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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter33

ウォンテッド ~ ダッジバイパー GTS 1999年式 ~
Wanted ~ Dodge Viper GTS 1999 ~

高校3年生の夏 
投稿した小説が佳作を受賞した
そのとき僕は 小説家になることが 天命なのだと思った
東北の片田舎から 
小説家になることを夢見て 上京しようとする僕を
引き留めたのは 母だった
先祖代々続く 
専業農家を未来永劫 存続させていくことが
母の使命なのだと思った 

そんな母を やさしく嗜めたのは 父だった

「男は夢に生きるもんだ」

いつもは 無口な父の一言・・・
田植えが終わった水無月のはじめ 
水田に映り込んだ満月が 淋しそうに見つめる中 僕は家を出た

Walking On The Moon The Police

インターネットが普及し 
地方と都会に情報格差は なくなりつつある
僕の想像と変わらない 都会の暮らしは 
伝統や風習にとらわれない心地よさがあった ただ・・・

いつも 見守ってくれていた
月明かりが 
街の灯に追いやられ とても はかなく 遠い存在になった
代わりに 
ダッジバイパーのダイキャストモデルが 僕の背中を押してくれた 
いつの日か
本物の スーパーカーで凱旋する
僕の 決意表明の結晶だった

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アルバイトでぎりぎりの生計を立てながら 5年・・・
磨き上げた作品を手に 
出版社に持ち込んだ 

無菌室のような 真っ白な部屋
現れたのは
殺し屋 レオンを意識しているに違いない 丸眼鏡にニット帽
まだ 午前中なのに ファイブシャドウに覆われた 長身の編集者だった
無言のまま 
パラパラ漫画を見るように 原稿をめくると 一言・・・

「センスないね」
僕と僕の作品は ベレッタ M92FSで ハチの巣になった

その日以来 
都会の生活すべてが 惰性になった
おぼろ月のような うつろな生活に 情熱は薄れていった
そして・・・
100の小説を背負って 十五夜が浮かぶ故郷に戻った 
家を出てから 10年が経っていた

「お前は 夢を掴んだのか」
玄関を閉ざす父・・・

「今日は納屋で寝なさい」
勝手口から 母が言った

小学生のころ 遊び場だった納屋には 
相変わらず 段ボールが積まれていた
子供のころは 
全く触ったことのない
分厚い埃をかぶった段ボールに 月明かり照らされていた

!!

中身は 父の文字がびっしり詰まった原稿用紙だった

空が白くなり始めたころ 
母がやってきた

「お父さんも”物書き”になりたかったのよ
 とても素敵な小説を いっぱい見せてくれたわ 
 でも・・・ 
 家族ために夢を捨たのよ
 だから あなたには 夢を追いかけてほしかったのね」

小さな平机で執筆する 青年時代の父が 見えた

「ウェスリー(James McAvoy)と
 クロス(Thomas Kretschmann)か・・・」
曲がる弾丸が 僕のハートを貫いた

今年も蛍が 飛び始めた

故郷に戻って3年・・・
太陽のもとで 両親と共に農作業に励む
そして 月が昇ると 
納屋を改造した部屋の机で 小説を紡いでいる

窓の外には 
父と僕の 夢の前借り 
ダッジバイパーが 満月に照らされていた 

Wanted - The Little Things



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