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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter31

クロスロード ~ クライスラー PT-クルーザー 2006年式 ~
Crossroads ~ Chrysler PT-Cruiser 2006 ~

南側へ 緩やかに傾斜したクロスロードで 
PT-クルーザーは 止まった
北の街から南下してきた僕は 
渇いた南風に 触れながら 
そっと目を閉じた
ここから西に25km進むと カノジョの家がある

「私たち これからどうなるの・・・」
一ヶ月前 Cafébar Casablancaでの出来事・・・

「このまま 何となく時を刻むのは もう限界・・・ 
 おばあちゃんになっちゃうわ」

真っ赤な手帳に記された星のマーク

「この日 私は故郷に帰ります・・・」

5月20日・・・

カノジョの瞳には 
すでに ふるさとの 緑の大地が映っていた・・・

一方で・・・
僕は 反対方向を見つめる
東に続く道の先・・・ 30kmの場所に 僕の夢が待っている 

子供のころから弾き続けてきたギター 

カノジョの誕生日に
Cafébar Casablancaで ユジーン(Ralph Macchio)になりきって 
ギターをスライドさせた

そのとき・・・

隣席の 紳士が声をかけてきた
 
「オーディションを受けてみないかい?」

5月20日・・・ 

僕の瞳には 喝采にあふれる観客席が見えた・・・

クロスロードの一角にある 真っ赤な屋根の Café ”The sky is cryin”
吸い込まれるように 店に入った

ブルースがあふれる店内
クロスロードが見える 窓際の席に座った僕は 
マスターには申し訳ないが
砂糖とミルクを山ほど入れた 
銭湯のミルク珈琲のような カフェオレを飲みながら
ギターに語りかけた

「オマエなら どっちを選ぶ・・・」

流れる雲をぼんやり眺めながら
ギターからの 
返事を待っていると 

「アコースティックかい?」

マスターが声をかけてきた
一人になりたいところだったが 
マスターの人懐こい笑顔に 僕の心は緩んだ

「えぇ・・・ そんなにうまくないですけど」

「ちょっと貸してもらえるかな 
 これでも 若いころは そこそこ弾いてたんだ」

僕は 快くギターを手渡した 

♪Ry Cooder - Feelin' Bad Blues~ ♪

マスターが 弦をはじいた瞬間 
僕は どこまでも続く 渇いた荒野に立っていた
男のロマンをくすぐる 西部の大荒野・・・
薄っぺらい 
自分の音色とは 全く違う・・・
風が 草木が 太陽が 語りかけてくる・・・

「このギターは いいね 
 よく弾き込んでる・・・ 君の気持ちが 流れてくる」

僕にギター返すと マスターは カウンターに戻った

「君と同じ年のころ 
 ギターで 世界を変えることができると 思っていた  しかしね・・・
 結局 最愛の人の幸せすら 実現できなかった・・・
 男のロマンはね・・・ 
 驚くほど 身近に あるもんさ」

マスターの後ろの壁には 
コーヒー色の写真が一枚
若きギタリストとロングヘアーの女性が映っていた

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交差する道路の一本が
夕日に照らされて オレンジ色に輝いて見えた
その先にこそ 
僕の sound を待っている人がいる 

PTクルーザーの 2.4リットルターボエンジンが 始動した

・・・ ・・・

若きギター弾きが残していった
真っ白のピックには
”Go West!  Thank You master” と書かれていた

”The sky is cryin”のマスターは 
PT-クルーザーの残した ブルースのような排気音を聴きながら
久しぶりに 彼女が好きだった
ミルクいっぱいのマンデリンを淹れた 




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