見出し画像

【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter50

トランスポーター2 ~ アウディS8 2010年式 ~
Transporter 2 ~ Audi S8 2010 ~

AM05:49
目覚まし時計が 鳴り始める少し前・・・
僕は 時計を見つめている

kachi  kochi  kachi  kothi  ka Chirrrrrrrrrrrrrrr・・・・・・

Paci!

今日も 秒針がルーティンをこなしたことを
見届けると
オーディオの電源を入れて テラスに通じる窓を全開にした

ジャズピアノに合わせて
エウロス(東風の神)が 駆け抜けた

John Coltrane - Softly, As in a Morning Sunrise

若葉を揺らして シャワーを求める
鉢植えのコルチカムと松虫草に 
テラスに出た僕は 
蛇口を4回と1/4ひねり ミストシャワーをプレゼントした
淡いブルーの彼女達は 
花弁を水滴のラメで煌めかせながら 可憐に踊る

・・・花言葉・・・
コルチカム・・・楽しい思い出 
松虫草・・・すべてを失う

彼女達に 後ろ髪をひかれながら
部屋に戻った僕は 
サイフォーンに火を入れ バスルームに向かった 
コーヒーが出来上がるまでの 5分間がモーニングシャワータイム

「あなたは 誠実で 私のことを大切にしてくれるけど 
 なんか・・・ 一緒にいると 息苦しいの・・・ 」

小麦色の肌のカノジョが 
僕に残した最後の言葉・・・ それが 今日も 耳元で囁く

カノジョは 
閃きで 行動する側の人だった
一方 僕は・・・
天空の星たちが 北極星を起点として 
寸分たがわぬ動きを 何万年も繰り返す
計画的な生活を送ることが 美徳と信じていた
毎日のように 
カノジョの自由な行動に振り回されても 
いつか・・・
それも含めて 自分の計画の一部にできる 
僕は そう信じていたのに・・・


黒のスーツを着て 
2010年式 Audi S8の運転席に座った僕は 
エンジンのスタートボタンを押した 
V10ツインカム40バルブは 
今日も 1000回転でアイドリングをしながら 静かに目覚めた

ナビは いつものように 北を示している

『白くて丸いけど いつも丸いわけじゃない』
あるとき 
僕はフランク(Jason Statham:Transporter2)が出した
なぞなぞを カノジョに出題した

「雪だるま」
カノジョは答えた

「不正解 一つ目のヒント 
 時々 半分だったり まん丸だったり細くなったりする」

「つらら かしら・・・」

「不正解 二つめのヒント 明るかったり 暗かったり 両方だったり」

「トイレの電球?」

・・・
首を振りながら 僕は言った
 
「最後のヒント 今まで歩いたのは 運のいい何人かだけ」

「あぁ・・・ 武道館のステージだ!」

僕は二度と カノジョになぞなぞを 出すまいと思った

遠い昔の記憶が蘇り
気が付くと 僕の両手は ハンドルを南に切っていた

画像1


2022年 最後の夏を演出しようと 
がんばる お日様だったが
秋風を感じる平日のビーチに 人はいなかった
 
僕はスーツを脱ぐと 海に飛び込んだ 
どこまでも・・・ 
いつまでも・・・ ひたすら泳いだ 

やがてお日様は 東から規定通りの弧を描き 
西の海に落ちた
その代わりに 
雪だるまでも つららでも 
ましてはトイレの電球でもない なぞなぞの正解が 昇ってきた

9月30日の今日 僕は31歳になった 
と同時に 計画通りだった人生設計が 崩れ始めた日にもなった
一方・・・
人生設計など考えたこともない 
自由奔放だったカノジョは 
僕の描いた計画通りに 今日・・・新しい生活をスタートさせた・・・

Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu 
とため息・・・

今日は 二つのミーティングのあと 
19:00に帰宅の予定だった しかし・・・
既に時計の針は 19:00を指している

人生で初めて 積極的に計画を無視した
それも・・・ 
無断欠勤という 自分史上最大級の 違反行為までしてしまった 

でも・・・
なんとなく 爽快な気分だ!
 
Hahahahaha・・・
笑いがこみ上げてきた僕は 
ノンアルコールビールを 月に差し出して言った
 
「自由気ままな かぐや姫に乾杯!」

同じ 空の下・・・
純白のウェディングドレスを纏ったカノジョは
空を見上げながら 
5年前 付き合っていた同い年の彼と行った 
海水浴のことを 思い出していた

「僕は 30歳で結婚して 
 32歳で子供を作る 
 仕事は きっちり 60歳でやめて 毎年2回 奥さんと旅行するんだ 
 君の 将来設計は どんな感じだい?」

「私は・・・
 この先 何が起こるのか楽しみにしたいから・・・ 予定は未定!」

天真爛漫に答える私を 
やれやれと 首を横に振りながら あきれていた彼が 
日よけクリームを 私に渡しながら言った

「君が自由人でいるのはいいけど 
 そんなに紫外線を浴びるべきじゃない
 自分の身体をもう少し労わるべきだ 
 それに・・・
 君には白がよく似合う・・・」

私の肌は 
あの頃と違い 透き通るように真っ白になった
瞳に溜まった涙が 
こぼれないように 見上げた空には Blue Moonが揺らいでいた


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?