩の量は?みたいな事を考えていくと、必要な事が見えてくるんです。
セオリーをぶっ潰すというと偉そうですけど、今までやってきた事にとらわれないパン作りがしたいなと思っています。
ー独学でパン屋さんになられたのですか?
松尾さん:趣味の延長でパン屋さんになっちゃうと、常識知らずの破天荒な人間に見られます。基礎を知った上で、今まで語り継がれてきた基本路線を外れて作った時、初めて一つの方法として認めてもらえるんじゃないかなと思い、基本をやろう、と考えました。
そこで、名店で学ぼうと、フランスパンの神様と呼ばれるフィリップ・ビゴさんがいる、ビゴの店で学びました。
独立してからは、こうすれば美味しくなるんじゃないのかなとか、こっちのやり方がいいんじゃないのかなというアイデアが沸々と湧いてきて。その形が”レコルト”なんだなと思います。
わかりやすく説明してくれる「化学なパン屋さん」
―化学の理論に基づいたパン屋さんと呼ばれていますね。
松尾さん:一般的に、独立してからも修行中に使っていた材料を選びますが、そうすると同じ味にしかなりません。違うものを作りたいと思い、これまで修行時代に使っていた小麦や材料を使いませんでした。
先輩に教えてもらったやり方とは違うわけです。やり始めても、答えがない。
しかし、そのうちに、少しずつ面白いものができてきました。
自分の中の化学と照らし合わせて理屈を考えていきました。
言葉で説明できるようになってきたので、パン教室を始めました。
すると、お客さんの質問に対して理論的に答えられるし説明ができる。わかりやすいと評判になって、キャンセル待ちが出る教室になりました。いつの間にか「化学なパン屋さん」と呼ばれるようになりました。
「変わってるね」は最高の褒め言葉。人と違う個性的な人間になりたい。
ー松尾さんは、問いを立てて進んでいく、仮説検証して試していく方ですね。子どもの頃からの気質でしょうか。
松尾さん:学校の先生が答えはこれだ、って言うと、ほんとにそうか?って思ってました。
実は先生が言ってることは間違っていて、答えが他にあるんじゃないか?あるとしたら何だろう、と考える子どもでした。そこから追及して研究にいくほどではなかったですが...。
常に人と違うことをしたい、個性的な人間になりたい、と思っていました。血液型がAB型なのもあって、変わってるな!と言われる事が多くて、でもすっごく嬉しかったんです(笑)。
パン作りをしている今もそうです。人と違うことをしたいと思います。
「よし!いいのができた、完成!」という言葉を聞いて、「え、ほんまに?完成したの?」って思ってますし、今僕が作っているものも、これが答えじゃないってずっと思っています。
まだまだ未知なる美味しいものがあるはずだし、それは身近にあるかもしれないし、果てしなく遠い所かもしれないけど、何かがある。と言うのをいつも持っているので、ずっと終わらないんです。もしこうだったら、と考え続ける癖があります。
もうひとつ、自分で面白いなと思うのが、何か失敗した時です。
例えば、パン屋さんが塩を入れ忘れたとか入れすぎたとか、工程を間違えたとき、一般的には売れないので、もう一回作ろうってなることが多いと思うのですが、そんな時こそ、うまくいくかもしれないぞ、とか、ありえない結果が出るかもよ、とめっちゃわくわくするんです(笑)。失敗したあとのリカバリーにわくわくしています。
失敗は、成功までの道のり。諦めた時が失敗。
ー印象に残る失敗はありますか?
松尾さん:湯種パンは、日本で作られた独自のパン製法なんですが、熱湯と小麦を練ることで小麦粉のデンプンをアルファ化させます。
100℃の熱湯を入れると、生地自体が65℃以上になるのですが、そうすると酵素が失活し、グルテンはたんぱく質なので変性して水分がたくさん入って甘くなるんです。
湯種製法は、腐敗しやすいので、翌日には使いましょう、というのが当時の常識でした。それを3日くらい冷蔵庫で放置してしまって...(笑)。
これは面白いぞ、腐敗したかどうか味を見てみよう、と。結果、寝かした方が美味い、砂糖入れてないのにこんなに甘い、すごい発見がありました。
酵素は熱で失活していても、ミキシングにムラがあって酵素が残ったんじゃないか、3日間おいて、デンプンが糖化したのかな、と仮説を立てました。その時見つけた湯種製法が、今、うちの食パンのメイン製法です。
バスケットボールの漫画、スラムダンクで安西先生が、「諦めたらそこで試合終了だ」と言っているように、諦めた時、それが失敗なんだなって思います。諦めなかったらそれは成功までの過程じゃないですか。失敗だとは思ってないんですよね、成功までの道のりなんだなと思ってます。
影響を受けた言葉は数知れず。いつの間にか自分の言葉になる。それが今の自分。
ー影響を受けた人物はいらっしゃいますか?
深く考える癖があるので、好きなアーティストの歌詞を見たときに、色んな選択肢があるなかで、なぜあの言葉を選んだのか、と思います。スポーツ選手や有名な企業家などの言葉ひとつひとつが大好きです。誰に影響を受けたかと言われればたくさんあります...。
昔から感動屋なんです。影響を受けすぎるんです。その人が話した言葉そのまま話せるくらい何回も聞きます。
それがいつの間にか自分の言葉になってるんです。いつの間にか自分の言葉にしている(笑)。それが今の自分です。
「理想のパン屋の自分とは?」自問自答を続ける
ーパン屋さんとして、何を目指していますか。
松尾さん:例えば、一番優秀なプロテニスプレーヤーというのが何かと言われたら、トーナメントで優勝する人とみんな答えるかもしれません。
でも、いいパン屋って何って問われたら、答えは無限です。「理想のパン屋の自分って何?」と自問自答を続けています。自由に考えられるようであって、正直何を目指せばいいのかわかりません。あの人の考え方も素敵だな、この人の考え方もめっちゃいいな、とひとつに纏められない。
移転して、田舎の奥地でこだわったものを作りたいなとも思うし、都会の人通りの多い場所でたくさんのお客さんに来てもらうのもいいな、というのもあります。
売り上げの為だけじゃない。スタッフが楽しく働ける職場を作りたい。お客さんを笑顔で迎えたい。今日もここにきてよかったな、と帰ってもらえるお店にしたい。僕は、現在、分子栄養学認定カウンセラーでもあるので、体に良いものをつくりたいし、体に悪いものは作りたくない。レコルトでパンを買いだしてから体の調子いいんですよ、と言われるようになったらいいな、と思っています。
理想の自分ならどうする?その先が、形になっていく。
松尾さん:色んな事を考えましたが、一番腑に落ちたのは、「理想の自分になりたい」なんです。
いつも行動を選択する時、理想の自分だったらどうする?と考えるんです。
例えば、スタッフがミスをしたとき、理想の自分だったら、理想の経営者だったら、どうやって声をかける?と考えます。そして、やってみます。
しんどくないの?と言われますが、しんどくないです。理想の自分に向かってがんばってるだけなので。無理をしてではなく、理想の自分の為にやっています。
いつも笑顔で口角が上がっていて、前向きで楽しそうな人。お店で疲れた姿を見せたくないし、気の利いた話ができる人になりたい。
まだまだ意識しないとできないことも多いですが、ニュートラルで良いことをしていたら、無意識にできるようになってくるんです。
目指す理想の自分があって、そこにいつも問いかけながらやっています。
理想の自分だったらこうするなっていうものを形にしていくと、その先にきっといい店ができるんじゃないかな、と思っています。
先輩たちの皆様の悩んだこと、どうやって乗り越えたか、成功の裏側などをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。
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