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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter32

フットルース ~ メルセデスベンツ A170 エレガンス 2005年式 ~
Footloose ~ Mercedes-Benz A170 elegance 2005 ~

1.7リッター直4エンジンは 今日も軽快に廻る
全開の窓からは 
初夏の香りとA170のエンジン音がブレンドされて
車内に流れ込んできた
今日は 月に一度のデートの日 
カノジョと共に FEEL SO NICE

一月前のセミロング姿から 
ガラリとイメージチェンジした ショートボブのカノジョが言った

「まずは ゴーウェスト!
 5つ目の信号を左折! 
 そのあと4つ目に見つけたコンビニで ドリンクを買いましょう!」

”Roger!”

僕らのデートは行き先を設定しない
条件優先の冒険ドライブ! 
どこに到着するかは時の運だ
前回は 雨の墓地でシュークリームを頬張ることになったが 
幸い 本日は五月晴れ
僕は アクセルだけでなくカーステレオも全開で 
陽気に鼻歌交じり 
こんな日は Men at Workに限る!

Men at Work Down Under

4つ目の栄誉あるコンビニは ローソンだった
僕はコーラゼロとホットドックを買った 

「それじゃ次は僕の番! 
 10個目の信号を右折 その後30分で右左折を一回してから 
  もう30分まっすぐ!」

僕の提案に カノジョはピシッと親指を立て 
”COPY THAT”と叫んだ

・・・

彼の天然ハイテンションは 
生まれつきなのだろう 
時には いらっとすることも・・・ ないことはない 
しかし私の本心は そんな彼を求めている・・・
A170をハンドルを握りながらカノジョの記憶は 
5年前にトリップした

この人しかいない 
そう思った相手が 私と同じ視界を 持っていなかった
そのことに気付いた時 
薄紅色の世界に存在していた私は 果てしない暗闇に飲み込まれた
 
箸が転がっても笑ってしまう私が 
喜劇王のムービーを見ても 口角が上がることはなかった

私の人生に 
もう笑顔は訪れないと 信じ始めたころ 
ケニーロギンスの歌に合わせて 
ステップを踏む彼に出会った

「ケニー ロドリゲスの フットルースは最高だと思わない?」

「ロドリゲス?!」

ソンブレロに口ひげをはやし 
マラカスを振る ケニーロギンスが頭に浮かび
おもわず Puと噴出した 
私が笑顔を取り戻した瞬間だった
そのあと彼は
レン・マコーミック(Kevin Bacon)をまねて 
聖書(詩篇149篇)を引用した

「すべてに時がある 笑う時 泣く時 とむらう時 そして踊る時 
踊ることで生を祝うのです 昔から人は踊ってきました 今も同じだよ 
オードリーヘパーブーンも踊ってるじゃないか」

「ヘプバーンですけど・・・」

私を覆う黒い闇は もう跡形もなくなっていた
大きな銀杏の木が連なる公園で 
私は思考回路を断ち切り ただ ただ 彼に身を任せた

・・・
「そろそろ時間だ! 次に見えた信号を左!
  道なりに20km進んだところをゴールにしよう!」

彼の声で 私は リアルタイムワールドに戻ってきた

「OK」

目の前に 真っ青な海が広がる 
そこに ぽつんと 白亜のカフェが現れた
私は 深紅のA170を駐車場に停めた

・・・

僕は慌てた
目の前にはロッジ風の建物がある
しかし・・・
明らかに 誰かの家だ 
でも この他に建物は見当たらない・・・

「仕方ない!」
 
僕は SilverのA170を停めて ロッジをノックした
現れたのは 老夫婦だった
僕は 丁寧に頭を下げつつも 唐突に

「珈琲でもいかがですか?」
 
セントヘレナ珈琲が入った魔法瓶を掲げた

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・・・

「僕とカノジョは遠距離恋愛中なんです」

僕は タブレットの中の カノジョを老夫婦に紹介した

「僕たちは 毎月一回 お互いに 車を出してドライブするのです
 行先は その時次第! そして今日 僕のゴールはこの場所でした
因みに 僕のカノジョは 海の見えるカフェがゴールだったようです」

老婦人のハンドメイド スコーンを頬張る僕を見て

老夫婦は にこやかに笑った

「知ってるかい? 
 今日(5月23日)は日本映画で初めてキスシーンが放映された日なんだ 
 君たちに ぴったりの日だね」 By「二十歳の青春」

そう言うと
老婦人に そっとキスをする老紳士の 
やわらかい物腰が かっこよかった

♪~パラダイス~愛のテーマ

「あなたに逢いたい」

A170に戻った僕に カノジョが言った

「僕もさ!」   

タブレット越しにキスをした 
ほんのり カノジョのぬくもりを感じた

「よし!!
 久しぶりに ケニーロビンソンで ステップを披露しよう!」

500km 離れたパッドの向こうで
「ロギンスよ!」と 
叫ぶカノジョは 涙を流しながら笑っていた

この夏・・・ 
君を迎えに行くよ 僕は そう心に誓った


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