【ショートショート】 映画と車が紡ぐ世界 chapter22
第三の男 ~ BMW M3-E30 1990年式 ~
The Third Man ~ BMW M3-E30 1990 ~
カノジョからの連絡は
ソメイヨシノの開花宣言が 鹿児島に上陸した日だった
学生時代の思い出が詰まった ベイブリッジviewのCafeは
コンビニに変わっていた
予定時間より早く到着した僕は
コンビニの駐車場で 記憶の糸を手繰っていた
久しぶり・・・
甘えたような独特のニュアンスの声に
僕は はじける様に振り向いた
スプリングレイヤーのストレートヘアーに
胸元で輝くティファニーのクロスネックレス
記憶の糸は 8年前のカノジョを引き寄せた
すべてに平等な時間の神クロノスも カノジョだけは特別扱いなのか・・・
最後に会った時よりも若々し容姿は
春の女神ペルセポネを想像させた
先輩の彼女でなければ 遥か昔に告白していただろう
ほんのり甘い学生時代を思い出し
僕は苦笑した
僕たちは1990年式 M3で海岸線を駆った
この車は 先輩から譲り受けたものだ
左腕のピッチャーだった僕は 同じ左腕の先輩に可愛がられ
車の運転から お酒の飲み方
そして 女性の付き合い方まで 伝授してもらった
そんな 先輩の傍には いつもカノジョがいた
両親を亡くしていた僕にとって
先輩たちは 家族と同じだった
昔話が一段落し
カフェカリカを通り過ぎたころ
カノジョの頬に涙が流れているのが見えた
カーステレオから流れるのは Gloria Estefan - Anything For You
「彼が・・・ 見えなくなってきたの・・・
隠し事なんか無かったはずなのに・・・
彼が 何か 危ないことをしているようで 心配なの・・・」
カノジョの姿を見て
僕はベーカー街の探偵になろうと心に誓った・・・
先輩との再会も 思い出の場所だった
”Cafébar Casablanca”・・・
先輩の姿は 思い出より 丸々していた
満面の笑顔で僕を迎える
何の不満も淋しさも感じない・・・ カノジョとは大違いだった
昔話で盛り上がる中 僕はカノジョについて話を振った
「カノジョは元気ですか・・・?」
先輩は 少しだけ憂鬱そうな顔になった
「アイツは 俺を拘束しすぎるんだ 一緒にいると息が詰まるんだよ」
更にこう続けた
「もう別れるだろうな・・・
実は 別に好きな子がいるんだ
そうだ お前 アイツと付き合ったらどうだ
アイツもお前のことがお気に入り・・・」
”Gtuuuuuuuuuuuuuuuuuuun!”
どんな強打者にも打たれたことのない
フォーシームを生んだ左拳が 先輩の右頬にヒットした
九段下の桜が開花した日のことだった
清潔感漂う白亜のマンションは
カノジョのイメージにぴったりだった
玄関に現れたカノジョは
純白のカーデガンを羽織っていた
顔色が blueに見えたが
僕は 正義感とカノジョへの思いから 気持ちの赴くままに
自分の思いを語った
「僕たちの記憶にある先輩は
もう別の世界に逝ってしまいました
あなたは あんな人と 一緒にいるべきじゃ・・・」
”Pasi-nnn!”
カノジョの平手を受けた僕の頬は
鉄の溶解度に達した・・・
「彼のこと・・・殴ったわね・・・」
カノジョはそう言うと 扉を閉めた
「あの人じゃ あなたは幸せになれない!
僕は・・・ あなたに笑顔でいてほしい・・・」
扉越しに叫んだ僕に
あなたには わからないわ 震えた声が聴こえた
落ち葉が舞い散る道を行く
アンナ(Alida Valli)・・・
それを見守るホリー・マーチンス(Joseph Cotten)が 脳裏に浮かんだ
桜吹雪が舞う道で Heartbreakの僕を M3が優しく見ていた
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