じいちゃんの左手　その59

学校から帰ってくると　
縁側には　いつも　群青色の市場帽子を斜にかぶった　じいちゃんがいた　
右手にワンカップ　左手には　“わかば”　
田んぼの案山子のように　僕の問いに　何でも答えてくれた　じいちゃん
今思えば　ほとんど　的外れだったけど　心は　いつもポッカポカ
そんなじいちゃんと　あの縁側が　今もあったら・・・　
きっとこんな　会話になっただろう・・・

『水戸黄門』

「じいちゃん　日本がんばってるよね！」
じいちゃんと　テレビでパリオリンピック観戦

Ka！　Ka！　Ka！

！！　
想像できない反応に
氷も瞬時に溶けそうな縁側で　凍り付く・・・僕　

Ka！　Ka！　Ka！　Ka！

「どこか悪いの？　じいちゃん」

「やれやれ・・・
　だからお主は　いつまでたっても　うっかり八兵衛なんじゃ！
　ほれ！　テレビを見ろ！　あんな風に　金メダル見せられたら　
　”この紋所が目に入らぬか！”　と言われてるようじゃぁないか」

あぁ・・・　それで　じいちゃん　黄門様の真似してたのかぁ
オリンピックの表彰式で　
水戸黄門（東野英治郎）を思い浮かべるなんて　
じいちゃん！　想像力もすごすぎる！

「さすが！　お代官様　ただ者では　ございませんなぁ」
越後屋風に称える僕に　じいちゃんご満悦　

わかばを咥えて　
Pufaaaaaaaaaaaaa　と　煙を吐く　じいちゃん　
ごほっ・・・　と咳き込む僕に言った

「これから水泳じゃ！　景気づけに　酒を　持ってきてくれ」

慌てて　台所に行くと　
なんと　ばあちゃん！　グラスに　お酒半分・・・　
残りは　冷たい井戸水　入れちゃった！

「じいちゃんに怒られるよ！」

「大丈夫　大丈夫！」
ニッコリ笑顔のばあちゃん

恐る恐る　じいちゃんに　お酒を差し出すと
よしよし　と言いつつ　目線はテレビに　くぎ付けの黄門様
カルピスのように　水割りされた日本酒をゴクリ

Doki！　Doki!
心臓が飛び出しそうな　僕の前で

うーーーーん！　と　大きく唸ると　

「やっぱり　夏は　キンキンに冷えた　冷酒じゃなぁ」・・・だって

ばあちゃん　こっそり　僕に耳打ち

「これこそ　まさに　五里霧中（五輪に夢中）だねぇ」

Ka　Ka　Ka　！　と　高笑いの　ばあちゃん
僕ん家の　
本物の天下の副将軍は　台所にいた！

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1969年8月4日　TBSで「水戸黄門」が始まりました